こんにちは。
 もう六月ですよ、早いですね〜。元号が変わって、あっという間に一カ月がすぎました。ナントカの儀があったり、トランプさんが来たり、凄惨な事件が起きたり、日々さまざまな出来事に翻弄されて、ボーッとしている暇もありません。そんなときこそ読書で癒されましょう。積読本が多くても焦りは禁物。数々の書評から、部屋を侵略しつつある積読本の山から、きっとアピールしてくる運命の本があるはずです。
 そんなふうにアピールされて手に取り、令和最初の月に読んだ本のなかからお勧め作品をご紹介しましょう。なぜか「ずっしり」「じっくり」「緻密」「濃密」がキーワードとなる作品が集まった印象。もちろん、軽妙でスピーディなものもありますよ。めくるめく読書体験を、あなたも。

 

■5月×日
 デビュー作『完璧な家』が最高にイヤな感じでおもしろかったB・A・パリスの新作は『正しい恋人』。前回は〈家系ミステリ〉という適当なジャンルをでっちあげた記憶があるけど、今回は恋人かあ。

 イギリスからフランスのスキーリゾートに出かけた帰り、駐車場で忽然と姿を消したレイラ。同行していた恋人のフィンに殺人の容疑がかかるが、証拠不十分によりフィンは釈放される。十二年後、レイラの姉エリンと婚約しておだやかに暮らしていたフィンのもとに、もと住んでいた家の近くでレイラを見かけたとの情報がはいる。やがて、レイラが大切にしていたマトリョーシカ人形が、次々と彼の身辺に出現しはじめる。

 レイラは生きているのか? 生きているならなぜすぐに会いにこない? 彼女のねらいはなんなのか? エリンは知っているのか? なぜ十二年後の今なのか? そして、十二年まえ、ほんとうは何があったのか?

 フィンがあまりにも自分勝手でイヤなやつなので、最初はむかつきながら、途中からはほれほれもっと苦しめ〜と思いながら読んでいたが、だんだんと印象が変わってくる。そして、真相が明らかになると、ほぉーとうなってしまった。これはなかなかの力技。短いなかにサスペンスのおもしろさがぎゅっと凝縮されていて、パワフルに読者を翻弄する作品だ。やっぱりこれもイヤミスに分類されるのだろうけど、怖さやイヤさのタイプが『完璧な家』とは全然ちがっていておもしろかった。
 でも最後まで読んでもフィンは好きになれなかった。前述のように「ほれほれもっと苦しめ〜」と思いながら読むとか(単にSなだけ?)、読者をイヤなやつにするという意味ではたしかにイヤミス。マトリョーシカ人形は小道具としてはたしかに不気味だけど、正直本筋からちょっとずれてる感じがしてあんまりピンとこなかった。『そして誰もいなくなった』風(?)でもないし、ちょっと中途半端かな。

 

■5月×日
 ホーカン・ネッセルはスウェーデン史上初、推理作家アカデミーの最優秀賞に三度も輝いた、スウェーデンを代表するミステリ作家。十六年ぶり二作目の邦訳となる『悪意』は、一編をのぞけば短編というより中編に近い作品ばかりが収録された五編からなる作品集だ。そのうちの四作品が三本の映画になるという。映画化を記念して、映画化される四作品に書き下ろし一作品を加えたのが本書というわけ。

 どれも暗くてエモーショナルな印象を受けるが、緻密で完成度の高い作品ばかり。そして、なんといってもひねりのあるプロットにうならされる。帯の惹句は「デュ・モーリアの騙りの妙、シーラッハの奥深さ、ディーヴァーのどんでん返し」。大きく出ましたね〜(笑)。でも、内容的にそれくらいレベルは高い。どんでん返しはディーヴァーほどからっとしてないけど、タイトルの『悪意』はシーラッハっぽいし。読むのにちょっと時間がかかるかもしれないが、それだけの価値はある、ずっしりした読み応えの作品ばかりだ。

