■プロフェッショナルの連帯を描く醍醐味(若林 踏)■

 突然ですが「CSI」「NCIS」はお好きですか? あるいは「24」「プリズンブレイク」は? はいと答えた人、今すぐにデイナ・ヘインズ『クラッシャーズ 墜落事故調査班』を購入するべし。何せ本書はあらゆる海外エンターテイメントドラマの美味しい部分だけを結集させたような、第一級の娯楽小説なのだから。

 ポートランド国際航空から一機のジャンボジェットが飛び立つところから物語は始まる。ロサンジェルスへと向かうカスケード航空八一八便の機種はフェルメール一一一型機、新型の飛行データ記録装置を備えた最新鋭の機体であり、快適な空の旅となるはずだった。ところが離陸後まもなく謎の不具合が発生し、制御不能のまま八一八便は墜落してしまう。国家運輸安全委員会(=NTSB)は事故調査のための現場派遣チームを結成、病理学者のトミー・トムザックを始めあらゆる分野のエキスパートが各地より集結する。地獄絵図と化した現場の保全と人命救助は、主幹調査官となったトミーの見事な采配により迅速に行われた。だが肝心の事故原因の特定は難航し、パイロットの操縦ミスなのか、人為的に仕掛けられた不具合なのか、調査班の中で意見が対立してしまう。

 NTSBは米国における航空機事故その他の運輸関連の事故を調査する、実際の機関である。だが本書に登場する墜落事故調査=〈クラッシャーズ〉の面々を見ると、元原子力潜水艦のソナー担当であらゆる微細な音を聞き分けることができるキキ(二つ名は“水側の魔女”!)、現場の匂いをかぎ取ることで爆薬が仕掛けられたか否かを見破る元ロンドン警視庁警部のジョンなど、専門知識の量どころか身体的にも常人離れした一癖も二癖もあるキャラクターばかり。彼らが突出しすぎた個性、そしてプロの矜持ゆえ互いに衝突しながら一丸となっていく様は数多の集団捜査小説/ドラマの傑作、あるいは「アベンジャーズ」といったオールスター勢揃いのアメコミにも通ずる、プロフェッショナルの連帯を描く醍醐味といったところか。

 では本作はキャラクター頼みの小説かと思えば、さにあらず。〈クラッシャーズ〉の調査の他に、怪しい男に銃を売る中東系美女ダリアの話、そして冒頭より大胆にも登場する墜落事故の元凶といえる“男”の話、この二つのエピソードがハリウッド顔負けの銃弾と火薬の嵐、ジェフリー・ディーヴァーばりのツイストを携えて絡むことで、物語は後半から怒涛の展開に突入。今まで地道な科学的捜査を行っていた〈クラッシャーズ〉さえも、ある危機を打開するためにとんでもない荒技を披露するのだ。お前ら、本当に無茶しやがって!

 元より別名義でミステリを書いていた作者が本作の執筆を始めたのは、一九九九年とのこと。しかし、本書にあるのはゼロ年代の海外テレビドラマのヒット作の手法——ハイテク捜査のリアルで最先端の知識により視聴者の知的好奇心を満たしつつ、派手なアクションとどんでん返しを挿入し1シーズン24話を一気に見せる演出そのものだろう。従来の翻訳ミステリ読者はもちろんのこと、今まで海外エンタメはドラマばかりで活字はこれから、という方への入門書としても十二分にお薦めできる良作だ。

若林 踏(わかばやし ふみ)

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 ライター。挟名紅治の生まれ変わり。『ミステリマガジン』や書評サイト『bookjapan』等で主にミステリ小説の書評を中心に書いています。本読み以外の趣味は刑事ドラマ鑑賞。好きな刑事は「大都会PartII」の徳吉刑事。

 ツイッターアカウントは @sanaguti

■楽しい楽しいハリウッド映画の興奮(大谷 耀)■

 航空機パニックものは歴史が長い。映画は『大空港』『エアポート’75』という古典から、アクションに振り切った佳作『パッセンジャー57』や人気作『ダイ・ハード2』などがあるし、翻訳小説なら原作者アーサー・ヘイリーとジョン・キャッスルの共著でコンパクトにジャンルの基本が詰まった『0-8滑走路』やトマス・ブロックとネルソン・デミルの名作『超音速漂流』などがある。

 だ、け、ど、これらの作品のことなんてぜーんぶ知らなくていいんです(とはいえ本稿に際し、読み返し/見返してやっぱり面白かったのでお暇なときにでも)。なぜなら航空機パニックものの肝は「墜落するかしないか。無事着陸できるかどうか」であるのに対し、本書はすでに墜落した状態から始まるからだ。

