第9回福井読書会、県内外からご参加いただき、総勢14名(世話人2名含む)にて2021年9月4日(土)、オンラインにて開催いたしました。
課題書は、著者のマイケル・ロボサムにとって2度目のCWAゴールドダガー賞受賞作となった『天使と嘘』(越前敏弥訳(ハヤカワミステリ文庫))。
臨床心理士のサイラス・ヘイヴンは、児童養護施設でイーヴィという、誰にも心を許さない、壮絶な過去と嘘を見抜く能力をもつ少女と出会う。
一方で、フィギュアスケート選手として将来を嘱望されていた少女が殺された事件についてサイラスは警察の捜査に協力することになるのだが…といった内容のサスペンスです。
本来は課題書の翻訳者である越前敏弥さんをゲストにお迎えする予定でしたが、事情により残念ながらご欠席に。
しかしながら、事前に参加者の皆さんから受け付けた質問に対して、本書を訳する上で注意した点や楽しかった点などの他、裏話満載、20分以上もの動画にてそれぞれ丁寧にお答え下さいました。お忙しい中、ありがとうございました!
さて、読書会は、まずは越前さんの動画を見ていただいてから本格的にスタート。
いつものように、簡単な自己紹介と感想を述べていただきましたが、
「読みやすい」
「二転三転する様子はドラマを見ているかのよう」
「サイラスとイーヴィの距離が縮まっていく様子がよい」
といった感想と共に、「何より続編が早く読みたい」との声が占め、次巻への期待が大きい事が伺えました。
ところで主人公のサイラスは、ちょうど同時期に二見書房より出版されました『誠実な嘘』にも脇役ながら登場しております。
実は今回の読書会に、『誠実な嘘』の訳を手掛けられた田辺千幸さんもご参加下さっておりましたので、サイラスについてどう思うか皆さんに訊いてみたところ、予想以上にツッコミの嵐が。
まず、『誠実な嘘』では臨床心理士として優秀で確固たる自分を持っていそうだったのに対し、本書ではイーヴィに振り回される様子などもあって雰囲気が違ったと感じた方と、他人から見たサイラスと一人称のサイラスということで特に違和感は無く、こじらせ男子が成長していこうとする姿が描かれているようで良いといった意見がある中、
「単独で捜査するなど、サイラスの立ち位置がよく分からない」
「捜査に協力するのはいいけど自分の仕事をしろ」
「電話を持たず、ポケベルで連絡って社会人としてどうなのよ」
挙句の果てに、「サイラス、とにかくキモイ」と身も蓋もない言葉も。
むむむ、CWAゴールドダガー賞受賞作の主人公にしては散々じゃない?!
なんて思っていると、「他にも似たような設定のものがあって既視感がある」、「マーケティングが巧みで売れるための要素がつぎ込まれている」とか、「そもそもこの作品で二度目の受賞というのが納得いかない」、「『誠実な嘘』の方が読み応えあった」。
更には「サイラスとイーヴィの二人のことばかり印象に残って、殺人事件そのものの内容や結末は記憶に残っていない」なんて声も。
ちょ、ちょっと待って!
本書を課題書にした世話人の立場が(涙)
でも、確かに偶然が過ぎるところがあったり、意味が分からない行動があったりと、ツッコミ入れたくなる場面は多々あるし、サイラス本人について、イーヴィの過去についてなど、謎がいっぱい残っているもんね。
そんな中でも、「(キモイという意見に対して)サイラスは周りが許すぐらいしっかりした人、評価されている人では」、「怪しく思える人物が次々登場し、先が読めない構成がうまい」「ロボサムは女性同士の関係性を描くのが(おじさんなのに)うまい」といったフォローがあったので立ち直れたかも(笑)。
また、家族の悲劇を描くといったところにロス・マクドナルドや横溝正史との類似性も挙げられました。
ところで原書の電子版には、イーヴィが持つ嘘を見抜く能力は贈り物なのか呪いなのか議論してはと読書会向けのコメントが入っていたとのことなので、折角なのでその点について皆さんにも訊いてみたところ、「仕事に活かしたい」「私立探偵になってみたい」「イーヴィのようにポーカーで儲けたい」「ホームズのようにあなたは嘘をついていると指摘してみたい」といった俗っぽい現実的な意見の他、「嘘は日常の中でありふれたもの」「嘘が嘘だと分かってもどうしようもないことが多い」「相手を気遣う嘘は良い」「自分で思うように扱える能力ならギフトだけれど、そうでないなら呪いだ」「見えないものは見えないままの方が幸せ」といった良識ある(?)意見が多数を占め、「最近は年のせいか見たくないものが目に入らなくなって良かった」といった声も(笑)。
ちなみに能力関連でということで、参加者の皆さんから下記のような作品についての言及も。
・〈キャサリン・ダンス〉シリーズ (ジェフリー・ディーヴァー)
・〈七瀬〉シリーズ (筒井康隆)
・〈准教授・高槻彰良の推察〉シリーズ (澤村御影)
・『紅蓮館の殺人』 (阿津川辰海)
イーヴィの能力についてですが、いずれ薄れていくのではといった意見、というか願望の声も。
この先、サイラスとイーヴィの関係がどう描かれていくかは分かりませんが、イーヴィが恐ろしい過去と向き合い普通の生活が送れるようになって欲しいので、サイラスにはしっかり頑張って欲しいですね(笑)。
さて、本書もそうですが、最近の翻訳ミステリーは、児童虐待や女性への暴力といったテーマのものが多くて苦手だといった声が上がりました。
容赦ない描写で読者の心を抉るカリン・スローターの翻訳を手掛けている田辺さんにその辺りを伺ったところ、訳していてもしんどくなることがあるそうです。
実際、読者が求めているテーマの一つなのかも知れませんが、子供や女性が被害者となる物語は、犯人は絶対的悪の対象として見ることができる、ある種「水戸黄門」的なところが人気となっているのではとの意見も。
また、こういった重めのお話ばかり読んで病んだ心を癒すような、「ほっこり」するミステリは無いですかとの声に下記のような作品が参加者の皆さんから挙げられました。
・〈シャム猫ココ〉シリーズ (リリアン・J・ブラウン)
・〈テス・モナハンン〉シリーズ (ローラ・リップマン)
・〈シャンディ教授〉シリーズ (シャーロット・マクラウド)
・〈ワニ町〉シリーズ (ジャナ・デリオン)
やはり殺伐したものだけでは無く、こういう「ほっこり系」を読むのも心のバランスを取る上では大切なのかも知れませんね。
あ、話の本筋とは関係ありませんが物語の中で犬を飼う場面があり、大型犬は散歩が大変だという現実的な意見と、ミステリには大型犬が似合うといった見た目重視な意見が(笑)。
果たして犬を飼うなら大型犬? それとも小型犬?
こういった思いがけない脱線も読書会の楽しみの一つかも(笑)。
ところで、参加者の皆さんの心に最も強く印象に残っている登場人物は、ちょっと意外な人物でした。
本書では直接的には登場しておりませんが、次巻ではメインで登場するとのことなので期待大ですね!
次巻が発売され、機会があればその辺を踏まえ、また皆さんとお話しできたら嬉しいです。
さて、次回の福井読書会ですが、年内に一度開催できたらと思っております。
課題書については未定ですが、「ほっこり」するもので検討中です。
お楽しみに!
福井翻訳ミステリー読書会世話人
藤沢 一弘(ツイッターアカウント @shaolon_wang)
長岡 亜生(ツイッターアカウント @autumn_ng)