あ・つ・い! 日本列島、隅から隅までとにかく暑い。熱波の夏がやってまいりました。こんな日には冷えたビールが一番……そしてビールのお供には、枝豆と冷ややっこ、そして暑さと時間を忘れる面白本を一冊、といきたいものではありませんか。

さあ、皆さまお待たせいたしました。世の冒険小説ファンよ泣いて喜ぶべし! 大漁の旗を打ち振り、稀代の冒険小説家の誕生を寿ぎましょう。

その名も、マーク・グリーニー!

本日ご紹介するのは、マーク・グリーニー『暗殺者グレイマン』『暗殺者の正義』の二冊です。ことに『暗殺者の正義』は各誌の書評で絶賛されているため、既にお読みになった方も、タイトルをお聞きおよびの方も多いと思います。この上わたくしごときが何を付け加えようというのかと若干ためらいを覚えますが、蛮勇をふるって書くことにしましたよ。

さて、2012年に『暗殺者グレイマン』で本邦初登場となったマーク・グリーニーですが、プロフィールがなかなかユニークです。

(前略)デビュー作である本書執筆のための取材で、数多くの国々を旅し、軍人や法執行機関関係者とともに銃火器使用・戦場医療・近接戦闘術の高度な訓練を受けた。(後略)

小説を書くために、プロに交じって戦闘訓練を受けちゃったそうです。その甲斐あって、アクションシーンがとてつもない出来栄えになっております。私見ですが、おそらくマーク・グリーニー氏は、いわゆるミリタリーおたく、兵器や銃火器が大好きな作家さんなのでしょう。知識量も半端ではないのですが、一読しただけで「この人、ほんまにアクションが好きでたまらんのやな」と感じてしまうくらい情熱を注いで書いておられます。それがまず、この手の冒険小説、アクション小説の中でも類を見ないリアリティと、熱っぽい魅力につながっているんですね。

主人公グレイマンこと、コートランド・ジェントリーは、以前CIAの特務愚連隊に属していた元特殊工作要員ですが、本人にも理由不明のまま解雇通知が通達され、”目撃しだい射殺”(シュート・オン・サイト)指令が出ているという、CIAきってのお尋ね者です。現在はフリーランスの暗殺者として活躍していますが、周囲の環境に自分を溶け込ませるのがうまく、「目立たない男(グレイマン)」と呼ばれているのです。

実は彼、ただの暗殺者ではありません。

“たしかにもう金は必要ないし、死の願望があるわけでもない。コート・ジェントリーがグレイマンであるのは、この世には悪党が存在していて、ほんとうに死んでもらう必要があると信じているからだった。”

そう、グレイマンはCIA時代からずっと「正義の暗殺者」なのです。

一作目の『暗殺者グレイマン』では、CIAに解雇された後、自分を拾ってくれたイギリス人の警備会社社長、サー・ドナルド・フィッツロイの仕事を請け負い、ナイジェリア大統領の弟を暗殺したところ、もうじき退任予定の大統領は弟を殺された恨みに燃えて、多国籍企業ローラングループに対し契約を餌にグレイマンの首を要求します(本当に、首を提げて持ってこいと!)。やがて彼は世界12か国の諜報機関から放たれたプロの暗殺チームに、命を狙われることに——。

どうです、面白そうでしょう。ヨーロッパ中を移動し続けながら、たったひとりで暗殺チームと熾烈な戦闘を繰り広げるグレイマンが、傷つきながらも逃げずに闘い続ける理由はただひとつ。人質にとられたフィッツロイの八歳になる双子の孫娘、クレアとケイトを救出するためなんです。泣かせるではありませんか。このおませで勇敢な双子の片割れクレアが、随所で名シーンを見せてくれます。

第一作目の『暗殺者グレイマン』が翻訳された時、私は「これは面白い、だけど読み手を選びそうだから、続編は翻訳されるかしらん」とひそかに心配していたのですが、杞憂だったようで、このたび続編の『暗殺者の正義』が無事に刊行されました!

