若竹七海さん作の世界一不運な探偵、葉村晶の事件簿が「ハムラアキラ〜世界一不運な探偵」としてドラマ化され、現在放送中です。毎週このドラマを見るのがもう楽しみで楽しみで。何を隠そう葉村晶は、古今東西わたしのいちばん好きな探偵。スタイリッシュで気だるいムードのシシドカフカ演じる葉村晶がめちゃめちゃかっこいいんですよ! 世界一不運なのにあまりにかっこよすぎて、最初はちょっとコレジャナイ感があったけど(ごめん)、今後葉村晶シリーズを読むときは脳内にシシドカフカ様が登場しそうです。でもドラマはもう今週最終回だよ〜(泣)!
 世の中はたいへんなことになっていますが、こんなときこそ冷静に、おうちで読書をして体を休め、免疫力を高めましょう。
 そんな二月の読書日記。二月はなぜか短編集に〝呼ばれる〟ことが多かったような。取り上げた作品の舞台はアメリカ、アメリカ、オーストラリア、アイスランド、スウェーデン、イギリス。こちらは意図せず散らばりました。

 

■2月×日
 翻訳ミステリー大賞シンジケートの今野芙実さんのコラム、「ミステリアス・シネマ・クラブで良い夜を」で紹介されていて(☞ こちら)、すごく気になったので読んでみた『キャット・パーソン』。ニューヨーカー誌に掲載された表題作がSNS上で話題になった新人作家クリスティン・ルーペニアンによるデビュー短編集だ。収録作品は「キャット・パーソン」「キズ」「ナイト・ランナー」「噛みつき魔」「ルック・アット・ユア・ゲーム・ガール」「バッド・ボーイ」「鏡とバケツと古い大腿骨」「サーディンズ」「プールのなかの少年」「マッチ箱徴候」「死の願望」「いいやつ」。

 表題作を読んでおもしろかったので、楽しみながらちびちび読もうと思ったのに、やめられない止まらない。自分のなかにたしかに存在する嫌な部分を見せられているようで、その逆なでされるようなざらっとした感覚がクセになる。12編を一気に読破してしまった。ふう。ルーペニアンもインタビューなどで「わたしが書きたいのは、最後に気持ちがざわつくような感覚が残る、そんな物語です」と言っているそうで、本書はまさにそんな作品集だ。

 表題作の「キャット・パーソン」は恋愛あるあるなので、内容的にはいちばん普通かな。それだけリアルで共感を集めたのもわかる。SNSでは「#MeTooに共鳴した作品」という見方をされたようだけど、個人的にはあまりそういう印象は受けなかった。でも、20歳の大学生マーゴがバイト先で知り合った34歳の冴えない男とスマホのメッセージで盛り上がり、内心「ないわー」と思いつつも寝てしまう心理とか、うざいと思いつつも悪者になりたくないという小狡さとか、無意識にマウントを取ってしまう自意識過剰ぶりは、あまりに当たり前すぎて、かえって新鮮。

 ほかはホラー、ファンタジー、スーパーナチュラルなど、さまざまなスタイルと表現法で攻めてくる作品ばかりで、幻想・怪奇系が好きな方に超オススメ。忘れがたい不気味さの「マッチ箱徴候」、ある意味「キャット・パーソン」と対をなす「いいやつ」が特に印象的だった。意外な展開にびっくりの「噛みつき魔」と〝ほんとうは怖いおとぎ話〟的な「鏡とバケツと古い大腿骨」も好きだなあ。

 今野さんのコラムでとくに印象的だったのは「問題はSNSではなく、そこで現れてくる人間の根本的な認知のバグ問題」というコメント。たしかに気になる。

 

■2月×日
 名前は聞いたことがあったが、ハーラン・エリスンがSF作家だということを恥ずかしながら知らなかった。『愛なんてセックスの書き間違い』はエリスンの非SF作品を集めた日本オリジナル短編集で、初エリスンの自分がこれを読むのは正直どうかとも思ったが、純文学寄りのミステリとしてどれもおもしろく読んだ。「このミステリーがすごい!」でも9位だったしね。

