新型コロナウィウルス感染症のせいで世界が大きく様変わりしてしまった今年。去年の今頃はこんなことになるなんて夢にも思っていませんでしたよね。不要不急のことを控えつつも本を読むことは許されていたので、いつも以上に本を読んだ日々でした。オンライン読書会などの新しい形の交流の場も生まれました。本からいつも以上に力をもらった気がする今年。そういえば、そろそろ翻訳ミステリー大賞の予備投票のことも考えないと。みなさんの今年のイチ押し本はなんですか?

 ともあれ、一日も早く安全な世界が戻りますように。そして、来年が希望に満ちた年になりますように。

 

■11月×日
 ケイト・アトキンソンは『探偵ブロディの事件ファイル』や『世界が終わるわけではなく』などで独特な作風が気になっていた作家。『ライフ・アフター・ライフ』(青木純子訳/東京創元社)は、二段組566ページというボリュームながら、読めば読むほど引き込まれていく魔術的なおもしろさの作品だった。

 一九三〇年十一月、ドイツのカフェで、アーシュラという娘が「閣下(フューラー)」と呼ばれる男に銃を向け、自分も撃たれて死ぬ。つぎのシーンは一九一〇年二月、女の子(アーシュラ)が生まれようとしているが、臍の緒が首に巻き付いていたため、短い生涯を閉じる。そしてまた一九一〇年二月がやってきて、またアーシュラが生まれ、今度は生き延びるが……

「もしも〜だったら」という if 話はさまざまなフィクションを生んできたが、『ライフ・アフター・ライフ』は主人公のアーシュラが何度も死んではまた人生をやり直す話。だが、記憶に新しい『イヴリン嬢は七回殺される』のようなタイムリープものの多くがそうであるのとちがって、前回の記憶があるわけではない。一回死んだらかならずまた生まれるところからはじまるので、前回の生はまさに前世で、記憶は持ち越せないのだ。しかし、アーシュラには不思議な力が備わっていて、生まれ変わるごとに意識下に蓄積されていく何かが、つぎの生では彼女の命を救う。それは「前世での失敗を知らせるシグナル」なのだ。家族も本人もそれを不気味に思い、精神科にかかったりもするが、読んでいるほうはハラハラドキドキしながらも、なんだかちょっと安心だったりする。

 生まれ変わるたびに気をつけなければならないポイントは増えていき、クリアしたと思っても、その先にはまた新たな危険が待ちかまえている。人生には死の影がいたるところに潜んでいるのだ。とくにアーシュラは一九一〇年生まれ。第一次大戦、スペイン風邪(感染症にはやっぱり〝密〟が大敵のようだ)、第二次世界大戦(ロンドン大空襲)など、命の危険はアーシュラだけでなく家族や友人たちをも容赦なく襲う。やがて、無意識のうちに生まれ変わりをつづけて人生に慣れてきたアーシュラは、これまた無意識のうちにその特殊能力を生かす人生を歩もうとする。

 なんという多重構造のおもしろさ。こんな話は読んだことがない。過酷な運命をどこか楽しんでいるようなところがあるアーシュラの魅力はもちろん、個性的な家族や友人のキャラクターや、歴史、芸術、風俗についても詳細で、とにかく読んでいて飽きない。それこそエンドレスで読んでいたくなるほど。

 訳者あとがきにも書かれているが、「胸騒ぎ」や「デジャヴ」がこれまでの生で意識下に蓄積された何かなのだとしたら、今の自分は何度目かの人生を生きている自分自身の生まれ変わりなのかもしれない、とわたしも思った。いや、そうとしか思えなくなった。なんかちょっと引っかかるとか、理由もわからずに嫌な感じがする、というときは気をつけなければ。自分からのメッセージかもしれないのだから。そう考えるとなんだか自分が愛おしく思える。

 

■11月×日
 パリ警視庁のお荷物班が意外な働きを見せるソフィー・エナフのパリ警視庁迷宮捜査班シリーズ、お待ちかねの第二弾。一作目もおもしろかったけど、二作目の本書『パリ警視庁迷宮捜査班魅惑の南仏殺人ツアー—(山本知子・山田文訳/ハヤカワ・ミステリ)はおもしろさがパワーアップしている。このシリーズ、マンガにしても絶対おもしろいと思う。日本でドラマ化しても「MIU404」みたいな感じでいいかも。

