待ちに待っていた本が出た。本当に待っていた。何せ、マイクル・コーニイである。しかも本邦初訳である。本邦初訳の長篇が出るのは、実に三十二年ぶりなのである。

 マイクル・コーニイ(1932〜2005)はカナダのSF作家。かつてはサンリオSF文庫から四長篇が邦訳刊行されたが(その際は「コニイ」表記)、サンリオのSF出版からの撤退により文庫全体が絶版になったことは有名すぎるだろう。コーニイは日本のSFファンに人気が高く、サンリオSF文庫の中でも高い古書価が付いていた。更にその中でも一番人気だったのが『ハローサマー、グッドバイ』だった。甘甘の恋愛ものでありながら、SFとしても大傑作だったのである。

 この『ハローサマー、グッドバイ』は、2008年に河出文庫から山岸真による新訳で再刊された。その刊行後間もなく、同作の続篇である『パラークシの記憶』が同じ河出文庫から刊行されることが予告され、ファンを狂喜乱舞させたのである。

 そしてそれから五年。ようやく『パラークシの記憶』がお目見えした訳なのである。

 人気が高い作家とはいえ、SFである『パラークシの記憶』をここで紹介するには訳がある。前作『ハローサマー、グッドバイ』同様に恋愛の要素が色濃いのだが、それと同時に今回はなんとSFミステリでもあったのだ。——しかも、非常によく出来た。それゆえ、是非ともミステリ読者にもオススメしたいのである。

 まずお断りしておきたいのは、当然ながらミステリとしてのメインのネタを明かすことは避けるけれども、完全にまっさらな状態で本作を読みたい、という方は、この文章よりも先に読了頂きたい。「どこがミステリか」を説明する都合上、作中で発生する出来事をある程度説明する必要があるからだ。

 わたしは書評の際にどこまでストーリーを明かすかについては、本のカバーや折り返しなどに記されているあらすじ、及び巻末の解説(訳者あとがき)を基準にすることにしている。もちろん、「この解説は明らかにネタバレだよ!」というパターンもあるので、その場合は解説よりももっと手前にラインを引くけれども。

 ……では、よろしいでしょうか。

 本作『パラークシの記憶』は、『ハローサマー、グッドバイ』の数百〜千年後を舞台としている(らしい)。そのため、前作のキャラクターは(直接には)登場しない。また、重要な事項は作中で説明されるので、『ハローサマー、グッドバイ』を読んだのは何年も前だから記憶があやふや、という方(かくいう自分もそのひとり)でも大丈夫。

 とはいえ、ストーリーが独立しているとはいえ、『ハローサマー、グッドバイ』を読まずにいきなり『パラークシの記憶』を読むのは、できれば避けて欲しい。それはあまりにももったいない。順番に読めば本来味わえるはずの楽しみを、幾つも放棄してしまうことになるからだ。

 舞台となるのは、とある惑星。ここには、地球人そっくりのヒューマノイド型の知的生命体が住んでおり、地球人ほどではないが文化的な生活を送っていた。

 内陸部に住む一族の若者である主人公ハーディは、乗っていたボートの事故により、水中に落ちる。そこを助けてくれたのが、海辺に住む一族の少女チャームだった。ふたりは惹かれあい、そして恋に落ちる。……とまあ、この辺りは前作同様の恋愛+SFの展開。しかし本作は、それ以上だった。

 ボートが沈没したのには、理由があった。何者かが意図的に傷つけて穴を開け、沈没するようにしてあったのだ。つまり、ハーディは命を狙われているのである。

 訳者あとがきを読まず、事前情報なしで読み始めた読者(これまた自分もそのひとり)は、この時点で「おお、これはSFミステリではないか!」……と、気付くのである。

 しかも、しかもである。更に読み進むと、キャラクターのひとりが死亡するのだが、これが殺人事件らしいと判明。そこでハーディは「誰がやったのか」を調べ始める。つまりメインの謎は「フーダニット」なのである。そして同時に、犯人の動機が不明なため、「ホワイダニット」でもあるのだ。(本来、この星の知的生命体の間で重大犯罪は滅多なことでは起きないため「それなのになぜ罪を犯したか」も重要な要素となるのである。)

 その後も、ハーディは命を狙われる。この星に固有の生物を「凶器」に使った、意外な方法で。これも一見は事故のように見えるが、検証すると偶然のできごとではなかったのだ。

 彼らの種族は、先祖代々の記憶を保持しているのだが、これも物語において重要な役割を果す。SFとミステリとが密接に絡み合って、読者を魅了してくれるのだ。

 内陸部の一族と海辺の一族は、敵対とまではいかないがお互いに相手を見下している。そのためハーディとチャームとの愛情は、さながら『ロミオとジュリエット』的な様相を呈する。それでいてミステリでSFなのだから、よくまあこれだけうまく各要素のバランスを取ったものだ。コーニイほどの手慣れの書き手だからこそ、絶妙なバランスで傑作に仕上げることができたのだ。

 そうそう、活劇の要素もあるので、冒険小説好きにも楽しめるはずだ。

 完全なネタバレはできないので説明に隔靴掻痒の感があるかもしれない(と訳者解説で山岸真氏も書いておられる)が、とにかくオススメである。

 マイクル・コーニイは、かつてサンリオSF文庫から刊行されてやはり人気を博した『ブロントメク!』が、同じく河出文庫から新たに刊行される予定だという。これもまた、実に楽しみである。

北原 尚彦(きたはら なおひこ)

東京生まれ、東京在住。青山学院大学卒。主な訳書は『ドイル傑作集全5巻』(共編訳)『シャーロック・ホームズの栄冠』他。主な小説は『首吊少女亭』『死美人辻馬車』他。主な古書エッセイは『古本買いまくり漫遊記』『SF奇書天外』他。主な編書は『怪盗対名探偵 初期翻案集』他。最近はアメコミ『ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvs.ゾンビ』(小学館集英社プロダクション)も翻訳。

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