 書き下ろし作品の「トム」は、二十二年まえに死んだはずの、夫の前妻の息子トムから突然電話がかかってきてビビる話で、ありがちな設定ながら意外な展開で読ませる。救われないオチがちょっと残念ではあるかな。
「レイン ある作家の死」はなんと主人公が翻訳者。有名作家の遺作を最初から翻訳で出さなければならない理由って……翻訳者の性なのか、終始わくわくしながら読んだ。翻訳者の仕事って地味の極みだと思ってたけど、こんなドラマチックにもなるんだ! びっくり! 架空の場所が舞台なので、何語なのかわからなくてちょっとモヤモヤしたし、主人公は陰湿であんまり好きになれないキャラだったけど。
 ハイスミス風の「親愛なるアグネス」はいちばんおもしろかった。女同士の往復書簡に見え隠れする本音にニヤニヤ。やっぱり好きだなあ、こういうの。中年になった主人公が高校時代をすごした町に帰ってくる「サマリアのタンポポ」は、三十年まえの事件の真相が明らかになるところも含めてトマス・H・クックを思わせる。「その件についてのすべての情報」はかなり短めの短編で、教師と生徒とその両親が全員生真面目なせいでよけいに悲しい。

 ミステリ好きならかならず好きな作品が見つかる、じっくり読んで楽しい、お得な作品集。おススメです。

 

■5月×日
 えっ、もうディーヴァー出たの?と思われた方、すみません。去年刊行のリンカーン・ライム・シリーズ第13作『ブラック・スクリーム』を今ごろ読んだというだけです。バハマに飛んだ『ゴースト・スナイパー』以来の海外遠征で、今回リンカーン・ライム御一行様は作曲家(コンポーザー)と名乗る犯人を追ってイタリアはナポリへ向かいます。

 予想どおりナポリの捜査班はライムたちをチームに加えることをしぶるけど、結果を出すことで納得させてしまうライムはさすが。どんなときもゴーイングマイウェイで、介護士のトムの目を盗んでグラッパを飲むなど、イタリア滞在も満喫している様子。なんかライムさん、ちょっと明るくなったみたい。
 アメリア・サックスはいつものように関節炎と閉所恐怖症と戦いながらの捜査となるけど、食べ物はおいしいし、車もファッションも銃(ベレッタ)もイタリアにかぎるわ、とイタリアが気に入ったみたい。隣の女の子的な親しみやすさでおなじみなだけあって、イタリア男の「ダーティ・ハリエット」のジョークに毎回「望むところだ(メイク・マイ・デイ)!」とちゃんと返してあげたりして、えらいわアメリア。

 そして、忘れちゃいけないイタリアチーム。なぜか捜査班に呼ばれた森林警備隊巡査エルコレ・ベネッリは、そのかわいいキャラで主役級の扱い。まじめで素直だけど、イタリア人らしくおしゃべりで、好感度バツグンです。ほかにも、意外すぎる趣味を持つなかなか食わせ物のナポリ県上席検事ダンテ・スピロや、ライムをリスペクトする科学捜査官のベアトリーチェなど、みんな個性豊か。
 音のコレクター、コンポーザーをめぐる事件は、意外すぎる展開にびっくり。でも、この展開だからこそ、それほど嫌な後味が残らないのかもしれない。感覚や現象のすべてを「音」としてとらえてしまうコンポーザーの生きにくさには同情してしまう。

 舞台がほぼイタリアということで、今回ははぐれ鑑識師旅情編(テキトーなネーミング)。ロンやメルの出番が少ないし、ルーキーが全然出てこないのはシリーズファンにとってちょっと淋しいけど、たまにはいいよね。ライムはこれに味をしめてちょくちょく海外旅行に行くようになるのかしら。でも、新婚旅行がグリーンランドはちょっといやかも。

