みなさま、こんにちは。

 ご存じでしたか? 今年は刑事コロンボ生誕60周年。それを記念してすばらしい本が刊行になりました。それは『刑事コロンボの帰還』(二見書房)。山口雅也さんによる全作解題&名鑑、コロンボを愛する人気作家のみなさんによる書き下ろしトリビュート短編など、コロンボの魅力満載の一冊です。わたくしごとですが、「ミステリマガジン」の刑事コロンボ特集(2011年11月号)でリチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクの短編「愛しい死体」を訳していまして、実はこの短編、コロンボは登場しないものの、「刑事コロンボ」第1話「殺人処方箋」の原型なのです。そんなわけで、今回思いがけずこの短編も再録していただけることになり、コロンボの専門家でもないのに末席を汚させていただいています。つねに「ウチのカミさん」をリスペクトする愛妻家のコロンボ。あの『古畑任三郎』にも影響を与えたというコロンボ。あらためて見るとなんだかとってもキュートでイケてるコロンボ。「刑事コロンボ」の魅力を再発見できる一冊です。
 さて、年末のベスト候補が出揃った10月。みなさんの今年の一冊はもう見つかりましたか?

 

■10月×日
 現実離れしたぶっとびフィクションもおもしろいけど、リアリティのある設定や描写には人をのめりこませる力がある。レスリー・カラのデビュー作『噂 殺人者のひそむ町』(北野寿美枝訳/集英社文庫)は、違和感のないストーリーとキャラクターで共感しまくりなのに、思いもよらない展開になっていくという、読者の心をがっちりつかんで離さない傑作サスペンスだ。

 ロンドン近郊の海辺の町に住むシングルマザーのジョアンナは、十歳のときに五歳の幼児を殺害した女サリー・マクゴワンが、保護プログラムにより名前を変えてこの町に住んでいるらしいという噂を耳にする。事件があったのは一九六〇年代で、当時はかなり話題になったという。ジョアンナは読書会でその噂について話してしまい、それをきっかけにして彼女の周囲で波風が立ちはじめる。

 ジョアンナは決して愚かなわけではない。読書会に出席したのはママ友との友好関係を築くためで、ママ友と友好関係を築くのは息子のアルフィーが仲間はずれにされないため。噂を話題にしたのだって、プライベートを詮索されて困っているメンバーを助けるためだったのだ。すべて理にかなっている。その後のジョアンナの言動も、共感できることばかりだ。シングルマザーになった経緯がちょっと異色で、そこはあんまり共感できないけど、わたしはこのヒロイン、けっこう好きかも。

 しかし、ジョアンナのせいで平和な町に不穏な空気が流れだしたのはたしか。果たしてサリーはほんとうにこの町にいるのか? サリーを思わせるアカウントの人物からツイッターでフォローされるに至ると、疑心暗鬼になったジョアンナは、噂にふりまわされてはいけないと思いつつ、まわりじゅうの人があやしく思えてしまう。いや、これは怖いです。六歳の息子もいるしね。サリーがまた幼い男の子を殺すとはかぎらないけど。

 そして、予想外の真相が読者を襲います。これにはびっくり。しかも、最後の一ページ、最後の一文まで油断できないというサービスぶり。思わず最初に戻ってときどきさしはさまれる太字のパートを読み返しました。こ、これは。徹夜本決定です。

 

■10月×日
 残酷なシーンが多い作品を読んでいると、どんなにおもしろいものであっても、知らず知らずのうちに神経がすり減っているような気がする。たまたまそういう本がつづいていたときに読んだ、アンソニー・ホロヴィッツの『その裁きは死』(山田蘭訳/創元推理文庫)は、ダニエル・ホーソーン・シリーズの第二弾。もちろん、おもしろいのはわかっている。でも、こんなに癒されるなんて、ちょっと意外だった。コージーの甘くてゆるふわな世界(ばかりでもないけど)とはまたちがう癒され方で、脳がよろこんでいる!という感じ。もちろん殺人が描かれるので残酷にはちがいないんだけど、純粋に謎解きを楽しめるという信頼感が半端ない。『カササギ殺人事件』や『メインテーマは死』の実績があるからか、物語世界に安心して身を任せ、心地よくだまされることができた。閉所恐怖症気味なので、ちと怖いところもあったけど。

 実直な離婚弁護士が未開封のワインボトルで殴られて殺される。現場の壁はペンキで謎の数字が描かれていた。警察顧問のダニエル・ホーソーンは、お抱えの記録作家アンソニー・ホロヴィッツ(著者本人)を伴って現場に赴く。脚本を担当しているテレビドラマ『刑事フォイル』の撮影現場から無理やり連れてこられたホロヴィッツ先生はいい迷惑。でも、言いなりになってしまうのは、謎多いホーソーンという人物に興味を持っているから。もしかして、好きなの?