 元になった短編集のタイトルはLove Ain’t Nothing But Sex Misspelledだけど、日本オリジナルの本書の収録作品は、「第四戒なし」「孤独痛」「ガキの遊びじゃない」「ラジオDJジャッキー」「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」「クールに行こう」「ジルチの女」「人殺しになった少年」「盲鳥よ、盲鳥、近寄ってくるな!」「パンキーとイェール大出の男たち」「教訓を呪い、知識を称える」。「愛なんてセックスの書き間違い」という短篇はないんですね。「パンキーと〜」の冒頭が「愛なんてセックスの書き間違いだよ」ではじまっているのと、「教訓を呪い〜」に「愛なんてセックスの書き間違いだもんな」という箇所があるだけ。エリスンの座右の銘なのだろうか。とまれ、たいへんキャッチーで一度聞いたら忘れないので、タイトルって大事だなと思った。

 暴力とセックスの色濃い作品が多いが、ハードボイルドのスタイリッシュさとは無縁のグダグダ感がかえって魅力的。作品によってはトンプスンっぽかったり、エルロイっぽかったり、初期のサリンジャーっぽい印象を残すものもある。
 どれもユニークで忘れがたい作品ばかりだが、とくに「父さんのこと、殺す」という冒頭から緊張感が途切れない、どこかトンプスンみのある「第四戒なし」と、主人公が大人になってもインチキさに悩まされるホールデン・コールフィールドに思えてしまう「パンキーとイェール大出の男たち」、メキシコへの堕胎旅行を描いた「ジェニーはおまえのものでもおれのものでもない」が印象に残った。

 本書を読むかぎり、エリスン節けっこう好きかも。エリスンは2018年6月28日に84歳で亡くなったそうだが、この機会に読めてよかった。編訳者の若島正氏によると、「おそらくこうした短篇群がなければ、SF作家としてのエリスンは生まれていなかった」そうで、「大いなる助走」期のエリスンの頭のなかはいい感じにごちゃごちゃしていたのだなあ。

 

■2月×日
 舞台が西オーストラリアの町なので、『55』の著者ジェイムズ・デラーギーはオーストラリアの人なのかと思ったら、アイルランド出身でイギリス在住の新人作家。オーストラリアには住んでいたことがあり、「何もないと同時にすべてがある」この地を舞台に選んだという。ちなみに、いちばん影響を受けた作家はスティーヴン・キングだとか。

 西オーストラリアのさびれた町、ウィルブルック(架空の町)。5人しかいない警察署の巡査部長チャンドラーのもとに、30歳ぐらいのふたりの男が前後してやってくる。ひとりはゲイブリエルと名のり、ヒースという男に殺されそうになったと訴え、もうひとりはヒースと名のり、ゲイブリエルという男に殺されそうになったと言う。そしてふたりとも、「あいつはぼくを五十五番にしたがってた」と。ゲイブリエルとヒース。シリアルキラーはどっち?

 容疑者はたったのふたり。
 なのにこんなに先が読めないなんて。
 そしてこんなに読ませるなんて。
 荒唐無稽で荒削りな魅力にあふれたサスペンス。
 展開もそうだが、ラストでもかなり驚かされた。

 ウィルブルック警察の人たちが「素人か?」と思うほど仕事ができなくて、チャンドラーはふだんから苦労してそうなのに、幼なじみで元同僚・現上役のミッチがしゃしゃり出てきてマウントしまくるとか、いったいなんの罰ゲーム?と思わずにいられない。だいたい何度容疑者に逃げられたら気がすむんだよ!と突っ込みたくなるし、なんだかもう途中からギャグみたいになってきて、ドタバタ喜劇?と思ったら一気にシリアスモードになったりして、息つく暇もない。

 ブロンドで年季の入ったサーファー風イケメンのチャンドラーは、32歳にして9歳(もうすぐ10歳)と8歳のふたりの子どもを育てるシングルファーザー。悩みは仕事が忙しくて子どもたちと長い時間すごせないことで、部下に「やさしすぎる」と言われてしまう男。いい人なのに、私生活でも苦労が絶えないみたいで、ほんと気の毒だわ。
 それにしてもミッチ、なんでそこまでチャンドラーを目の敵にするかな〜むしろチャンドラーのことが好きなんじゃ?と思ってしまうほど。これってもしかして腐案件なの? 腐女子のみなさま、どうか読んでみてご判断くださいませ。

「暗くなったらかなり危険だ。カンガルーが白線をなめて消してしまってるし」って、オーストラリアあるあるなんだろうか。まさかそんな危険があるとは! なんか深いわ、オーストラリア。

 

