まえにもここに書いたかもしれませんが、J・D・ロブの近未来ロマサス〈イヴ&ローク〉シリーズのファンです。わたしが「オートシェフ(プログラムしておいた食べ物や飲み物が自動的に調理されて出てくる)」に次いでほしいと思っているのは、イヴ&ローク邸にある「ホログラム機能つきのランニングマシン」。おうちにいながら潮風を受けながらビーチを走ったりできるので、ステイホーム状態のときはすごく便利そう。あと、イヴたちはいつも事件現場を荒らさないために手や足をその場で「シールド処理」するけど、医療現場でもああいうものがあるといいかも。どういう仕組みなのかはいまだに謎ですが。
 ちなみに〈イヴ&ローク〉シリーズの翻訳は、現在48巻『穢れし絆のゲーム』まで出ています。すごい!
 去る五月十六日(土)、YouTubeのライブ配信により第十一回翻訳ミステリー大賞が発表になりました(☞ こちら)。栄えある大賞受賞作品、ルー・バーニー11月に去りし者』(加賀山卓朗訳)が、これからもますます多くの人たちに読まれますように。
 そんな五月の読書日記をどうぞ。

 

■5月×日
 マライア・フレデリクスの〈ニューヨーク五番街の事件簿〉シリーズは早くも二作目。『レディーズ・メイドと悩める花嫁』では、仕事のできるスーパーメイドのジェイン・プレスコットが、結婚式をまえに悩めるお嬢さまを支えながら、殺人事件の謎を解きます。

 前作『レディーズ・メイドは見逃さない』のジェインは、ベンチリー家の長女ルイーズと次女シャーロット両方のレディーズ・メイドだったけど、今回はルイーズの専属になったようです。というのも、ルイーズとウィリアム・タイラーの婚約が整い、結婚式の準備で大忙しとなったから。

 ときは一九一二年。〈タイタニック〉号の沈没事件直後ということで、盛大なお祝い事は不謹慎なのでは、結婚式は延期したほうがいいのでは、と不安を口にするルイーズでしたが、母親のベンチリー夫人は派手好きで、豪華な式を挙げる気まんまん。結局、式はロング・アイランドのプレザント・メドウズで挙げることになりますが、そこは新郎ウィリアムのおじで、イタリア系ギャングと戦って国民的英雄となったチャールズ・タイラー警察委員のお屋敷でした。

 ところが、そのお屋敷で殺人事件が起こり、ジェインは気になる存在である新聞記者のマイケル・ビーハンとともに、ふたたび謎解きに挑むことになります。

 前作同様、じっくり読ませる社会派な作品で、この時代の女性の生き方や考え方がわかってとても興味深かったです。真相はとても悲しく、やるせないものですが、そこに至るまで伏線が丁寧に張ってあって、すごく説得力があります。移民問題や女性参政権をめぐるデモにも触れていて、それほど長い作品ではないのに、内容的にすごく盛りだくさんな印象。壮大な物語を読んだという満足感が得られます。

 ルイーズはあまり美しくなく、頭もそれほど切れるほうではない、と描写されていますが、純粋でまわりにとらわれない考え方の持ち主でありながら、やっぱり世間知らずなお嬢さまなところもあって、とても好きなキャラです。今回はだいぶ成長した姿を見せてくれるし、鼻持ちならない娘だった妹のシャーロットもちょっとやさしくなった?と思えるシーンがあり、こちらも成長したご様子。まあ、いろいろあったものね。

 

■5月×日
 ビールで有名な町、ワシントン州レブンワースのブルワリーで働くビール職人スローン・クラウスを主人公とした、エリー・アレグザンダーのビール・ミステリ。読むとビールが飲みたくなると評判のシリーズですが、第二弾の『ビール職人のレシピと推理』では、秋最大のお祭りオクトーバーフェストで賑わう町で殺人事件が起こります。

 町に新しくできたブルワリー〈ニトロ〉でビール職人として働くスローン。別居中の夫マックの家族は町でいちばん大きなブルワリー兼パブ〈デア・ケラー〉を経営しており、マックの両親に世話になったスローンはなかなか離婚に踏み切れずにいる。そんなとき、ビールをテーマにしたドキュメンタリー映画の撮影チームが町を訪れ、その関係者のひとりが殺されてしまう。

