『ママのトランクを開けないで』

デボラ・シャープ/戸田早紀訳

ハヤカワ・イソラ文庫

 コージー・ミステリには三姉妹がよく似合う、かどうかわからないが、デボラ・シャープ著『ママのトランクを開けないで』のヒロインも三姉妹のまんなかだ。前々回このコーナーで紹介したナンシー・マーティン著『億万長者の殺し方教えます』のヒロインと同じく。そういや前回紹介のアラン・ブラッドリー著『パイは小さな秘密を運ぶ』のフレーヴィアも三姉妹の末っ子だった。ついでにわたしが訳しているジョアン・フルークのお菓子探偵ハンナ・シリーズ(『チョコチップ・クッキーは見ていた』ほか)のハンナ・スウェンセンも三姉妹の長女。おっと、どさくさにまぎれて宣伝してしまった。そう、やっぱりコージーには三姉妹ですよ。三姉妹が活躍する二時間ドラマのシリーズもあったような気がする。なかったらぜひ作ってほしい。

 それはいいとして、今回はマディ、メイス、マーティの三姉妹だ。長女のマディはとっても厳しい中学校長で、子供のころから親分風を吹かすのが得意な仕切り屋。次女のメイスは自然と動物をこよなく愛し、森林公園に勤務している。図書館司書の三女のマーティは可憐で心やさしくおとなしい性格。見事に三人それぞれの道を歩んでます。そしてなんといってもこの三人を生んだママ、ロザリーさんがすごい。娘たちの父親が亡くなるまえは農場で「有刺鉄線を張り巡らせてフェンスを作ったり、二百ポンドの子牛と格闘して焼き印を押す」などしてワイルドに生きていたのが信じられないような、少女のようにきゃしゃで可憐な南部美人で(あ、舞台はフロリダです)、結婚は都合四回、夫五号になろうという男性とおつきあい中の六十二歳。天真爛漫で突拍子もないことをしでかしながら、けろりとしているなんとも憎めない性格で、たよりなげに見えて実は芯が強い、とびきり魅力的なキャラクターなのだ。

 そのママの車のトランクからなんと死体が発見され、あ〜れ〜とママは逮捕されてしまう。当然娘たちは大パニック。はい? ママが殺人犯? ちょっとあんた、どこに目ぇつけてんのよ! とワイルド系ハンサムのカルロス・マルティネス刑事にからむからむ。警察で騒ぐ騒ぐ。いやもう、このオープニングから笑いっぱなし。そんでもって最後まで笑いっぱなし。「妹は餌に群がる蠅のように男を引き寄せる。わたしはたいてい、本物の蠅を引き寄せる」といったボヤキ混じりのメイスの語りも笑わせてくれるし、母娘以外のキャラクターも超ユニークだし。舞台がフロリダってことと関係あるのかな? メイスの勤める森林公園にはワニがいて、自宅でも従兄弟とともに捕獲したワニの頭をキーホルダー(玄関に置いてあって、口のなかに鍵を置くようになっている!)にしてるんだけど、フロリダとワニといえば思い出すのはカール・ハイアセンでしょ。ハイアセンといえば奇人変人大集合。ぶっ飛んだキャラクターが目白押しではちゃめちゃな展開の本書は、ハイアセン好きにも楽しんでいただけること請け合いだ。

 もちろんロマンスもちゃんとありますよ。三女のマーティはママに似てきゃしゃでかわいいタイプ、長女のマディは決して美人ではないけど幸せな結婚をしていて、メイスはその中間ということだけど、けっこうモテてます。ママに「オポッサムが這いまわって巣をつくっちゃったみたいな頭」と言われた髪を、ヘアサロンでおしゃれにカットしてもらっただけで、みんなの目つきが変わっちゃうんだから、身だしなみって大事だね。けがをした野生動物がいると放っておけなくて、アレルギーがあって猫が苦手なのに、かわいそうな猫を助けてしまう心やさしいメイスが、動物にもてることは言わずもがな。猫嫌いな彼女のところに猫はかならず寄ってくるというエピソードがわたしのお気に入りだ。蠅だけじゃなくて猫も引き寄せちゃうのね。

 メイス曰く「ママとの暮らしはサーカスみたいなものよ」。いや〜、楽しそうじゃないですか。そしてママ曰く「お酢よりも蜂蜜のほうが、たくさん蠅を捕まえられる」。けだし名言です。たしかハンナ・シリーズのドロレス母さんも言ってました。でも本物の蠅を引き寄せるのは勘弁。

 上條ひろみ