募集の際にお知らせしましたとおり、大阪読書会は新体制にバトンを渡すべく、第21回をもって初代世話人ズの5名が引退することとなっておりました。大勢の方々にあたたかいお言葉を頂戴し、着々と席も埋まってめでたく満席となった6月の某日、われらがリーダー・カゲヤマン(←ミステリに加えて戦隊モノも好物♪)から打合せ用メールに連絡が。

「ごめん、骨折しました!

 マ、マジ?

 それは大変! 聞けば駅の階段との戦闘に敗れたそうで、折れた足もめちゃくちゃ大変だけど、リーダー抜きで引退の回を迎えるなんて、そんなことはしたくない! 残る4人のローテク者で試行錯誤の末、初代世話人ズによる最後の読書会は、LINE動画で中継を試みる初の読書会となりました。

「まもなく開始しますが、現場の影山さーん、会場の様子は届いていますでしょうか」
「はい、こちら現場です、いま病院の晩ごはんが済んだとこです。ちゃんと映ってまーす」
「みなさん、それでは手を振ってくださーい」

 いぇーい! やっほーい!!

 ああ、このノリの良さ、あったかさ。大阪読書会サイコーやん(感涙)

 そんなことで、ハプニングもなんのその、いつものように読書会がはじまりました。今回の課題書『まるで天使のような』はマーガレット・ミラーによる1962年の作品です。旦那さんであるロス・マクドナルド(本名ケネス・ミラー)の『さむけ』が前回の課題だったことから、奥方の作品もぜひ読みたいぞ、となった次第。

 会場には翻訳家の柿沼瑛子さんが「マーガレット・ミラー&ロス・マク命!」の熱き想いを携えて、遠路お運びくださいました。2011年のシンジケート記事『初心者のためのマーガレット・ミラー入門』にその後の刊行作品などを加筆した【改訂版】もご持参くださり、参加のみなさんにお配りすることに。そちらは参加者だけの特典ですが、配布した資料のなかで、同じく柿沼さん執筆のロス・マク『動く標的』新訳版解説についてはウェブからも全文を読んでいただけます。ここにはミラー夫妻にまつわる情報がぎっしりですので、ご興味のある向きはぜひご一読を。      

 さて、常連さんもお初の方も入り混じっての読後感発表タイム。さまざまな感想が飛び交いました。

《プロットについて》
 技巧派と呼ばれるミラー作品のなかでも、“最後の一撃”ものの傑作とされる本作品、衝撃度はどうだったかというと、「なんせスレた読者なもんで……」と、そこに到達するまでに大筋がわかってしまった人多し。部分的にミスリードされた人はかなりの数で存在しましたが、「けっこう親切なヒントくれてたよ、もっと驚きたかったよ」というのが多数派でした。でも、お1人「最後の一行でびっくり仰天、前回のさむけに続き、おぞけがきた」という方もちゃんとおられましたよ。衝撃がマイルドだったとしたら、それはスレきったミステリ心のせいかもしれません。ピュアでいられるのは人生のほんのいっときだけだもの(遠い目)。加えて“最後の一撃”ものだと銘打たれてしまうとハードルが上がることも否めませんね。作中で使われたミスリードの手法の是非や、あのアレはなんであんなことに、と細部の疑問やツッコミでも盛り上がりましたが、そのあたりは微妙にネタバレにつながるので割愛。読後にあらためて全体を俯瞰したとき、プロットから逆算してじつに効果的に舞台設定や登場人物を配していたことがわかるという意見もありました。読みやすかった、話に入っていきやすかったという声が聞かれたのも、計算された緻密な筋立てが功を奏しているのかも。柿沼さんからは「わたしはものの見事に騙されたんだけど、たしかにね、初めて読んだのは高校生のときだったんだよね(遠い目ふたたび)」とのお話に続き、「これに驚かなかったなら、他にもあるから!」ということで、『これよりさき怪物領域』『耳をすます壁』『殺す風』『ミランダ殺し』と次々にお薦め作品のご紹介が。常に新しい趣向でサプライズ・エンディングを繰りだし続けたのがミラーという作家であり、あのクリスティーもミラー作品をこよなく愛していたと聞いて、俄然前のめりで作品リストをチェックする一同でした。