 孤児として育ち、幼いころから苦労してきたため、決して弱みを見せないスローンは、一見スーパーウーマンのようだけど、ちょっとがんばりすぎでは? マックの弟ハンス(こっちと結婚すればよかったのに)にも「弱みを見せられるのは強い証拠だよ」と言われたりして、まわりにも心配されるレベル。ちょっと痛々しいわ。気になるスローンの出自の謎も関係しているのかもしれないけど、どうなんでしょうか。

 マックはうざい浮気男で、スローンはさっさと離婚すればいいのにと思うけど、〈デア・ケラー〉の権利がマックとスローンとハンスの三人のものになるという取り決めの存在が悩ましいところ。なかなかにむずかしい立場なのだ。スローンもハンスも〈デア・ケラー〉を自分のものにしたいとは思っていないけど、マックが店を倒産させてしまうのも見たくないのよね。マックはスローンとやり直したいみたいだし、十代の息子もいるし。〈ニトロ〉のオーナーのギャレットとスローンはいい雰囲気なのにな〜。そんな複雑な事情も読みどころのひとつです。

 お酒をほとんど飲まず、クラフトビールとはなんぞや?なわたしでも、オクトーバーフェスト(なんと数週間にわたって開催される)のお祭り感やビール作りについては楽しく読んだので、ビール好きにはさらにおもしろいはず。さくらんぼのビールはちょっと飲んでみたい。

 

■5月×日
 とびとびに紹介されているせいかあまりシリーズものという感じがしないが、ヒラリー・ウォーの『生まれながらの犠牲者』は〈フレッド・フェローズ署長〉シリーズの第五作。驚くほど、土下座したくなるほどよくできている極上の警察小説だ。

 十三歳のおとなびた美少女バーバラ・マークルが、初めてのダンスパーティの翌日行方不明になる。近所の人たちも協力して探したがバーバラは見つからず、パートナーの男の子や友人たちの話を聞いても、誘拐されたのか家出したのか、生きているのか死んでいるのかさえわからない。フェローズ署長率いるストックフォード警察はさまざまな方向から捜査を試みるが、成果はいっこうにあがらなかった。

 とにかく、地道な捜査。これに尽きる。現場百回とまではいかなくても、何度も足を運び、何度も話をきく。そこで名前が出た人にも話をきく。その繰り返し。やけにならずに冷静に、粘り強く、丁寧に。それだけなのに、なんでこんなにおもしろいのだろう。まさにシンプル・イズ・ベスト。
 捜査の過程をひとつひとつじっくり読んでいくことで、謎解きはますますおもしろくなる。

 ヒラリー・ウォーを読むといつも思うのだけれど、読み終えたあとは「これしかない」と思える真相なのに、読んでいるときはまったくそれに気付きもしない、いや、どこかで気づいているはずなのに、まるで魔法をかけられているように意識がそこに向かわないのだ。いやほんと、これは魔法としか言いようがない。それとも、操られているのだろうか?

 やはり同じ若い娘の失踪を描いた『失踪当時の服装は』は本作と対になる作品だという。昔読んだはずだけど、新訳ではまだ読んでいないので読み比べてみたい。

 

■5月×日
 待ちに待ったリース・ボウエンの『貧乏お嬢さまの結婚前夜』。シリーズ十二作目にしてついにあの貧乏お嬢さまジョージーが結婚します! タイトルからしてまた結婚するする詐欺じゃないかと思われるかもしれませんが、今度こそほんとうです。

 でも、最初からそうそうすんなりとは運びません。ジョージーは王族、結婚相手のダーシー・オマーラはアイルランドの貴族ですが、ともに貧乏なため新居選びに苦労しています。そんなとき、かつて母と結婚していた冒険家のサー・ヒューバート・アンストルーサーから、留守がちな自分の代わりに自分の屋敷アインスレーを使ってほしいという申し出が。