 アンヌ・カペスタン警視正率いる特別班は、元警視正が殺された事件の捜査を担当することになる。実はこの被害者、カペスタンの元夫の父親。それで特別班に声がかかったのだが、カペスタンは絶対やりにくいよね。同時期に同じ手口の事件が南仏プロヴァンスでも起こっていて、南仏に向かう捜査班。一同唖然の意外な結末と、カペスタンの苦悩、仲間たちの活躍、もの寂しい冬のプロヴァンスと心踊るパリのクリスマス、フーリガンとの戦いなどなど、エピソード満載でなんともお得な一冊。

 十歳ぐらい若返り、IQは百ぐらい下がっていたという、若き日の恋するカペスタンのエピソードは新鮮だし、オンラインゲームのアバター作成機能でモンタージュ写真を作成するダクスや、車は大破させなくなったけど、今度は車のために体をはるレヴィッツ、死神トレズの意外な特技など、メンバーの新たな魅力も爆発しています。クリスマスイヴにみんながオフィスに集まるシーンのほのぼの具合といったら! 二作目にしてすでにチームの一体感がすごくてびっくり。個人的にはルブルトンとロジエールのコンビが好き。とくにルブルトンの心配りがうるっときます。

 すでにキャラの宝庫なのに、まだ足りないとばかりに、今回さらにぶっ飛びキャラの新メンバーが加入するのですが、そこは「来る者拒まず」が暗黙のルールの特別班。このなじみ具合、多様性とはこういうことをいうのでは、と読んでいてほんとうに気持ちがいい。
 かわいすぎる警察犬ピロットは、もう存在しているだけでたまらなく尊いけど、今回はなんと警察ネズミのラタフィアが特別班に加入(?)。ピロットとともに「補助員」としてチームを文字通りアシストしている。「レミーのおいしいレストラン」を彷彿とさせて、これまたほのぼのします。このフリーダムさかげんからもこのチームの魅力がわかるでしょ? 補助員たちが特別班として登場人物表にちゃんとはいっているところも、ひじょうにポイントが高いです。

 思えばタイトルの「南仏殺人ツアー」も、完全にねらっている感じで悪ノリ一歩手前だよね。「ツアー」ってなんだよw、「湯けむり旅情殺人事件」か? でもこのフリーダムさがこのチームのスタイルにすごく合っていて、悪くない。

 

■11月×日
 カバー写真とタイトルから、法廷で狐が証言しているような錯覚(「はい、わたしが森の中に埋めました」「えっ、きみが?」)を覚えた人もいたかもしれない。いや、それはいくらなんでも妄想のしすぎだが、意味深なことに変わりはない。ネレ・ノイハウスの〈刑事オリヴァー&ピア〉シリーズの邦訳最新刊『森の中に埋めた』(酒寄進一訳/創元推理文庫)は約七百ページという大著だが、あまりのおもしろさに長くてうれしいとさえ思ってしまったほど。シリーズ屈指のおもしろさだと思う。たっぷりと謎解きを堪能できる、シリーズの魅力が詰まった一冊だ。毎年秋になるとノイハウスの新作が読めるうれしさよ。

 キャンプ場でキャンピングトレーラーが炎上し、大爆発が起きた。放火によるものらしく、男性の焼死体が発見される。トレーラーの持ち主はホスピスにはいっている余命いくばくもない老女だったが、彼女もまた殺されて、その後も殺人はつづく。

 今回のメインはオリヴァーで、翌年から一年間の休暇をとることになっているので、ちょっと心に余裕があるのかなと思いきや、事件関係者はオリヴァーの知人ばかりでほぼ同窓会状態。四十年まえの事件が大きく関係していて、その事件の当事者でもあったオリヴァーはつらい思いをすることになります。

 とにかく登場人物が多いので、必要なら何度でも登場人物表を見て確認を。でも、ひじょうに巧みに描き分けられているので、案外すんなり頭に入ってきます。それにいちばんびっくりしたかも。すごいな、ノイハウス。複雑に絡み合う田舎の人脈の面倒くささを最大限に生かしたストーリーで、貴族の子息であるオリヴァーでさえその面倒くささからは逃れられません。

