——ドタバタ・クライムスリラーの大傑作! 予定調和と様式美の世界を堪能する

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

加藤:第8回翻訳ミステリー大賞贈賞式&コンベンションに行ってまいりました。スタッフの皆さん、お会いした皆さん、本当にお世話になりました。今年も心から楽しませていただきました。今年印象に残ったのは、恒例の「七福神でふりかえる翻訳ミステリーこの1年」での、北上次郎さんの強烈な『狼の領域』(C.J.ボックス)推し

北上「その月のベストというような話じゃない。この5年で一番だ」

杉江「おお、では、グリーニーを超えたのですね」

北上「(かぶせ気味に)グリーニーは10年に一度の作家なんだよ!」

 北上さんは相変わらず格好いい。

 そして、ジョー・ネスボ『その雪と血を』大賞と読者賞のW受賞! しかも、どちらもブッチギリ。いやはや意外というか驚きの強さでした。おめでとう鈴木さん! ぼくも読ませていただきましたが、あのラストの静けさと美しさはえげつなかった。コンパクトながら強く印象に残る一作でした。未読の方は是非どうぞ。あまり暑くなる前に読まれることをお勧めします。

 そんなわけで、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」。今回のお題は、みんな大好きドナルド・E・ウェストレイクのドートマンダー・シリーズ第1作『ホット・ロック』。1970年の作品です。こんな話。

長い刑期を終えて出所したドートマンダーを待っていたのは、アフリカの某国による、今は隣国に渡ってしまった国宝のエメラルド奪還の依頼だった。仲間を集めて計画を練ったドートマンダーは、厳重に警備された展示会場から見事にエメラルドを盗み出したかと思われたが、あと一歩のところで作戦は失敗。行方不明となったエメラルドを巡り、その後も次々と新たな作戦を試みるドートマンダーとその一味だが……。

 作者のドナルド・E・ウェストレイクは、1933年生まれのアメリカ人作家。2008年に亡くなっています。

 観光で日本を訪れた折、西湖からみた富士山の威容に心を打たれ、このペンネームに決めたというのは、有名な話でもナンでもなくて、30秒前に僕が思いついたウソですごめんなさい。ウェストレイクは本名だそうです。

 悪党パーカーシリーズのリチャード・スタークの他、タッカー・コウなど幾つものペンネームを使いわけています。

 そんなウェストレイクは、生涯に100を超える作品を発表した多作家で、エドガー賞を3度も受賞したのですね。

 なかでも人気は、泥棒ドートマンダーとその仲間たちの奮闘を描くこのシリーズと、打って変わって犯罪者としてちゃんとしている悪党パーカー・シリーズではないでしょうか。

 随分雰囲気の違う2大シリーズですが、どちらにも共通しているのは、その流れるような心地よいリズムと疾走感。かっぱえびせんもビックリの、止めるタイミングの難しさです。

 そして、『ホット・ロック』はドートマンダー・シリーズの第1作。ユーモア・ミステリーと呼ぶにはあまりにミステリー要素が排除された本作は、最初の計画が成功したかなと思わせる時点で、ページはまだ3/4以上も残っており、もう失敗が見え見えだったりする構造的ネタバレ状態。もうそんなところが愛おしくて溜まらない。

 残りのページ数を睨みながら「次はどうやって失敗するのか」とワクワクしながら、それでも残りのページ数が少なくなってくると「そろそろヤバいぞ」と焦ってきたり。

 失われつつある心地よい予定調和と様式美を心から堪能できるこんな本は、今となってはとても貴重な絶滅危惧種であると思い知らされた楽しい読書でした。

畠山:今年のコンベンションも楽しかったですね。私も『その雪と血を』はめっちゃ惚れ込んで周りにオススメしていただけに、W受賞は感無量でした。

 そして加藤さんの報告にあるとおり、北上さんの「推し」は今回も熱かった!「誰が何と言おうとオレはグリーニーが大好きなんだよ!」という溢れんばかりのグリーニー愛(笑)

 読書会をやってて自分でも思うんですが、すっごく好きな作家や作品はかえって語るのが恥ずかしかったり、否定的な意見を聞いたら凹みそうになったりしません?

