金融界の熱いバトルがお茶の間を賑わせたドラマ「半沢直樹」が終わってしまい、ロスが半端ない今日このごろ。かわいそうだったのは、何も悪いことをしていないのに、白井大臣に床にたたきつけられた箕部幹事長の盆栽です。それほどフラグもなくいきなりだったのでちょっと衝撃でした(翌日箕部幹事長が「それだけはやめてほしかった」とツイートしていて笑った)。
 年間ベストを出す時期が迫っていて焦り気味です。おもしろい作品がたくさんあって悩ましい。9月の読書日記でご紹介するのは4冊とちょっと少なめですが、超オススメ案件ばかり。読書の秋の参考になれば。

 

■9月×日
 タイトルに惹かれて読んだエルザ・マルポの『念入りに殺された男』(加藤かおり訳/ハヤカワミステリ)は、短い作品ながら中身がぎっしり詰まった、読みごたえのあるノワール。いや、ノワールというほど真っ黒ではないかな。話の展開が早いので飽きさせない一方、おいおい、大丈夫かよ、と思う箇所だらけで気が抜けない。でもやっぱりこれも一気読み案件。

 やさしい夫アントワーヌ、かわいいふたりの娘とともにフランスの田舎町ナントに暮らし、一家でペンションを営むアレックスは、実は人と接するのが苦手。そんなんでよくペンション経営できるなとも思うけど、都会よりは心穏やかでいられるからか、家族と力を合わせてなんとかやっている。実は彼女、作家を志したことがあり、習作ではあるが今でも短編小説を書いています。

 ある日、ペンションにゴンクール賞作家のシャルル・ベリエがお忍びでやってくる。人懐っこい魅力をふりまくベリエだったが、アレックスの四十歳の誕生日の夜に豹変。強姦されそうになったアレックスは抵抗しているうちに、ベリエを殺してしまう。

 序盤を読んだ感じでは、とりあえず殺しちゃってるけど、このあとどうやって「念入りに」殺すのか? アレックスは作家志望だし、もしかしてあのヒメオワ(『秘めた情事が終わるとき』)のように作家VS作家のような感じになるのか? などなど、気になることだらけ。
 正当防衛とはいえ、自分が殺人犯になったら夫につらい思いをさせるのではないか、娘たちが学校でいじめられるのではないか、ということまで考えられるアレックスはどう見ても破滅型ヒロインではない。そのあとの思考・行動もかなりぶっとんでいるとはいえ、一応理にかなっている。

 しかしこのアイディアはなかなか。ありそうでなかったアイディアだよね。よくもまあとっさに考えついたなあと思う。人間嫌いなのに急に覚醒して、SNSを多用し、口八丁手八丁でクセ者どもをガンガンさばいていくアレックス。ある意味これも火事場の馬鹿力か。ときどき信じられないポカをするので、読んでいるこっちは生きた心地がしないけど。

 それにしてもベリエ最低、と思うけど、豪放磊落なベリエはひどいことをしても派手に謝れば「もう、しょうがないわね」と許されちゃうような人。作家としてはかなりの腕だったようで、アレックスのなかでベリエへのリスペクトが高まっていき、同じベクトルで嫌悪感も高まっていき、複雑な状況。果たして彼女の計画の行方は?

 #MeToo運動を意識しているみたいだけど、アレックスにはとくにシスターフッド的なものは感じなかったな。女同士力を合わせてというより、よくも悪くも一匹狼という感じ。母であることはもちろん、女であることのこだわりもあんまりない人みたいな気がする。とにかく不思議なヒロインだ。ちょっとこういう人ダメ……という向きもあるかもしれないが、彼女はまだ最終形態ではないと思う。続編もあるということなので、今回の経験を経て第二形態へと進化したヒロインに期待したい(ゴジラか?)。

 

■9月×日
 ニュージーランドを舞台にしたフィン・ベルの『死んだレモン』(安達眞弓訳/創元推理文庫)は、車いすの主人公がいきなり崖から宙吊りになっているシーンからはじまる。しかも頭を下にして、八メートル下には波が逆巻く海。物語はそこにいたるまでとそこから先、ふたつの時系列を交互に描きながら進んでいき、やがてそのふたつは合流する。著者は電子媒体の自費出版市場を活躍の場とする作家で、本書はナイオ・マーシュ賞新人賞受賞作。

