ミステリ界隈でスティーヴン・キングの傑作『11/22/63』に登場するアメリカンな飲み物ルートビアが超美味そうな描写なんだが実は、と話題になり始めた頃(クレイグ・ライス『スイート・ホーム殺人事件』とかにも出てきますね)、ヘンテコな飲み物ならハーラン・コーベンのシリーズの主人公マイロン・ボライターも謎のチョコレート・ドリンク「ユーフー」を愛飲していたなあ、こちらは音沙汰がないのが寂しいなあと遠い目になっていたら、びっくりですよ。

 出た!

 7年ぶり!!

 表紙に片仮名でハーラン・コーベンと書いてある新刊!!!

 2000年代はじめ、シリーズがいったん休止になってから、日本では単発作品が飛び飛びに紹介されていたのですが、いつしかそれもなくなっていた作家です。アメリカ本国でシリーズが再開されても、最新作まで6作連続のニューヨーク・タイムズ紙ベストセラー・リスト初登場1位を果たしても、日本語では読めなかったのですが、ついにこの9月、ひさしぶりに単発の邦訳が刊行に。これは夢?

 おもな語り手は3人。腕はよさそうなのに、いわばパパラッチ「ごっこ」が仕事のトホホなやさぐれカメラマン。ピカピカの一軒家に愛する夫と子供ふたり、しあわせを絵に描いたような暮らしを送る主婦は元ストリッパー、むかしの刺激ある生活を懐かしんでいる。そして、17年前のよき夫よき父の失踪事件が解決できず引きずり続ける刑事。カメラマンが突然何者かに襲われ、主婦は過去を強く意識せざるを得ない情報を聞きつけ、刑事が17年前の事件との関連が疑われる新事件の捜査を始め、しだいに3人のつながりが見えてきます。

 この本を抱きしめてスキップしたい。プロットの部分でいつものノン・シリーズから進化した作品だと思うので、特にお薦め、本書が初コーベンも全然OK。『唇を閉ざせ』が好きだった人いますか? ある人物が一瞬だけカメオ出演しているので、既読の方々はどこにいるか探してみるのも楽しいかも。著者はインタビューで、自分は失踪を描くことが多いが、それは人が消えて最終的に戻ってくる場所はホームだからであり、自分はホームを描きたいのだと語っています(もちろん、ホームの形はひとそれぞれ)。この作品ではそこから一歩踏みこんだ捻りがくわわっているんです。

 プロットの冴えを支えるのは、相変わらず、ふつうの人々の迷いや矛盾やささやかな喜びを描くのがうまいキャラ設定の力でしょう。ふつうじゃない殺し屋カップルも最強だけど。作りこみに、ちゃんと周囲と関わって生活している人の観察眼がある。だから、他人にはクズにしか思えない我が子に愛情を注ぐ父親が描かれても、ふしぎとクズ男が可愛く見えてくる。主婦とお義母さんのエピソードとか落涙ものよ。たくさんの嘘が塗りこめられた作品ですが、登場人物が気休めを言わないの。そこも好き。コーベンのお気に入りの言い回し、「人はみな永遠の十七歳で、人生が始まるのを待ちわびている」(p.265)も、ぐっとこない中高年がおりましょうか。そして、ステイ・クロース、そばにいて——ある人物がその言葉を振り絞るに至るまでの道のりに思いを馳せると、そっと空を見あげたくなるのです。

 うん、これは映画にするととてもいいかもしれない。ローレンス・カスダン監督で映画化の話があり、コーベンが共同で脚本を担当とのこと。

 期待を込めて、現時点でのコーベンの未訳をあげておきますね。

題名 発表年 備考 キンドル
(AmazonJP)
Play Dead 1990 *デビュー作
Miracle Cure 1991  
Gone For Good 2002  
Just One Look 2004  
Promise Me 2006 マイロン・ボライター・シリーズ
The Woods 2007  
Hold Tight 2008  
Long Lost 2009 マイロン・ボライター・シリーズ
Caught 2010  
Live Wire 2011 マイロン・ボライター・シリーズ
Shelter 2011 マイロン・ボライター・シリーズのスピンオフYA
Seconds Away 2012 マイロン・ボライター・シリーズのスピンオフYA
Six Years 2013  

 まだこんなに残っているのです。Gone For Good なんて飛行機のなかでボロボロ泣いた記憶があるいい作品ですよ。そして単発が出たら、シリーズの続きも日本語で読みたいと思うのが人情。スピンオフのほうでも可!

三角 和代(みすみ かずよ)

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 ミステリと音楽を中心に手がける翻訳者。10時と3時のおやつを中心に生きている。訳書にカーリイ『イン・ザ・ブラッド』、サントーラ『フィフティーン・ディジッツ』、テオリン『赤く微笑む春』、カー『曲がった蝶番』、他。

 ツイッターアカウント @kzyfizzy

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