 現場では見るからに感じの悪い担当刑事カーラ・グランショーがふたりを迎える。中身もめちゃくちゃいやな人で、これでもかといやがらせをされるホロヴィッツさんがかわいそうになった。グランショーが登場シーンからひどい書かれようなので、仕返しをしているようにも読めるほど(そうか、作家だからこういう仕返しもできるのね)。

 無能な警察にはおかまいなしに、独自の捜査を進めるホーソーンは、相変わらず経歴(階段から小児性愛者を突き落として警察を辞職)も現在の生活(妻子と別居)も趣味(読書会とプラモデル)も謎めいている。彼のことがもっと知りたくて、あの手この手で探ろうとするホロヴィッツさん。彼が語り手なので、読者も同じ視点で見ることになり、彼の気持ちがよくわかって、渾身の自虐ネタもなんだかかわいく思える。

 そしてなんと、このシリーズは全巻をかけてホーソーンという人物の謎を解く物語なのだという。つまり、まだまだ引っ張ってくれるということだ。ホーソーン、謎だらけだもんなあ……

 極上の謎解きが堪能できる癒しの一冊。さあ、これでまた残酷なのもイケるぞ! 要はバランスですね。甘い物と塩辛いものを交互に食べるとエンドレスで食べちゃうみたいな(それはそれで危険)。

 

■10月×日
 ギヨーム・ミュッソは『ブルックリンの少女』も『パリのアパルトマン』もおもしろかったので、これもまちがいないと思って買った『作家の秘められた人生』(吉田恒雄訳/集英社文庫)。結果はもちろん大正解。わりと短めの作品だけど、やっぱりめちゃくちゃおもしろいです。

 アメリカ生まれの世界的に有名な作家ネイサン・フォウルズは、三十五歳で突如として筆を絶ち、地中海の離島ボーモン島に移住して、隠遁生活をはじめる。以来二十年、マスコミの取材なども受けず、小説の映画化やテレビドラマ化も一切断るうちに、一九九三年に発表した『ローレライ・ストレンジ』は伝説的な文学作品となっていた。作家志望の二十四歳の青年ラファエル・バタイユは、偶像視するフォウルズに自分の作品を見てもらおうと、ボーモン島の求人に応募して、島の小さな書店で働きはじめる。一方、新聞記者のマティルド・モネーも、隠遁作家との接触を試みようとしていた。そんなとき、島で惨殺された女性の死体が発見される。

 フォウルズはなぜ三十五歳で筆を絶ったのか? マティルドの目的はなんなのか? 女性の死体は何を意味するのか? 観光客を受け入れず、犯罪など起こったこともない美しくのどかな島が(おまわりさんが素朴でいいのよ)、にわかに緊迫状態となる。意外なものがミッシングリンクになっていて、その壮大さにたまげた。

 ちなみに、フォウルズがサリンジャーを思わせるというだけで、無条件に引き寄せられてしまうわたしはサリンジャーの大ファン。だからこそラファエルの気持ちがすごくよくわかる。
 フォウルズがラファエルに作家としてアドバイスするシーンも深い。彼が明かす、書くうえで最も重要なもの、それはたしかに読者が最も求めるもので、それを読んだときなんだかわけもなく安心感に包まれた。しかし、作家とは「まともな神経の持ち主がやる商売ではない」「きみがもし小説家なら、毎日二十四時間ぶっ通しで小説家なんだ」とも言っており、それもまた真実なのだろう。

 魅力的な謎が満載で例のごとく一気読み。この分量でこの内容の濃さはお得。思わせぶりなラストもミュッソらしい。

 

■10月×日
 アレン・エスケンスのデビュー作『償いの雪が降る』について、いろいろなところで「びっくりするほど後味がいい」「いいものを読んだという満足感が得られる」と紹介してきた記憶がある。長編第三作となる『たとえ天が堕ちようとも』(務台夏子訳/創元推理文庫)はどうだろうか。結論から言うと、甲乙つけがたいおもしろさだった。それは、両者の印象がだいぶちがうからでもある。『償い〜』は謎解きミステリと主人公ジョーの成長物語の二本立てだったが、今回は引退した弁護士と刑事、友人同士で前作にも登場していたふたりが、それぞれ苦い過去を抱えながら対立することになる、ガチの法廷ミステリだ。

 ミネアポリスの住宅街の路地で女性の死体が発見された。女性はベン・プルイットという弁護士の妻で、プルイットは起訴され、捜査にあたったミネアポリス市警のマックス・ルパート刑事は検察側の証人として法廷に立つことになる。プルイットはマックスにとって因縁の相手であり、プルイットの弁護を担当することになった元弁護士のボーディ・サンデンはマックスの友人でもあった。

 要するにみんな知り合いなんですね。とくにボーディは友人のために弁護しつつ、別の友人と戦わなければならないわけで、すごく悩ましいところ。でも、「天落つるとも、正義を為せ」の精神で、決してぶれることがない。それは過去に苦い思いをした自分への警鐘でもあった。このまっとうさはボーディのトレードマークと言ってもいい。『償い〜』にも登場していたライラはボーディが教えている大学の学生で、今回は彼のアシストをしている。

 一方、マックスのほうは、ひき逃げ事故で妻を亡くし、つらいときにボーディに支えてもらったという過去があった。しかも、奥さんは事故で死んだのではなく殺されたのだと書かれた手紙が送られてきて、マックスの心は乱れる。夫には妻が犠牲者となった事件を捜査することができないからだ。

 そして裁判のゆくえは……この結末は予測できなかったなー。法廷での緊迫したやりとりは読み応えがあって、さまざまな法廷戦術を駆使したパフォーマンスが実に鮮やか。法廷ものっておもしろいな、とあらためて感じさせてくれた一冊。もちろん丁寧に描かれる心情にも引き込まれた。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、マキナニー〈ママ探偵の事件簿〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はキャシー・アーロン『やみつきチョコはアーモンドの香り』(コージーブックス)。

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