■2月×日
『雪盲』などのアリ=ソウル・シリーズでおなじみのアイスランド作家ラグナル・ヨナソン。『闇という名の娘』は、女性刑事フルダ・ヘルマンスドッティルを主人公にした三部作の一作目だ

 定年を数カ月後に控えた64歳の女性警部フルダは、年下の上司から理不尽にも前倒しで二週間後に退職するように言われる。せめてもの抵抗にと未解決事件の捜査をさせてもらうことになり、一年前のロシア人難民の女性の溺死事件を調べはじめるフルダ。捜査を担当した刑事は自殺と断定していたが、調べるうちにロシア人女性エレーナの死に不審なものを感じる。

 なんであと数カ月が待てないんだ、年下上司! おまえらいくらでも先があるだろ! 年長者を敬え! 長いあいだ勤めて最後がこれかよ! と読みながら怒りが収まらなかったが、フルダはムッとしながらも粛々と受け入れる。多少の肉体的衰えを感じながらも、経験で培った判断力はだれにも負けないと自負していたのに、アイスランドにもあったか、ガラスの天井!

 それでも前むきに最後の事件に挑むフルダに、なかなかデキた人だ、応援するぜと思いながら読んでいたのだが……なんかちょっとあやういんだよね、この人。それは夫を失い、定年後はひとりで生きていかなければいけない孤独や淋しさのせいかとも思ったけど、それだけでもないような。山歩きが好きなおかげで体調も維持できているし、お医者さまのすてきなボーイフレンドもいるのに、なぜ?

 何を書いてもネタバレになりそうなので、読み終わったあとすごく複雑な気分になったとだけお伝えします。長さも手ごろでものすごく読みやすいのに、こういう形で予想を裏切るとは。えっ、何これ?! と、しばらく頭がフリーズしました。エンタメでこういう話、あんまり読んだ記憶がないわ……とにかく衝撃的でした。

 シリーズは50代のフルダ、40代のフルダと、時間逆行スタイルで展開しているらしい。彼女の「闇」がどういうものなのか、絶対に読みたくなります。

 

■2月×日
 スウェーデンのスティーヴン・キングと言われるヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの『ボーダー 二つの世界』は刺激的な短編集だ。リンドクヴィストはデビュー作の『MORSE—モールス—』が映画化されていて(「ぼくのエリ 200歳の少女」)、本短編集の表題作「ボーダー 二つの世界」も映画化され、二〇一八年のカンヌ国際映画祭で「ある視点」賞を受賞している(いずれの映画でもリンドクヴィストが脚本を担当)。

 収録作品は表題作のほか、「坂の上のアパートメント」「Equinox(エクイノックス)」「見えない! 存在しない!」「臨時教員」「エターナル/ラブ」「古い夢は葬って」「音楽が止むまであなたを抱いて」「マイケン」「紙の壁」「最終処理」。正常な世界にいる(と思っている)主人公が、境界の向こうの世界にいざなわれる瞬間をミステリアスに描く。

 なんてヘンテコな話ばかりなんだ!というのが正直な感想。ストレートに来るものやあとからじわじわ来るもの、予想外の方面から攻めてくるさまざまな恐怖、意表をつく展開にすっかりはまってしまった。とくにホラー好きというわけでもないし、正直、悪夢を見そうな内容のものばかりなんだけど、あまりのおもしろさにページをめくる手が止まらない。あ〜れ〜!

 とくに「ボーダー」は最初から独特な空気感で、得体の知れないヤバさが神経レベルでビシバシ伝わってくる。こんな話は初めてだ。ナチュラルにムーミンとかニョロニョロが出てきても違和感なさそう。読み終えたあと、寒々とした色のない心象風景が浮かんだ。目をこらすと遠くにおさびし山が見えるような気がした。

 でも、ダントツにおもしろかったのは「マイケン」かな。ミステリ色が濃く、大半が主人公の語りなので、読みやすくてどんどん引き込まれた。高齢化社会の悲哀を描きながら不思議な〝してやったり感〟があり、ちょっと「テルマ&ルイーズ」みも。

 スウェーデン映画(アメリカとの合作ですが)「ミッドサマー」が話題だけど、予告編を見たかぎりでは冷たく透明感のある怖さで、「ボーダー」の世界観と通じるものがありそうなので興味津々。
『MORSE—モールス—』も読なまくちゃ。

 