 でも北上さんの姿勢に学んで、私も好きなものは他の人の顔色なんか気にせず「好きだーーっ!」ってガンガン言おうと勇気づけられます。同時に、読書会ではもっともっと愛を叫びやすい雰囲気づくりをしていかなきゃなー、と肝に銘じたりもいたしました。

 さてさて、それでは『ホット・ロック』です。

 まず、悪党パーカーシリーズを書いた人と同じ人なんだ、と知ってビックリ。え? これジョーシキ? そーいえばその昔、本好き同士が意見交換してたネット掲示板で、悪党パーカー大好きな加藤さんが、ダレソレのナントカ名義でみたいなことを語ってたような気がする……けど、鼻ほじりながら流し読みしてたんですね、私。せいぜい悪党パーカーがゴリゴリのハードボイルドだってことくらいしか理解してなかった。

 なので「悪党パーカーを書いた人」という前提で『ホット・ロック』を読んでたまげましたわ。難攻不落の展示会場から国宝級の宝石をいかに盗み出すかという手に汗握る一世一代の強奪計画、映画『オーシャンズ11』みたいなお話を想像していたので、あまりに意外な展開に一瞬ぽかーん。完全にドタバタコメディじゃん!

 ひょ、ひょっとして悪党パーカーもコメディなんぢゃ……!? と不安に駆られて慌てて『悪党パーカー/人狩り』も読んでみました(もちろんゴリゴリでした。安心しました)。

 お約束のパターンとわかっていつつも、スピードと勢いに乗せられてしまうのは昭和のコントそのもの。ドリフも小松の親分さんも汗だくでセットを駆けずり回っていましたが、ドートマンダー率いる強盗集団もそんな感じ。トムとジェリーっぽくもあるかな。

「お約束」って単純だけど安易ではないと思うのです。受け手がすでに先を見越していて、それを満足させつつアレンジを施しながら笑いの中毒性を強めていく。中途半端だと面白くないし、やり過ぎるとシラケちゃう。

 とにかく全員個性が際立っていて、常に大真面目だから可笑しいんですよね。ドートマンダーが必死の形相で「おれに百科事典を売らせてくれ」と懇願するシーンは、飲んでたお茶がヘンなところに入っちゃってもう大変。

 そういえば『ホット・ロック』は映画化されてるんですね。なんと、ドートマンダー役はロバート・レッドフォード。私はレッドフォードファンですがこれは未見。でもちょっとイメージ違わないかなぁ? 加藤さんは映画観た? 

加藤:そうそう、そうなの宗兄弟。そーなんですよ川崎さん。『ホット・ロック』の映画版はロバート・レッドフォードが主演なんだよね。実は僕も映画は未見なんだけど、見なくても断言できる。これは絶対にミスキャスト。俺のドートマンダーがこんなに恰好イイはずがない。

 レッドフォードといえば、ポール・ニューマンと組んだ『明日に向って撃て!』のサンダンス・キッドや『スティング』の詐欺師といったアウトロー役も確かに良かったけれども、残念ながら、育ちの良さと溢れる知性を隠し切れない二枚目という、大まかに言うと僕と同じキャラなので、ドートマンダーはどうなのかという話です。

 悪党パーカーを演じたメル・ギブソンやジェイソン・ステイサムは、しっくり来たのにね。

 犯罪者が主人公のシリーズものといえば、このミステリー塾ではハイスミス『太陽がいっぱい』のリプリー・シリーズを取り上げましたが(☞こちら)、ドートマンダーとリプリーでは随分違います。

 ドートマンダーはプロとして筋が通っているというか。ある一線を越えない安心感があるというか。

 主人公が犯罪者なのに変な話だけど、終わってみればちゃんと勧善懲悪の図式になっていたりするしね。

 ローレンス・ブロックのローデンバーシリーズなんかもそう。こちらも毎回、水戸黄門チックなワンパターンなお約束が繰り返されるところが大好きです。「そろそろレイ・カーシュマンが現れてあのセリフを言うぞ」みたいな。

 ついでにいうと、個性豊かなプロたちがチームを組んでミッションにあたるって話は、もうそのシチュエーション自体が絶対に面白いよね。

 畠山さんも触れてた映画『オーシャンズ11』もそうだけど、それぞれ個性的でバラエティーに富んだ、その道のプロたちが(そして多くは「その道」以外の部分に大きな欠陥があったりする)が集まるガチャガチャ感がたまらない。

 そしてシリーズ化されると、その都度集まるメンバーが微妙に違ったりして、そこでまた特定の組み合わせによる化学変化が起きたりするのがいいんですよね。

 そして何といっても、そんな個性的というか個性しかないような奴らをまとめるリーダーの造形がキモ。

 ドートマンダーは天才的な犯罪プランナーであるというだけでなく、デコボコな一人一人の個性を尊重して信じ切るところがいい。そして仲間たちも、何度失敗してもドートマンダーに任せておけば大丈夫と信じ切っているところがいいのです。

 誰がこんな奴らを好きにならずにいられる? 

畠山:どこをどうしたらロバート・レッドフォードが「大まかにオレと同じ」になるのか。

 長年のレッドフォードファンとしては看過できない。加藤、座れ、そこに座れ。そして噛め。この1本のゴムを長い人生だと思って噛み締め……(わからない人は「ゆーとぴあ ゴム」でチェケラ!)