 著者と同じ名前の主人公フィン・ベルは(南アフリカ出身というところも同じ)、飲酒運転による事故で下半身の感覚を失い、人生を一からやり直そうと単身ウェリントンからニュージーランド最南端にある町リヴァトンにやってくる。そして〈最果ての密漁小屋〉と呼ばれるコテージで新生活をはじめる。電気系統のトラブルで訪ねた隣人のゾイル三兄弟にはただならぬ違和感を覚えたが、猫の親子を引き取り、マーダーボール(車いすラグビー)をはじめ、セラピストのベディ・クロウの禅問答のようなセッションで出された宿題「自分は人生の落伍者(デッド・レモンズ)なのか」について考える日々。

 やがて、コテージのまえの持ち主の家族が二十六年まえから行方不明だと知り、事件について調べはじめるが、それを境にフィンのまわりで恐ろしいことが起こりはじめる。

 ダレル、アーチー、ショーンのゾイル三兄弟はとにかく不気味だが、ゾイル兄弟以外の登場人物はいい人ばかり。セラピストのベティ、美容師のパトリシア、そのいとこでマーダーボールの選手タイ、地元紙記者のプルーイット、元刑事のレス神父が、それぞれの立場からフィンに語ることがどれもすごく考えさせられ、その人らしくていい。双子のファソ刑事の存在感も独特。最初はコミュニティのおせっかいな人びとに辟易していたフィンだが、しだいにその愛を心地よく思いはじめ、傷ついた心と体が再生していく過程も読みどころだ。

 何度も絶体絶命になり、自暴自棄になりながらも、どこかひょうひょうとして余裕が感じられるのは、語り手であるフィンの口調のせいだろう。この世を拗ねたような口調、わたしは嫌いじゃない。冒頭のクリフハンガー場面でマーダーボールのことを考えていたりして、最初から「おいおい」となるけど。「やられたらやり返す(228ページ)」と訳されている箇所もあり、その半沢直樹精神(笑)に「いいぞ〜! やれやれ〜!」と思わず応援したくなる。

『ロード・オブ・ザ・リング』のロケ地(作品内でも言及されている)ということぐらいしか知らなかったニュージーランドの歴史についての記述も興味深い。
 サスペンスというよりは本格推理物という印象。最後まで驚かされっぱなしでした。

 

■9月×日
 荒唐無稽な設定とイヴァノヴィッチばりのドタバタで「つかみはOK」だったチェルシー・フィールドのお毒味探偵シリーズ第一弾『絶品スフレは眠りの味』は、今年のベストコージーに選びたいほどの絶品だったが、早くも第二弾『ジャンクフードは罪の味』(箸本すみれ訳/コージーブックス)が登場。今回もめっちゃオススメです。

 オーストラリアからロサンゼルスにやってきたイジーことイソベルは、セレブのために食べ物の毒味をする秘密組織〈テイスト・ソサエティ〉所属の毒味役、通称シェイズ。今回の依頼人は告発サイト〈ビジリークス〉の運営者アーネスト・ダンストで、引きこもり気味でジャンクフードばかり食べているので、それほど手のかかるクライアントではなかったのですが、そのアーネストが遺体となって発見されます。死因は食べ物ではなくドラッグ。本書のなかでまことしやかに言われているのが、セレブがドラッグの過剰摂取で亡くなったというニュースの三分の一は陰謀による毒殺なんだって(ほんとかいな)!ということ。というわけで、当然死因を不審に思ったイジーは、〈テイスト・ソサエティ〉のイケメン捜査員コナー・スタイルズとともに調査をはじめます。

 けっこう大食いで、しょっちゅうお腹がグーグー鳴っているのがなんだか憎めない、心やさしいオージー娘のイジー。今回お毒味シーンはあまりないけど、クライアントの死の謎を解くため奔走します。

 忘れちゃいけないイジーとコナーの恋愛模様は、ツンデレのコナーに一喜一憂するイジーがかわいい。一人称なので心の声がだだ漏れで、素直なイジーに感情移入せずにはいられません。今回は意外とうまくいきそう、ユーたちつきあっちゃいなよ!と思っていたら、ラストでは「?!」な展開に。