■2月×日
 チャーチル閣下の秘書、エリザベス王女の家庭教師、国王陛下の新人スパイなど、タイトルに主人公マギーのその都度変わる役職というかミッション名がはいっていてわかりやすい、スーザン・イーリア・マクニールの〈マギー・ホープ〉シリーズ。シリーズ八作目は『スコットランドの危険なスパイ』ですが、原題はThe Prisoner in the Castleなので、やはりこれも今回マギーが置かれた立場ということになります。

 シリーズ八作目だけど、メインとなるキャラクターは全員が初顔合わせだし、孤島に集めたれたメンバーがどんどん死んでいくという、『そして誰もいなくなった』をがっつり意識した作りなので、このシリーズを読んだことがない方も楽しめると思います。これまでのネタバレも最小限に抑えられているので、気に入ったらぜひ一作目の『チャーチル閣下の秘書』に戻って読んでね!

 1942年秋、特別作戦執行部(SOE)に所属するマギーは9人の工作員とともにスコットランド西海岸にあるスカーラ島のキロック城に軟禁されています。全員がなんらかの事情で作戦からはずされた工作員でした。しかし、ある日を境に、城の人々が次々と謎の死を遂げていくという怪事件が発生。犯人はこのなかにいる? 工作員たちと管理人一家は互いを疑いながら暮らすことに。本部から助けを呼ぼうにも、さまざまな妨害にあい、嵐の孤島でじりじりと待つうちに犠牲者は増えていきます。

 スカーラ島は架空の島で、そこにSOEの収容所があるのはチャーチル首相でさえ知らないという設定。その収容所として接収されたキロック城は、成金の織物商マーカス・キロックが建てた趣味の悪い城で、かつてあるおぞましい殺人事件の舞台となった場所でもありました。

 じゃんじゃん人が死んでいくのに、みんながみんなあやしすぎて犯人は最後までまったくわからず。手に汗にぎるおもしろさです。不気味な城にまつわる謎のせいで、ますます惑わされていくマギーたち。絶海の孤島に嵐に荒れ狂う海、癖がすごい工作員たちの過去。サービス満点サスペンス満点で、最後まで疾走感が止まりません。

 そしてやっぱり惚れっぽいマギー。どんな極限状態でもモテてしまう罪な女でもある。でも、戦時中だからこそ「ときめき」って大事よね。国を守る使命以前に、人として正しいことをしたいというマギーのまっすぐさ、数多の危険をくぐり抜け、地獄のような体験をしてきたからこそのピュアさに、彼女の周囲の人々同様、読者もきゅんとしてしまいます。

 カレンスキンクやコッカリーキなど、スコットランド料理にも興味津々。収容所の食事は意外に豪華でおいしそうでした。

 

■上記以外では:
 ホワイトハウスの料理長オリーが、責任ある業務をこなしながら国家の安全にかかわる謎を解く、ジュリー・ハイジーの『ほろ苦デザートの大騒動』は、〈大統領の料理人〉シリーズ八作目。毎回ホワイトハウス内外の人間関係に苦労するオリーに同情しながらも、豪華な料理にため息が出ます。今回は視察のために訪れた外国のシェフたちのせいで大変な目にあうオリー。私生活はラブラブだけど、その生活にも大きな変化が起こる兆しが。

 

 もう一冊のほろ苦案件は、クレオ・コイルの『ほろ苦いラテは恋の罠』。グリニッチビレッジの老舗コーヒーハウスを舞台にした〈コクと深みの名推理〉シリーズ十七弾です。今回のテーマはスマホのマッチングアプリで、けっこうな長さだけどほぼ一気読み。コージーにしてはかなり複雑な事件で興味が掻き立てられるし、訳文のテンポ感が心地よい。落ち着いていて分別のある大人の女性クレアの一人称だからかも。

 

 デボラ・インストールの『ロボット・イン・ザ・スクール』はロボット・シリーズ第三弾。近未来のちょっと変わった家族の物語で、ミステリじゃないけど大好きなシリーズです。四歳になったボニーとともにプレスクールに行くことになった幼児型ロボットのタング。さまざまな試練を乗り越えて絆を深める家族が愛しい。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、マキナニー〈ママ探偵の事件簿〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はジョアン・フルークのハンナシリーズ20巻『バナナクリーム・パイが覚えていた』

お気楽読書日記・バックナンバーはこちら