インターネットの新刊情報サイトや、新刊書店で本を探す時に(特に翻訳がまだない作家について)まず確認するのは、表紙や帯やあらすじである。だが時折、出版社の推している方向性と、その作品にヒットする読者の方向性がマッチしていないパターンが存在する。

 本書『泥棒は几帳面であるべし』などはその一例……かもしれない。

 可愛い表紙イラストや最近流行りの「お仕事ミステリ」の惹句をみて、「こういうコージーな雰囲気の本って趣味じゃないんだよなぁ〜。」とか考えている方、もしかしたら、本年度でも指折りの奇妙な小説を、読み逃してはいませんか?

「なくなったのが気づかれるようなら、盗まない」

「子どもやお手伝いさんや犬のいない家を選ぶ」

「滞在時間は15分以内にする」

「階段を踏み外さないように気を付ける」

「侵入/脱出経路は最低3つ用意し、どれを使うかはサイコロを振って決める」

『泥棒は几帳面であるべし』の主人公にしてプロの泥棒であるマーティン・レイルズバックは仕事に当たって以上のようなルールを山ほど設定し、それを着実に確実に守っている。ルールの中には滑稽なものもいくらか含まれているが、マーティンはいたって大真面目にこれを遵守する。それもこれも、すべては警察に捕まらないための工夫なのだが、実際のところ、マーティンは一度たりとも逮捕されたことがないという。

 本書に倣って行動すれば、我々読者も一切ばれることなく家宅侵入&窃盗をやってのけられるのではないかと思ってしまうほど、その描写は精緻を極めている。どの程度のものか気になるという方は、本書の第1章、20ページほどを書店で立ち読みすればよろしい。マーティンがある住宅に侵入し脱出するまでの15分間を描く、いわばイントロに当たるこの章を読めば、この小説の方向性、あるいはその異常性が如実に伝わると思う。

 まずもって、マーティンが盗む予定の品物リストからして異常である。以下、第1章に挙げられているものを転記する。

・棒状バター2本

・サラダ用ドレッシング

・洗濯用洗剤

・野菜の缶詰

・石鹸

・ダイアモンドのイアリング

(以上はすべてフランス語で書かれている、だってその方がプロの泥棒っぽいから)

 別にスーパーでの買い物リストと間違った訳ではない。マーティンはこういった日用品をこっそりとくすねていくのである。洗剤も一瓶丸ごとは盗まず、減っていてもおかしくない分量だけジップロックのプラスチックバッグに移して盗みだす(第1法則を見よ!)親から一軒家を相続し、また副業もあるマーティンは、別段金に困っている訳ではない。だが彼は、他人の家から日用品を盗み、それを使って生活している。泥棒を主人公にしたミステリも数多いが、ここまでせせこましい盗みを描いた作品は絶無ではないだろうか。

 品物リストの中で逆に異彩を放っている「ダイアモンドのイアリング」についても、その盗み方はやはり異様である。マーティンは、この宝飾品に目を付けてから今回の盗難に及ぶまでに1年以上の年月を掛けているのだ。彼は毎週のようにこの家に侵入する度に、宝石箱の中の写真を取っていたという。そうすることで、宝石箱の持ち主がどの程度の頻度でこのイアリングを動かすか(=どの程度注目しているか)を判定できる。1回や2回ではない、何十回にもわたる確認の末、持ち主がこのイアリングの存在をほとんど忘れていると判断したため、彼はこの宝飾品を今回のリストに加えたのだという。

 さて、上でマーティンが「毎週のように」家宅侵入していると書いた。彼は決まった家に繰り返し侵入するタイプの泥棒である(これまた珍しい、普通の泥棒は一軒の家には一度侵入すれば十分なのだから)。生活様式、仕事ぶり、収入、警備の様子は当然のこと、果ては下着の色まで、盗みに入る先の住人のことならありとあらゆる情報を知りつくしたマーティンは、彼らのことを「お得意様」と呼び、ほとんど友人のように考えている。

 ここまで読んでお分かり頂けたと思うが、マーティン・レイルズバックという人間は常軌を逸して几帳面な、そして自分が泥棒であるという事実を隠すためには偏執狂的に立ち回る人物である。どんなやり方でも融通無碍に取ればいいのに、自分の決めた一手段に拘り続けてしまう。そんなマーティンの性格を分かりやすく示す滑稽なエピソードを紹介しよう。

 現代社会に生きる泥棒としてはもちろん、現場に微細な証拠すら残さないように気を使わなくてはならない。その最たるものはやはり指紋だ。多くの泥棒小説でラテックス製の手袋が導入されているが、その例に漏れずマーティンもラテックスの手袋を箱買いしている。だが、そんなものを箱買いし、家に大量に備蓄しているというのはやはり不自然である。もし、なにかの機会に誰かがラテックスの手袋の山を目撃したら、それがきっかけとなって泥棒であることがばれるかもしれない(そもそもマーティンにはほとんど友だちがおらず近所づきあいもないので、人が訪ねてくる可能性はほぼゼロなのだが)。

 それを危惧したマーティンは、ラテックスの手袋が自宅に大量にあってもおかしくない理由を作りだそうとする。ウルシかぶれの予防によく使われると聞いて、自宅の庭にウルシを植えようとするが、ホームセンターに問い合わせても在庫は当然ない。近所の森を必死に探しあるいて何とか見つけるが、植え替えようとしてもなかなか上手く根付かない。四度目の挑戦でようやく根付くが、今度はとめどもなく増え始め、庭の一角がウルシのジャングルになってしまう……。

 本作は、そんなパラノイアックな小泥棒マーティンの人生が、侵入先の便器に電動歯ブラシを落としてしまうという小さなミスからねじれ始め、ついには「お得意様」が知らず知らずのうちに巻き込まれた様々な危機から彼らを救う「トラブルバスター」的な役割を果たしはじめてしまう、という誠にへんてこな物語である。

 一風変わった小説が好きなあなたにこそおススメの佳品。見逃すな!

三門 優祐(みかど ゆうすけ)

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 1986年生まれ。フリーの兼業読者。愉悦部の一員目指して、不幸の蜜滴るメシウマ小説を日々愛読。ブログ「深海通信」にて、「エドガー賞攻略作戦」を不定期更新中。( http://d.hatena.ne.jp/deep_place/

 ツイッターアカウントは @m_youyou

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