 シリーズもののおもしろさは、レギュラーキャラクターたちの(私生活を含めた)変化がわかること。女性関係では苦労してきたオリヴァーだけど、ここに来てようやく落ち着きそうかな? わがまま放題に育ってしまった末っ子のゾフィアのことはちょっと心配だけど(七歳の子供を現場に連れていかざるをえないパパ気の毒)、いいかげんオリヴァーには幸せになってほしいなあ。そして、ピアじゃないけど、長い休暇が終わったらぜひまた捜査十一課に戻ってきてほしい。たまに抜けてるところもあるけど、リーアム・ニーソン風で魅力的なオリヴァーはやっぱり絵になるわ。

 順不同で読んでもまたちがったおもしろさがあると思うので(そもそも一作目から翻訳されたわけじゃないし)、この作品から読んでももちろんOK。きっとはまって一作目から読みたくなることでしょう。
 読み終えてカバー写真を見たら、狐に謝りたくなった。変な妄想をしてごめんよ。

 

■11月×日
 カリン・スローターは痛みを感じずには読めないので、体力のあるときでないと開くことができない。それはわかっていたのに、テンション低めのある日、なぜか開いてしまった『クッド・ドーター』(田辺千幸訳/ハーパーBOOKS)。案の定、冒頭から残酷なシーンでひるみそうになったけど、読み始めたらもう止まらない! ああ、このおなじみの感覚。事件の行方を追い、登場人物たちの運命を追ううちに、いつしか物語世界にどっぷりと浸かっていました。ノンシリーズですが、ウィル・トレント・シリーズ同様に容赦なく読者を翻弄し、痛みはいつしか快感へと変わることをお約束します(いや、そういう話じゃないから)。

 一九八九年、十代の姉妹サマンサ(サム)とシャーロット(チャーリー)・クインは、博識な母ガンマとともに自宅で父ラスティを待っていた。ラスティは犯罪者の代理人をつとめる弁護士で、白人女性が殺された事件の容疑者である黒人男性を弁護したため、一家は放火により街にあった家を失い、田舎家に越してきたばかりだった。女三人しかいない家を訪れたのは黒いスキーマスクをした男ふたり。ガンマは惨殺され、姉妹も襲われる。

 二十八年後、四十一歳になったチャーリーは、たまたま訪れた中学校で銃乱射事件に遭遇する。ラスティが容疑者の少女ケリーの弁護をすることになるが、チャーリーには気になることがあった。

 二十八年まえに何があったのか? 中学校での銃乱射事件の真相は? 大きなふたつの謎に、サムとチャーリーが抱える悩みがからみ、姉妹の激しいぶつかり合いや、家族の危険を顧みない父への反発が物語を牽引する。

 本書はクイン一家が運命に翻弄されながら悩み、苦しみ、それでも信念を曲げることなく生きる姿を描いた家族小説だ。つらく苦しい経験をしたからこそ、彼らはどこまでもやさしい。しかし、手負いの獣のように人を寄せ付けないところもあるのが、なんとも言えない魅力になっていると思う。閉鎖的な田舎町で、残虐な事件の被害者として生きることの過酷さ、家族のそれぞれが抱える秘密、意外な形で解き明かされていく謎。タイトルの〝良き娘〟の意味を知ったときは、驚きとともに温かさや切なさもこみあげてきて、なんともいえない気持ちになった。

 読み終わったあと、力尽きてしまうかもしれないと思ったけど、そんなことはありませんでした。生きることのすばらしさを見せつけ、力をくれるラストの尊さよ。痛みを通してほんとうの強さとは何かを教えてくれるスローター。テンションの低いときこそ、読んでビビビと感電するほどのエネルギーをもらえることを実感しました。
 ノンシリーズといえば『プリティ・ガールズ』の破壊力もすごかったけど、『彼女のかけら』は未読。こちらも様子を見てチャレンジしたい。

お知らせ
 約六年、とくにコンセプトというほどのものはなく、さまざまなジャンルのおすすめ本をゆるーくご紹介してきた「お気楽読書日記」ですが、今月でひとまず終了とさせていただくことになりました。いずれまた近いうちに、新たな形で本をご紹介できる機会があればと思っています。
 長いあいだ読んでいただきましてありがとうございました。
上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、マキナニー〈ママ探偵の事件簿〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ最新刊『ラズベリー・デニッシュはざわめく』は一月刊行予定です。

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