 ところが、屋敷に到着してみると、執事も料理人もレディーズ・メイドも、仕事はできないわ、態度は悪いわ、言うことは聞かないわで、めずらしくジョージーはキレます。女主人になるというプライドからか、いつもやさしくてお人好しなお嬢様が、なめられるものですか!と奮闘する姿に、なんだかあらためて「ほんとに結婚するんだなあ」と思ったりして。それにしても、あらゆることに目を配り、指示をしなければならないお屋敷の女主人の大変なこと! しかもそのお屋敷では何やらきなくさい出来事が進行中で……

 囚われの姫君のように、ハンサムな王子さまが助けにきてくれるのを待つのはいや。ジョージーは、守られなければならない無力な女性としてではなく、同等のパートナーとして結婚生活をはじめたいと願っています。そのせいか、今回はダーシーが出てくる場面少なめなのがちょっと寂しいかな。でもきっと、ダーシーはジョージーのそういうところに惚れたんだよね。

 ジョージーももちろんだけど、あの何をやらせてもあちゃーだったメイドのクイーニーが、これほどたよれる存在になるなんて。孤立無援で奮闘するジョージーのもとにクイーニーがかけつけてくれたときにはほんとうにほっとしました。料理という得意分野を見つけてから、人間的にも大きくなったみたい。いや、もともとできる子だったのでは?と思ってしまうほどの成長ぶりです。

 ちなみに、ジョージーの結婚式でかわいらしいフラワーガールを務めるのは、なんと現女王のエリザベス王女と妹のマーガレット王女。さすがロイヤルだわ。

 

■5月×日
 おこもり期間中(まあ、今もほとんどそうだけど)友だちに勧められて読んだ、ナタリア・ギンズブルグの『ある家族の会話』は、しみじみといい作品だった。一九一六年生まれのトリエステ出身のユダヤ系イタリア人作家である著者自身の家族を中心に、その友人知人たちについてのエピソードが綴られた回想録のような作品で、楽しく辛辣でにぎにぎしくもめんどくさい家族の会話を軸に、社会情勢の移り変わりに翻弄される人々の様子が、当事者だからこその絶妙な滑稽さで描かれている。

 偏屈親父の父ジュゼッペ(妻にはベッピーノと呼ばれる)、マイペースな母リディア、母と仲良しの美しい長女パオラ、父のお気に入りの登山好きな長男ジーノ、インテリ肌の次男マリオ、問題児だったのになぜか医者になる三男アルベルト、末っ子のナタリア、ユニークで大物ぞろいの一家の友人たち。全員がとてもひとことでは言い表せない個性の持ち主で、全員が波乱万丈の人生を歩むこの一家の「おしゃべり」が愛おしくてたまらない。

 どの家族にも家族だけに通じる言い回しやことばがあるものだが、この一家(レーヴィ家)のことばのセンスがすごく好き。「新星登場」「ぺちゃくちゃたち」「しあわせさん」「ひそひそ」……だいたいお父さん作だけど。ニュアンスが命なので、翻訳するのはすごく大変だったにちがいない。でもこういうのって、当時はめっちゃウケたけど、今思うとなんだそれというのもあるよね。一般的なことばだと思っていたのに実は「家族語」だった、なんてこともあるだろうし。そこに味があるのかな、などということを読みながら思った。

 とくに強烈な印象を残すのは父ジュゼッペと母リディアだ。父は「なんというロバだ」が口癖で、気に入らないことはなんでも「ニグロ沙汰」で、今読むとモラハラっぽいことも言ってるけど、愛にあふれた人だということがはっきりわかる。楽しいことと子供が大好きで、どこか浮世離れしている母は、そんな口うるさい父と相性バッチリ。文句を言いながらも強い絆で結ばれている夫婦だ。母のエピソードで好きなのは、子供や孫たちに繰り返し話してきかせたため、「『家なき子』に出てくる人物の名や各章につけられた題をのこらず暗記していた」というところ。すてきだなあと思う。

 家族というのは(ボケていなくても)繰り返し同じことを言うもので、今まではそれをうざいと思っていたけど、本書を読んで、その繰り返しがなんともありがたく、愛おしく、心安らぐものなのだと気づいた。まあ、それが年をとったということなのかもしれないけど、だとしたら年をとるのもまんざら悪くない。こんなときだからこそ、家族の時間を愛おしく思い出した。

 

