「世界最高の殺し屋って誰?」という質問をされたら、多くの日本人はゴルゴ13と答えるのではないだろうか。もしくは、殺人許可証を持っている世界的なヒーローということで、ジェームズ・ボンドという答えもあるかもしれない。ともあれ、その金看板を背負えるキャラは中々いない。私やあなたが大好きな、翻訳小説に登場する「彼ら」ではダメなのだ。凄腕止まりでは。
ボンクラ中学生なら誰でも一度は考える世界最強の殺し屋というキャラ設定も、「どこがどう世界最強なのか」という命題を証明する段になると途端にハードルが高くなる。「あいつは世界最高だ」とただ周囲の人間が言ってるだけでは、証明にはならないのだ。
そして、登場したのが『暗殺者グレイマン』の主人公グレイマンことコート・ジェントリーである。生い立ちを見るだけでも只者ではない。父親が校長を務めるSWAT学校で育ち、16歳にしてSWATチームに近接戦闘を教え、18歳で道を誤りギャングの抗争で相手を射殺し逮捕。腕を見込まれ刑務所から連れ出され、CIAの非合法工作部門でせっせと人を殺し続けるも何らかの理由でCIAから「目撃しだい射殺(Shoot on Sight)」命令が出され逃亡する。対峙することになる敵曰く「世界最高の超一流の殺し屋」であり、自称でも「もっとも経験豊富でもっとも大きな成功を収めてきた人間ハンター」と大きく出ている。
そんな彼が自らの生存と人質救出のため戦うのは、ベネズエラの総合情報部やらリビアの特務機関ジャマヒリヤ秘密機構やら韓国の国家情報院やら総勢12ヶ国の殺し屋チームである。チェコからフランスを目指す旅路の途中、敵を撃退していくのだが、凄まじいことに次々と負傷していくのだ。まず殺し屋チームと戦う前に、すでにグレイマンの脚には貫通銃創がある。そこからさらに全身各所を負傷していき、最終戦の際は文字通り満身創痍。しかし、万全の状態で勝つのは二流の殺し屋、多少の負傷で勝つのは一流の殺し屋、超一流は満身創痍でも多数を相手にして勝つというのを証明するのである。
一作目でジェイソン・ボーン以上の逃避行を負傷しながら達成し、世界最高という金看板を掲げることになったジェントリー。彼は二作目『暗殺者の正義』でCIA工作員時代の隊長であるザックの指揮下、「目撃しだい射殺」命令撤回のためスーダンの大統領拉致を請け負うことになる。顔見世興業の一作目を済ませているので、二作目は作戦に一直線に向かう(とはいえ後述する寄り道もあるのだが)。文字でありながら映画『ブラックホーク・ダウン』に匹敵する映像的興奮と迫力の市街戦など、世界最高の殺し屋が任務を与えられたらどう振る舞うかを描く。
そして、三作目の『暗殺者の鎮魂』で世界最高の殺し屋がついに「他者への怒りのみを燃料に戦う」のだ。アマゾン奥地で殺し屋チームに急襲されたジェントリーは、冒頭からクライマックス級の逃走劇を繰り広げ窮地を脱する。逃亡先のメキシコで、命の恩人エディーが麻薬カルテルのボスであるダニエルの暗殺作戦に失敗し、死亡したことを知る。立ち寄ったエディーの実家で歓待を受け、エディー含む警官の追悼集会に出席するジェントリー。だが、集会は襲撃を受け死亡者を出した上、エディーの未亡人エレナがダニエルに狙われる羽目になる。死の聖女への狂った信仰の結果、ダニエルはエレナの腹の中の赤子を供物にしなければならないと考えるからだ。無辜の人々であるエディーの遺族のため、怒りに燃えるジェントリーは麻薬組織と徹底的に戦うことを決意する。
一作目二作目がジェントリーの考えはどうあれ戦闘を強制される状況だったのに対し、本作では彼に戦わざるをえない理由はない。地獄の状況下で励まし命を救ってくれたエディーに対する恩と、彼の遺族が殺されていいはずがないという憤怒がジェントリーのエンジンの燃料となる。世界最高の殺し屋が「この世を焼き払う。殺し、拷問し、穢す」とまでブチ切れるのだから熱い。