 確かにこういうチームものは戦隊ヒーローに通じるワクワク感があるよね。さしずめドートマンダーはアカレンジャーか、はたまた大鷲のケンか(そんなにパリッとしてないけど)。で、他の人がどんなんかというと……

  • 相棒のケルプ:基本ドートマンダーのパシリ。車の調達(=盗む)が得意。むしろそれだけとも言える。
  • 運転手のマーチ:運転できないものはない(かも)。ビールに塩を入れて飲む。お母さんが最高のキャラ。
  • 錠前師チェフウィック:彼の手にかかると何でもサクサク開く。愛妻家。そして筋金入りの“テツ”。
  • いかさま賭博師グリーンウッド:女たらし。ただただ女たらし。強いて言えば本書におけるお色気担当か!?

 こう書くとかなりズッコケっぽいけど(いや、ズッコケなんだけど)、彼ら、やるべきことはキッチリやるんですよね。凄腕なのは間違いない。個々は失敗してないのに、なぜか結果がおかしな方向にいってしまう。でも特に落ち込むでなく、淡々と「よっしゃ、やろうぜぃ」と次に進んでいく。

 このあっけらかんとしたところが最大の魅力なのかも。人間の隠された暗い面とか、崩壊した家庭とか、病んだ精神とかぜんぜんなーーんにもナシ。気持ちよーーーく楽しめます。

 時々他の読書系のイベントに参加すると、ミステリー小説は「殺人を扱うこと自体がイヤ」とか「死体の描写があると思ったらそれだけで怖い」と思っていらっしゃる方も少なくないですね。そういう方たちには、ぜひ『ホット・ロック』をお勧めしたいです。殺人はナシ。死体もナシ。ハラハラドキドキしつつも小気味よく、時にバカバカしく、時にクレバーな駆け引きがあり、ぶふっ! と噴きそうになるユーモアもたっぷり。

「これはミステリーなの?」と訊かれたら堂々と「ミステリーです!」と答えましょう。

 だって『海外ミステリー マストリード100』に選ばれてるんですから!

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 ドナルド・E・ウエストレイクは一口で言うならば「アメリカ犯罪小説を変えた作家」です。1960年に発表した長篇デビュー作の『やとわれた男』からしばらくはハメット式犯罪小説の衣鉢を継ぐ乾いた筆致の作品が続きましたが、1964年の『憐れみはあとに』以降は次第に喜劇的な状況を作り出してその中で犯罪者を活躍させるという方向へと転換、1967年の詐欺小説『我輩はカモである』で最初のMWA賞を獲得しました。1970年に発表した本書、『ホット・ロック』で世界一不運な泥棒ドートマンダーを登場させ、以降ウエストレイクの看板作品となります。本来この作品は、リチャード・スターク名義で1962年の『悪党パーカー/人狩り』から始まった非常な強盗のシリーズとして書かれるはずだったのですが、同じ獲物を何度も盗むことになる、という状況からドートマンダーという新しい主人公が生まれてきたのだと作者は語っています。いわば両者は兄弟関係にあり、デビュー時に期待されたハメット式の正式な継承者としての顔はスターク名義で、喜劇要素を加味することで犯罪小説のプロットを広げていく開拓者の役割はウエストレイク名義で、と分業が行われていった感があります。ドートマンダー・シリーズの第3長篇『ジミー・ザ・キッド』の中に『悪党パーカー/誘拐』という架空の本が出てきて、主人公たちがそれを教科書にして犯行計画を立てるのは有名で、ウエストレイクにはそうした遊びの感覚もあり、他の作家とキャラクターを交換してカメオ出演させあう、というようなこともしています。

 ウエストレイクにはもう一つ重要なタッカー・コウという筆名もあります。〈刑事くずれ〉とシリーズ邦題をつけられた長篇は、1970年代から80年代に多く書かれた、主人公の造形描写に重きを置く私立探偵小説、いわゆるネオ・ハードボイルドの嚆矢というべき作品であり、同時に一人称犯罪小説と謎解き小説を合体させるという魅力的な試みを行った実験作でもあります(マニア向きには、ハヤカワ・ミステリ文庫の作家別ナンバーの欠番がこのタッカー・コウに振り当てられていたことでも知られています)。このように、犯罪小説のすべての領域において後進の道標となる足跡を残しており、これほどまでに巨匠の称号がふさわしい作家は他にいません。「これはミステリーなの?」どころではなく、「ウエストレイクこそが現代ミステリーそのものなんだよ」と胸を張って宣言すべきでしょう。残念なのは著書の多くが現在では品切状態になっていることで、ウエストレイクがいつでも気軽に新刊書店で買える未来の到来を心から願っております。

 さて、次回はフレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』ですね。こちらも楽しみにしております。

加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

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