 地道な努力が報われるとき、人は達成感と爽快感を覚えるもの。イタリアチームにばかにされながらも、冷静にこつこつ捜査を進めてきたライムたちアメリカチームの努力が報われるとやっぱり気持ちいい。ぬかりのない伏線の回収具合はさすがというほかなく、読んでいて脳から快楽物質が出るのがわかります。しかも、これで最後かと思っても、そこからさらにひとひねりかふたひねりはあるサービスぶり。だからディーヴァーはやめられない。

 

■5月×日
 豪華客船が舞台の『乗客ナンバー23の消失』が記憶に新しいセバスチャン・フィツェック。今度は豪華旅客機が舞台となる『座席ナンバー7Aの恐怖』です。もう乗り物密室パニックサスペンスといえばフィツェックで決まりですね。

 精神科医のマッツ・クリューガーは出産間近の娘のネレに付き添うため、ブエノスアイレスから空路ベルリンに向かおうとしていた。マッツは重度の飛行機恐怖症だが、四年まえにガンで瀕死の状態だった妻を置き去りにした過去があるため、ネレに対して負い目があったのだ。しかも、その飛行機のなかで娘の命と引き換えにとんでもないミッションをこなす羽目に……デッドラインはベルリン到着時刻。果たしてマッツと乗客たちの運命は?

 世界最長のノンストップ航空路、ブエノスアイレス・ベルリン間を十三時間と少しで飛ぶというとかなり速いけど、重度の飛行機恐怖症の人にとっては地獄だろう。そのうえ娘を人質にとられているとあっては、パニック障害を起こしている暇もない。世界最大の二階建て旅客機といっても、密室としては豪華客船よりずっと狭いしね。ちなみに7Aはクラッシュテストで確実に死ぬことが判明したもっとも危険な席で、マッツはゲン担ぎのためその席を空席にしておきたくて、座るつもりもないのに購入。ほかにもいくつもの席を購入しています。リスク拡散のためにそこまでしたおかげで、怪しい人認定されちゃうんだけど。

 それにしても、マッツに与えられたミッションとその方法がぶっ飛びすぎていて唖然。「そんなことしてだれが得するの?」と思いながら、気づけばどんどん読んでしまう。まんまと術中にはまってしまいました。
 一方、人質に取られた娘のネレはというと、これまたこれ以上ないほど悲惨な状況で……マッツにしろネレにしろ、もともとの状況が地獄すぎて、下手するとこのまま死んだほうが楽かも、という感じなので、読んでいてもつらかった。なんて運が悪い人たちなの。でも、マッツにだけはどうしても共感できなかったなあ。自分のケアばかりして、大切にしなければならない人たちを傷つけてばかりいるイヤなやつなんだもん。罪滅ぼしをする気はあるみたいだけど。
 完全に巻き込まれ損のマッツの元恋人フェリがかわいそうすぎる。でも、フェリさん、あなたは完全なだめんずウォーカーです。

 ◯◯操作がこれほど恐ろしいものだとは。記憶に新しい実際の事故についての言及もあり、飛行機の安全についてあらためて考えてしまった。飛行機恐怖症を克服するセミナーもあるんですね。
 つぎは精神科病院の隔離病棟が舞台だそうで、当然『病室ナンバー◯◯の◯◯』となることが予想されます。ナンバーシリーズ、今から楽しみ。

 

■5月×日
 韓国では文芸出版物は純文学が中心と言われているが、チョン・ユジョンは自分が書きたかったエンタメ系の作品で、お堅い韓国の文学界に真っ向から勝負を挑み、ベストセラー作家になった人。以来、多くのエンタメ作品が世に出るようになったというから、いわばエンタメ系作家の先駆けらしい。現在、長篇小説はすべて映画化権が売れているという彼女の五作目の長篇が『種の起源』だ。

 海辺の架空の都市、群島市のタワーマンション最上階に住む二十五歳の法学生、ハン・ユジンは、ある朝血の匂いで目覚める。メゾネットタイプの階下に降りると、血の池の中に死体があり、見れば自分も全身血だらけ。しかし発作で記憶障害を起こすことがある彼には前夜の記憶がない。これは抗発作薬の服用をやめていた代償の幻覚なのか?