アクションは、一作目が映像的ながらも並列化された感があったのに対し、二作目は目玉の市街戦を据えるという変化があった。本作では、『スカイフォール』の古い武器を持って洋館で敵を待ち構える篭城戦と、『誘拐犯』でメキシコの乾いた空気の中行われる銃撃戦のハイブリッドという、中盤の戦闘シーンが特に見所といえる。
ちなみに本書の敵役であるダニエルが率いる麻薬組織は、ダニエル含め特殊部隊出身者も多く装備は軍隊並の重武装であるため架空の組織のようだが、メキシコには首領が元特殊部隊隊長のロス・セタスという並外れた武力を持つ組織が現実に存在している。そういう点がリアリティに厚みを持たせている(メキシコ麻薬戦争に興味がある方は『メキシコ 地獄の抗争』を是非)。
ただただアクション全開で熱く滾り続ける物語は、その手の小説を愛好する読者だけでなく、アクション映画を好む方々にも是非是非読んでもらいたい。優れたアクション映画数本分の興奮が詰まっている。
絶賛一色ではあるのだが、グレイマンシリーズには指摘されうるとある弱点が存在する。それはジェントリーが善人≒正義の味方である点だ。本作でエディーの遺族を守ろうとするだけではなく、二作目では計画の支障になるとわかっていても国連職員の女性を助けるし、そもそも本人が自分は殺しという汚れ仕事をやってはいるが、殺すのはそれに値する人間だけである意味で正義を行使しているのだと信じている。
このキャラ造形を考える上でひとつの助けになるのが2008年の映画『グラン・トリノ』である。クリント・イーストウッド監督・主演の最後の作品であり、そこで描かれている一面は、俳優としてのイーストウッドが体現していた「国を愛し弱き者を守り、そのために暴力を行使する」というアクションキャラの終焉である。このキャライメージはある種アメリカという国そのものであるといえるかもしれない。そして、この映画以降イーストウッドは銃把を「握る」キャラを演じていない。
最後に作品が投げかけるのは、終焉と共に次代のヒーローをどう作ってみせるのかという問いかけでもある。そのひとつの解答がグレイマンシリーズと言い切ってもいい。
同行の女性が、敵の残虐な民兵とはいえ死にかけの人間は放っておけないと逃走を拒めば、即座に殺しこれで逃げられるなと言い放つ男がジェントリーではある。だが、彼は作中で無辜の民を殺すことはない。友情にも篤く仲間との信義を重んじ、「目撃しだい射殺」命令を下した母国アメリカさえ心から愛している。アメリカ的な正義の味方である男が、その超絶的な技能により悪を排除する世界最高の殺し屋になっただけなのだ。
そして、ジェントリーが世界中を逃げまわるように、この種のアメリカンヒーローにはもう、特に911以降は居場所がないのだ。だが、それでもこのヒーロー像は決して滅ぶことはない。生きにくい現在の世界でどうにか生かしてみせたのが本シリーズなのだ。ちなみに、著者マーク・グリーニーはアメリカ在住であり、シリーズ1作目の刊行は2009年である。
さて、ここまで長々と読んでいただいた奇特な方には申し訳ないのだが、実は拙稿を圧倒凌駕し冒険小説という文脈から素晴らしい語りが展開されるイベントが明日14日に開催される。語り手はグレイマンシリーズを熱烈に支持する北上次郎氏。是非、足を運んでいただきたい。
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大谷 耀(おおたに あき) |
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駆け出しレビュアー。ボンクラな小説・映画・漫画が日々の糧なエルロイ信者。よろず仕事募集中。奇特な方はtwitterにてご連絡を。 twitterアカウントは @myarusu |