書評七福神とは!?

うっとうしい梅雨の日々が続きます。みなさん、お体を壊されていないでしょうか。外出もままならないときは、翻訳ミステリ読書で楽しみましょう。さて、七福神今月お薦めの一冊は……?

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『ハンターズ・ラン』ジョージ・R・R・マーティン/ガードナー・ドゾワ/ダニエル・エイブラハム/酒井昭伸訳

ハヤカワ文庫SF

「辺境の植民星。異星人の猟犬がわりにされ、人狩りにかりだされた探鉱師ラモンを描く冒険SF」という帯の惹句通りの話だが、よくある話だなと思っているとぶっ飛ぶ。色彩感豊かな物語で、読み始めるとやめられなくなる。予測のつかない展開の連続にぞくぞくするのだ。世界観もアクションもすべてが素晴らしい。本年度ベスト1の冒険小説だ。

千街晶之

『英雄たちの朝 ファージングI』ジョー・ウォルトン/茂木健訳

創元推理文庫

 ナチスと講和を結んだパラレルワールドの英国で、貴族の館を舞台に繰り広げられる殺人と謀略。古典的本格ミステリの体裁を借りて、階級社会の暗部とファシズムの蔓延のプロセスを丁寧に描いた異色の力作。もし三部作すべてがこの一作目の水準をキープしているのなら、今年の海外ミステリのベストワンになる可能性があるかも。

川出正樹

『英雄たちの朝 ファージングI』ジョー・ウォルトン/茂木健訳

創元推理文庫

 ヨーロッパ大陸での紛争からさっさと手を引きナチス・ドイツと講和条約を結んだイギリス。この突飛な設定が、読み進めていくうちに実に説得力を持って迫ってくる。カントリー・ハウスでの下院議員の死という”いかにも”な物語が、中盤過ぎから急速に変容していく異様な迫力に満ちた〈奇想の系譜〉に連なる傑作。第二部、第三部での展開が気になって仕方がない。

吉野仁

『ノンストップ!』サイモン・カーニック/佐藤耕士訳

文春文庫

 巻頭から結末まで、宙ぶらりんの恐怖のなかで逃走と追跡が休むことなく続く巻き込まれ型ジェットコースター・サスペンス。ひねりや驚き、緩急の付け方もお見事。今月一番というより、この半年でこれだけストレートに興奮させられた海外物が他にあるだろうか!

霜月蒼

『英雄たちの朝 ファージングI』ジョー・ウォルトン/茂木健訳

創元推理文庫

 英国風味の「なんちゃって謎解き」小説じゃないから気をつけろ。これは快作。ナチと英国が講和した異世界のディテールのスリルと、やがてうっそり鎌首をもたげる大いなるものの恐怖。超粗暴ダーティ・ノワール『血のケープタウン』(ハヤカワ文庫HM)のロジャー・スミス兄貴にも今のうちに唾をつけとくといいことあるぜ。

村上貴史

『修道女フィデルマの洞察』ピーター・トレメイン/甲斐萬里江訳

創元推理文庫

 今回も著者の仕掛けを満喫した。特に、第四話で示された死体のうなじ付近に残された圧迫痕の真相にはとことん驚かされた。このフィデルマ・シリーズ、第一短篇集も本書同様に謎解き主眼の短篇ミステリとして高水準だし、既刊の三長篇は、その妙味に法廷ミステリや冒険活劇小説の愉しみも加味された上質の読み物だ。この若き美貌の修道女の活躍に、より多くの注目が集まることを期待したい。

杉江松恋

『機械探偵クリク・ロボット』カミ/高野優訳

ハヤカワ・ミステリ

 フランスの喜劇作家カミによる素晴らしいユーモア・ミステリ。あのアルキメデスの直系の子孫(!)が発明したロボット探偵が、警察もお手上げな謎を解くという物語の枠組みからして良いのだが、六十年前に書かれたとは思えないほどクリク・ロボットの設定が素晴らしく、そして愛らしい。翻訳者の奮闘ぶりも賞賛されるべきで、フランス語の謎解きの雰囲気を日本語で伝えるために、高野氏はなんと謎の一部を一から作り直しているのだ。素晴らしきカミ訳者!

 今月はジョー・ウォルトン『英雄たちの朝? ファージング』の圧勝でした(個人的には『ハンターズ・ラン』も気になる)。三部作の残る二作の出来栄えも楽しみです。さて、来月はどんな作品が上がってきますことか。(杉)