 かなり衝撃的だけど、ミステリとしてとてもよくできた、読み応えのある作品だ。

 水泳選手として将来を嘱望されていたのに、発作が起きると「火にあぶられたイカ」のようになってしまうユジン。頭のなかで指図をする邪悪な「青組」と理性的な「白組」。かなりいかれた人なのかと思いきや、異常な状況にもかかわらず、冷静に事態を把握しようとするユジンは、とてもまともな印象を受ける。そして、なんだかかわいそうになってくる。最初の数十ページは、ユジンの頭のなかの意識の流れとリンクして、時間が前後しながら進んでいくので注意が必要だが、頭がはっきりしてくると言動も描写も理路整然としてくるので、ひじょうに読みやすく、ストーリーを追いやすい。むしろ、こんなにわかっていいかしら?と逆に不安になる。でも、いいんだよね、エンタメだから。

 著者あとがきには「一つの物語として、あるいは予防注射を打つ気持ちで」楽しんでもらいたいとあって、おもしろい表現だと思った。ある程度の衝撃は覚悟してね、でもこれを体験したあとは、刺激的な世界がやみつきになりますよ、ということかしら。
 チョン・ユジョンは「悪」を追求する作家で、「悪」とは人間の深淵に眠る野獣だという。野獣が目覚めて暴力と結びつくとき、何が生まれるのかに興味があるのだとか。そう考えると、タイプとしてはノワールに近いんだろうけど、本書はジャンルを超えた魅力のある作品だと思う。チョン・ユジョンのブレイク作だという『七年の夜』も読んでみたい。

 

■5月×日
 スペイン・バルセロナ出身の作家ビクトル・デル・アルボルの『終焉の日』は、文句なしの大作だ。スペイン近現代史を軸に、三つの家族の悲劇と陰謀の歴史を綴った恩讐の大河ミステリ(このフレーズかっこいい!)で、生と死、光と影の強烈なコントラストがいかにもスペインらしい。そしてなんといっても文章がすごくかっこいい。

 スペイン内戦後の一九四一年、ポルトガル国境に近い町メリダ。ファランへ党県支部長の妻イサベル・モラが共産主義運動に関わったために殺害され、その子供たちであるフェルナンドとアンドレスも運命も狂わされていく。
 一九七七年、バルセロナの弁護士マリア・ベンゴエチェアは、悪徳警官セサル・アルカラを刑務所送りにして一躍名声を得るが、三年後、事件そのものが仕組まれていたと知って愕然とする。

 現実にあった事件もからんでくるけど、歴史的・政治的背景も含め、そのあたりのことは訳者あとがきでくわしく解説されているので、理解を深めるのに役立ちます。

 マリアとセサル、DVの元夫ロレンソと上司レカセンス、不仲の父親ガブリエル、謎の兄弟フェルナンドとアンドレス、セサルの行方不明の娘マルタ、政界の黒幕プブリオ、殺人鬼の情報屋ラモネダが入り乱れ、四十年の歳月を行き来しながら、血と暴力と復讐に満ちた壮大なストーリーが展開していく。親の因果が子に報い的な、こういうドロドロ感、好きだなあ。登場人物全員が過酷な運命を背負っており、彼らが織りなす人間ドラマは圧巻。とくにマリアはかわいそうすぎるけど、ラストはどこかすがすがしさもあり、読後感は不思議といい。正義感が強くて潔く、でもどこか人間的で危なっかしいマリアにすっかり感情移入してしまった。
 いいなあ、スペインもの。
 どっしりと重厚で、密度の高い読書時間をお約束します。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ19巻『ウェディングケーキは待っている』

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