■5月×日
 エイドリアン・マッキンティの『ザ・チェーン 連鎖誘拐(上・下)』は、誘拐を連鎖させるという悪魔のようなアイディアとスピーディな展開で、一気読み必至のノンストップスリラー。マッキンティといえば北アイルランドを舞台にした〈ショーン・ダフィ〉シリーズで有名だけど、こちらはスタンドアローン作品で、著者が現在住んでいるアメリカが舞台です。

 シングルマザーのレイチェルの娘カイリーが誘拐され、犯人から娘を無事に返してほしければ、ビットコインの口座に二万五千ドルを送金すると同時に、別の子を誘拐しろと指示される。犯人も自分の息子を誘拐され、やむなくカイリーを誘拐したのだという。〈チェーン〉と呼ばれるこの連鎖誘拐システムは延々とつづいているらしく、警察に相談すれば子供を殺されるので、親たちは子供を救うために犯罪に手を染めなければならないのだ。

 第一部では〈チェーン〉のしくみと、巻き込まれた者たちの壮絶な葛藤と恐怖が描かれ、第二部では〈チェーン〉の黒幕の秘密が徐々に明らかになっていく。

 いやー、怖かった! 子供のいる人は正直生きた心地がしないかも。でも、肉体的にも精神的にもぎりぎりのところで娘のためになんとか持ちこたえ、力を振り絞って戦うレイチェルの強さには、多くの人が力をもらえると思う。

 現在形を多用しているところや、迫力の銃撃シーンではちょっとウィンズロウみもあり。

 杉江松恋氏の解説によると、マッキンティさん、小説を書いても儲からないからと、ダフィ・シリーズの六作目を発表したあと、作家廃業を宣言してウーバードライバーに転職していたそうでびっくり。才能を惜しんだドン・ウィンズロウがエージェントを紹介し、そのエージェントに説得され、アメリカを舞台にした小説を書くように勧められて書いたのが本書なのだそうです。謝辞にも錚々たる作家たちの名前があげられ、諦めるなと諭してくれたことに謝意を表しているので、きっと書きつづけてくれると期待しています。ウーバードライバーは気分転換にやるぐらいにして。

 ひじょうに緊迫したシーンで、ある登場人物が、映画化するときはどこかのまぬけを自分の役につけないでくれ、と言っていて、笑うシーンじゃないのに笑ってしまった。登場人物も映画化を想定しているんだから、もちろん映画化されると思っていいですよね? そうしたら収入的には作家をつづけていけるよね?

 

■上記以外では:

ドン・ウィンズロウ『ダ・フォース(上・下)』

 えっ、うそでしょ、読んでなかったのかよ……と思われることでしょう。時間ができたらじっくり読もうと思っているうちに、いつしか積読本になっていました。許して、田口師匠。みなさんもうとっくにご存知かと思いますが、超弩級の傑作です。悪徳にまみれた刑事マローンにまさかの感情移入。刑事だってにんげんだもの。ラスト近くのマローンの独白にはしびれまくりました。ダ・フォースがみなさんとともにあらんことを。

エドワード・ケアリー『堆塵館』

 これもいつか時間ができたら読もうと思って大切にとっておいた、アイアマンガー三部作の第一部。著者による雰囲気のある絵がふんだんに使われた贅沢な本で、ディズニーかハリポタかと見紛う世界に連れていかれたと思ったら、そこはごみの山の上に建つお屋敷。おとぎ話のような、壮大な謎解き物語のような、ディケンズ風味の摩訶不思議な世界観がたまらない。

レイチェル・ウェルズ『通い猫アルフィーとジョージ』

 通い猫アルフィー・シリーズ三作目。恋人猫スノーボールと離れ離れになって落ち込むアルフィーのもとに、子猫のジョージがやってくる。あまりのかわいさに思わず父性本能が刺激されてしまうアルフィー。養子をもらうことを検討していた飼い主夫婦もいつしか影響されて……とにかくジョージがかわいくて、いやなことも忘れられます。かわいいは正義!

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、マキナニー〈ママ探偵の事件簿〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はジョアン・フルークのハンナシリーズ20巻『バナナクリーム・パイが覚えていた』。

 

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