 女性機長の操縦する旅客機がポートランド近郊で墜落する。現場に向かったのは、NTSB(国家安全運輸委員会。最近ではアシアナ航空の事故で有名に)の航空事故調査チーム、通称クラッシャーズ。さながら地獄絵図の現場の保全と生存者の救出を指揮した病理医で検視担当のトミーを筆頭に、元スコットランドヤードの爆弾の専門家ジョン、元原潜のソナー員の音声解析担キキ、元空軍のパイロットのアイザイア、元空軍エンジニアでエンジン担当のピーター、元ボーイング社のエンジニアで機体構造担当のウォルター、そして彼らを束ねるのは抜群のタフネゴシエーターでマスコミも上司も手玉に取るスーザン。このクラッシャーズが不可解な墜落事故の謎に挑む。

 一方、ハンドラーであるFBI捜査官レイのため、アドレナリン中毒で美貌の元イスラエル潜入捜査官ダリアはロスに潜伏しているIRAテロリストに接触する。武器商人の仮面をかぶり彼女が近づいた先に待ち受けるテロ計画とは。

 調査官のチームということで、CSIやクリミナル・マインドを思い出す方もいるかもしれないが、全く別個の代替の利かない知識や技能を持つスペシャリスト達がチームを組んで目的を達成するという構造だけなら特攻野郎Aチームに近い。持てる能力を存分に奮うプロが好きって人に本書はオススメだ。特にキキがフライトレコーダーに残された「ある音」を探るシーンは本書の白眉といえる。

 だが、上巻の展開は地味である。読者はすでに冒頭で墜落が人為的に引き起こされたことを知っているのだが、クラッシャーズはただの墜落事故である可能性から潰していく。しかし、地味ではあるが退屈ではない。ピーターがエンジンの部品を全て回収しようとしたり、トミーが遺体に残された部品を検視中に発見したり、スーザンのマスコミとの駆け引きがあったりと、各人にプロならではの見せ場がある。その地味な調査シーン(とはいえ、ここまでやるか!さすがアメリカ!という調査方法も)が逆説的にメンバーの凄みを浮き上がらせるのだ。彼ら以外にも、あるゴス少女の活躍も華を添えている。

 物語上の動きのなさをカバーするのはダリアの潜入活動だ。とにかくこの女は美人だけど、めちゃくちゃ強いし頭も切れる。そんな彼女とIRAの接触から始まる「バレる/バレない」の駆け引きは物語を盛り上げる。

 そして、下巻に来たらもう後は一気に全ての要素が解きほぐされて真相が明らかになる。特にP.283でトミーが決断したある「愚行」には「バカじゃねえの!」と読書中に声に出して快哉を叫んだ。この「愚行」の前後から、ジェリー・ブラッカイマー製作でマイケル・ベイかサイモン・ウェスト監督の映画で味わえそうな、正しくハリウッドアクション映画的な興奮の釣瓶撃ちとなる。

 過去のあれやこれやの知識なんて全く要らない、「なんか面白いもん読みたいなー」ってときに気軽に手に取って一晩で読むのに本書はうってつけだ。考えさせられるテーマもなければ重い読後感もない。だけど、読んでいる間は楽しくて楽しくて、読み終われば「あー面白かった!」と本を閉じる。そういう娯楽に徹した作品の王道を往く作品なのだ。続編の刊行を今から待ち侘びている。

 実は一作だけ出来れば読む前に見て欲しいと思う映画がある。911のテロで1機だけ目標への突入を免れたものの墜落した航空機を中心に、航空管制官も軍関係者もテロ当日の混乱に直面した本職を多数使った、ノンフィクション映画の『ユナイテッド93』だ。

 本書では墜落後の地獄が描かれた機内だが、その墜落までに乗客たちがどのような恐慌状態に晒されたのかをこの映画は克明に描いている。テロリストによるハイジャックである以上FBIの担当であり本書と全く異るものだが、旅行や仕事で搭乗した無辜の人々の日常(無名の俳優が演じることでそれを強調している)が一気に破滅に向かう凄惨は通ずるものがあるはずだ。特にハイジャックに抵抗する乗客の陰でささやかに描かれる、恐怖に怯え生を諦めた人々の姿は。

 クラッシャーズの面々が、時に反目しながらも手を取り合って立ち向かうのは、墜落事故の調査だけでなく調査レポートの発表により事故を減らすためだ 。そしてそれは、墜落の恐怖に苛まれる人々を減らすことにつながっている(特にある人物の想いには胸を打たれる)。彼らが防ごうとしているものの一端を垣間見ることが出来る点だけでなく、娯楽色の強い航空機パニックものでは描かれない現実を知らせている点で、この映画を予習に使ってから本書に臨むことを、素晴らしいオーディオコメンタリーと共にこっそりとオススメしたい。

大谷 耀(おおたに かい)

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駆け出しレビュアー。ボンクラな小説・映画・漫画が日々の糧なエルロイ信者。よろず仕事募集中。奇特な方はtwitterにてご連絡を。

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