《登場人物について》
 プロットよりも人物描写やサイドストーリーに引き込まれて、ぐいぐい読めたという感想が多く聞かれました。山奥のカルト教団で隠遁生活を送る修道女や修道士たちも独特の存在感でしたが、チコーテの町に住む人々、とりわけヘイウッド一家についてコメントが集中。整形と健康食品で老いに抗うミセス・ヘイウッドの毒親ぶりはインパクト絶大だった模様です。このヘイウッド一家の歪み方、そして小さな町チコーテに漂う閉塞感に、ロス・マクの作品世界を重ねた人も多かったよう。実際、本作と2015年に邦訳の出た『雪の墓標』の2冊はハードボイルド要素を加味して書かれており、『ギャルトン事件』以前のロス・マク作品に似ていると評されているそうで、暗く後味の悪い作風が多いミラーにしては比較的健全な、あまり嫌な人が出てこない話でした。参加者からは、小さな脇役も丁寧に描かれ、それぞれにいい仕事をしていた、子どもの使い方も巧くて心理的にハラハラさせられた、なにより女性の描き方が秀逸、などのコメント多数。そのわりには感情移入できる人物がいたかというと、祝福の修道女くらいしか挙がってこず。やはりどこか視線が冷ややかで、似ているとはいえロスマクのほうがずっと優しい、と感じた人もいたようです。

《探偵クインについて》
 脇役たちに比べて、主人公たる探偵クインについては「こんな中途半端な、ギャンブラーみたいなやつに頼みごとなんてするかな普通?」「いまいち想像しづらいキャラだったわ」「くたびれたおっさんと思ってたら、意外と若かったことにびっくり」「なんでこんな男がモテる? まさか顔だけイケメンなのか?」とディスりコメントが続々と。柿沼さんから「物語を進めていく役として投入されただけなんじゃないかなこの作品自体、ロス・マクに対して『ほ~ら、わたしだってハードボイルド書けちゃうのよ~』的に書いてるフシがあるし」との解説が入って、なるほどと納得。唐突なラブストーリー展開はほかの作品でも見られるようですが、その部分やギャンブラー設定などは、まぁプロット的な計算だよね、ということに落ち着きました。「半端野郎ではあるけれど、それでも途中からは真面目に探偵の仕事に取り組みだして、なかなか頑張ったと思うよ」「話が進むにつれキャラが変わっていったよね」「祝福の修道女の気持ちに共感するところなんて感動ものだったし」「でもちょっと待った。そもそもこいつがヘンな探偵の意地をみせて要らんことまで調べなかったら……」「あ。悲劇は起こらなかったのか」―― 探偵によるオウンゴール負けの話だった疑惑、というオチもつきました。

 その他にも「天使とは誰のこと?」「人格崩壊はいつ始まった?」「優しいパワハラ」「デイメア(白昼悪夢)」などなど、様々な話題を巡って話は尽きず、時間オーバーにも気づかないほど。ミラー作品には絶版も多いのが残念ですが、近々また傑作のひとつが新訳で刊行される予定のようです。普通小説にも面白いものがあるそうで、そのあたりも含めて未訳作品の紹介も進んでほしいところ。 たくさんの情報を教えてくださった柿沼さん、本当にありがとうございました。

 2時間以上の会でしたが、現場のカゲヤマンも最後まで一緒に楽しむことができたよう。あとで届いたメッセージです。「客観的にみられてよかったです。ちゃんとできてるのかいつも不安だったけど、おもしろい会ですね。安心して卒業できます。ご参加のみなさん、柿沼さん、ありがとうございました!」(※7/21に無事退院できました。)

 ということで、初代世話人ズの影山みほ・小佐田愛子・吉井智津・浦野壽美子・飯干京子は、その後の酒宴をもちまして引退させていただきました。5人態勢になる前のプレ初代として一緒に関わってくださった何人もの方々、いつも陰から支えてくださった方々、そしてこれまで参加してくださった大勢のみなさんに、心よりの感謝を申し上げます。

 3名のフレッシュな新世話人ズがお届けする第1回(通算第22回)は、10月26日(金)に開催決定!
          どうぞお楽しみに!!