 一作目でおなじみの個性的な登場人物たちに加え、今回はオーストラリアから苦手なアリスおばさんといとこのヘンリエッタがやってきて、イジーの生活はさらにドタバタします。相変わらず魅力的なご近所さんのエッタとアリスおばさんがナイスコンビだったのは意外でしたが。自分の名前が言えて(鳴いてるだけともいう)、ゴキブリをプレゼントしてくれる猫のミャオもかわいいけど、エッタが飼いはじめたグレイハウンド犬のダドリーも大型犬好きにはたまらないでしょう。しかし、ルームメイトのオリヴァーの英国女王嫌いもここまでとは……そして、綿ぼこりまで所持品として押収する警察って……これはジョーク? マジなの?

 

■9月×日
 ルースルンド&ヘルストレム。このふたりの名前は、やはり北欧ミステリの立役者であるシューヴァル&ヴァールーのように、ニコイチとして覚えたものです。ジャーナリストと服役経験を持つ活動家という異色の組み合わせだったことも目を引きました。しかしご存じのとおり、二〇一七年にベリエ・ヘルストレムが五十九歳の若さで病死し、二〇一六年刊行の『三分間の空隙』が、コンビでの最後の作品となりました。以後の作品はアンデシュ・ルースルンドが単独で書いているそうです。

 その『三分間の空隙』(ヘレンハルメ美穂訳/ハヤカワ文庫HM)は、「北欧ミステリ界の里程標的名作」と言われた『三秒間の死角』の続編です。

 ……と、いつになく格調高く(どこが?)書いてきましたが、告白します。『三秒間の死角』の内容をまったく忘れていました。でも、続編である『三分間の空隙』は、読んでいるうちに大事なところは思い出せるような作りになっていますので大丈夫。もちろん、未読の方は先に『三秒間の死角』を読んでいただくとより楽しめると思います。

 コロンビアの猥雑な市場で幼い少年が金のために殺しを請け負うプロローグから、ゲリラ組織に潜入している捜査員がジャングルのコカイン・キッチンに向かう冒頭、偵察衛星から得た画像を監視するアメリカ合衆国下院議長。ウィンズロウの『犬の力』を読んでいるのかと錯覚するような展開で、ここにどうやってストックホルム市警のエーヴェルト・グレーンスがからむのかと思うでしょうが、このコロンビアのゲリラ組織に潜入しているスウェーデン人のエル・スエコことピート・ホフマンは、グレーンスと因縁のある人物。ピンチに陥ったホフマンを救うため、グレーンスはアメリカへ、そしてコロンビアへと向かいます。

 グレーンスはめんどくさいオヤジという印象だったけど、登場シーンこそ暴れるものの、今回はすごくいい人でびっくり。ストックホルムを飛び出して、ワシントンDCとボゴタを何度も往復するなんて、どれだけマイルがたまったことでしょう(そこ?)。グレーンスがコーヒーのおいしさにびっくりしたり、ブラウニーに舌鼓を打つシーンは癒しでした。

 ヘビーすぎる状況で、正直、うわーこれは痛い、きつい、マジ無理ー、と思ったところもあったけど、読み終わってみると、わたしがまちがっていましたと素直に思える圧倒的な完成度。このコンビの作品を読むといつもそうだったと、これまたあとになって思い出しました。「痛いきついマジ無理」があとになってめっちゃきいてくるんですよ、そう、倍返しのように。本書に登場するある人物も言っています。あれだけのつらさに耐えたのだから、自分には○○の価値があると。読者もつらさに耐えれば報われるときが来ます。すべてをねじ伏せ、「どうだまいったか」と言っているようなあのラストは、あの爽快感は、あの痛みがあってこそのものなのだなあと実感しました。

 それにしても、三秒間、三分間ときて、当然ながらつぎは三時間。どんどん壮大になっていくグレーンスとホフマンの冒険は、どこに向かっていくのでしょう。楽しみすぎます。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、マキナニー〈ママ探偵の事件簿〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はジョアン・フルークのハンナシリーズ20巻『バナナクリーム・パイが覚えていた』。間もなく原書房コージーブックスから、チョコレートショップ兼書店が舞台の、キャシー・アーロン『やみつきチョコはアーモンドの香り』が出ます。よろしく!

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