この二作目がですね、実は一作目をはるかにしのぐ面白さだったんですね。

第二作目では、グレイマンの古巣——CIAの特務愚連隊から、なんとリクルートされちゃうのです。「目撃しだい射殺」命令を取り下げる代わりに、CIAのために働けというわけです。元上司で、特務愚連隊のリーダー、ザック・ハイタワーとグレイマンの間にある、プロフェッショナル同士の強烈な愛憎が本作の読みどころのひとつです。

「(前略)グレイマンを使っていることを、CIAは認めない。だが、”シエラ・シックスの野郎が、どこかのちっぽけな街でヒモや麻薬密売業者のための殺しなんかやっていないで、いまここにいてくれたら”と、誰もがいうような状況に出くわすことがある。ほんとうに、おまえがいなくて淋しいと思うことがあるのさ」

新たなターゲットは、ダルフールの虐殺に関与したとされるスーダン大統領です。ロシア・マフィアからは大統領暗殺を依頼され、その計画を察知したCIAからは、大統領の拉致を命じられ——ただでさえ複雑なミッションですが、それをさらに困難にする突発的な事態が次々に発生します。『暗殺者グレイマン』では、12か国の暗殺チームを相手にひとり闘いを挑んだグレイマンでしたが、二作目ではザック率いる特務愚連隊が支援につきます。映像的なアクションの連続にひたすら固唾をのみ、拳を握りしめ、予想外の展開にわくわくしながらアフリカの大地をグレイマンと共に疾走する、この快感!

忘れてはいけないポイントがもうひとつ。

それは、グレイマンという男、ありえないくらい「いい人」だということなんですね。なにしろ第一作目の冒頭から、自分のミッションにまったく無関係な米軍ヘリが撃ち落とされるのをたまたま目撃すると、生存者を救出するため自身の脱出手段を犠牲にするような男です。第二作目では、スーダン潜入の折に無関係なカナダ人女性が窮地に陥るのを見て黙っていられず、ミッションを危険に晒しても救出に向かってしまうのです。よくまあ、天下のCIAに命を狙われながら何年も生き伸びてこれたもんです。

その彼が、どんなに自ら窮地に飛び込んで行こうとも、たったひとりで12か国の暗殺チームを敵に回そうとも、普通ならそこで読者が「ありえない! 嘘でしょ!」と叫ぶところですが、「これならいける、これなら確かに勝てるかも」というリアリティを感じさせてしまうもの、それがグレイマンの高い戦闘能力に他なりません。つまり、本作におけるアクションは決して物語を華やかに彩るアクセサリーではなく、物語の構造を支える柱になっているわけです。しかも、余人の追随を許さぬ戦闘能力を誇るとはいえ、グレイマンの能力自体が決して人間離れしているわけではないところがミソなんですね。

さてしかし、ひとつだけ問題があります。それは、第二作目を読み終えても、CIAが昔グレイマンを突然解雇した理由が、いまだに謎のままだということなんです! 早川書房さん、早く、早く続刊を!

さあ、あとはぜひ、ご自身の目でコート・ジェントリー=グレイマンの活躍をご確認ください。

1980年代、いわゆる冒険小説やスパイ小説が隆盛を誇ったのは、米ソ冷戦という時代背景のせいもあったでしょう。1991年にソ連が崩壊し、冷戦構造が終焉すると同時期に、冒険小説というジャンルも、少しずつ往年の活気を失っていきました。

ところが今、マーク・グリーニーを最右翼として、冒険小説というジャンルの新たな書き手が台頭しつつあるように感じています。それが、現実の世界の不和を下敷きにしているならば、世界にとっては実は不幸なことなのかもしれません。しかし、いち冒険小説ファンとしては——この状況を喜ばずにはいられないのです。

冒険小説よ、永遠なれ!

福田 和代(ふくだ かずよ)

1967年神戸市生まれ。神戸大学工学部卒。2007年、陸の孤島と化した関西国際空港を舞台にハイジャック犯と警察との攻防を描いた『ヴィズ・ゼロ』 (青心社刊)で力強いデビューを飾る。専門知識を活かした取材力と高いリーダビリティが話題となった。また2008年に上梓した長篇第2作、テロリストが起こす未曽有の東京大停電とそれに立ち向かう人々を描いた『TOKYO BLACKOUT』(東京創元社刊)も大好評を博した。最新作は、航空自衛隊航空中央音楽隊を舞台にした吹奏楽ミステリ『碧空のカノン』(光文社刊)、地下鉄保線作業員を主人公にした『東京ダンジョン』(PHP研究所)。なお、2013年6月には『怪物』(集英社刊)が読売テレビ開局五十五年記念ドラマとなった。

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