今回はヴィクトリア朝ロンドンを舞台に素人女性探偵二人組が活躍するシリーズをご紹介する。

 経済が発展し、さまざまな文化の黄金期を迎えたヴィクトリア朝。華やかな時代の片ロンドンで、富める者も貧しい者もそれぞれの暮らしと向きあっている。

 ある日、タイピストのキャサリンは父親宛ての風変わりな封書を受け取る。差出人はどうやら父の本の読者らしい。

 彼女の父は旅に出ては見聞きしたことなどについて本を書いていた。いま、父はいない。3年前に家族に何も言わずに家を出たきり音沙汰がないのだ。みな父は旅先で死んだのだろうとと思っていた。

 その手紙には謎めいた頼みごとが書かれていた。黒いチューリップについて助言を求める個人広告を新聞に出してほしい、と。しかも、書いてあることが真実であれば、差出人は以前にも父に同様の頼みをしたことがあるらしく、この黒いチューリップ問題は差出人にとって極めて重要な問題であると伝えていた。

 一方、社交界デビューを控えたコニーは、姉たちのようにいいお相手を見つけて結婚するよう、母親から毎日プレッシャーをかけられていた。身につけるドレスもいちいちチェックされ、鬱陶しいことこのうえない。上流階級など何者ぞ。いいお相手がなんだというのか。ああ、こんな窮屈な思いをするくらいなら、どこか遠くに行ってしまいたい。姉たちのように社交界のしきたりを当然と受け止められないコニーにとっては、辛い毎日だった。

 キャサリンは職場の昼休みに大急ぎで外出し、手紙で指定されていたタイムズ紙と広告を出すための切手を購入した。おかげで短い昼休みは終わってしまいランチを食べ損ねた。おまけにオフィスに少し遅れて戻ったため上司のミス・チャールズに咎められる。だが、致し方ない。自分は不在の父の代わりだという責任感と、何よりも奇妙な手紙への好奇心が勝った。

 キャサリンが帰宅すると、同居しているおばのアリスにあなたにお客がお待ちかねだと告げられる。高価そうな美しいドレスに身を包んだコニーだった。彼女はキャサリンが落とした広告文のメモを偶然拾い、ロンドンの反対側にある住所まで届けてくれたのだ。

コニーはキャサリンの広告文に大いに興味を持った。ぜひ自分にも手伝わせてほしいと自らキャサリンに申し出る。二人で力を合わせたら、きっと何かわかるわ、と。こうして仕事の合間に謎の手紙のために奔走するキャサリンと、家族の監視の目をかいくぐってキャサリンの謎解きに力を貸すコニーという身分違いの探偵コンビが誕生した。

 ほどなくしてキャサリンの家に見知らぬ女性が尋ねてくる。チューリップに関心がある、とくに黒いチューリップは象徴的な花だと語るその女性はおもむろに持ってきた束を広げ、黒いチューリップを見せて帰って行った。キャサリンとコニーはタクシーで女性のあとを追う。

 足繁くキャサリンの家に通うコニーは帰宅が遅くなりがちだった。そのため、地位も名誉もある家柄の子女が夕食の時間になっても家に帰らないとは何ごとだと家族に咎められる日が続いた。その度に何かしらの言い訳を繰り出すのだが、だんだんと言い訳のネタも尽きてきた。

 しかし、コニーはキャサリンの父の過去を探り、黒いチューリップの手紙の謎を解くことから手を引くことはできなかった。何しろ調べても調べても、なぜ手紙が送られてきたのか、黒いチューリップが何を意味しているのか謎が深まるばかりなのだ。こんなわくわくする体験は社交界では味わえない。

 そしてキャサリンは日々の糧を得ながら謎解きをする難しさにぶつかっていた。生活と人助けと父が関わる謎。どれもどうにもならないことにもがいていた。そんなある日、キャサリンたちの目の前に新たな謎が示される。

 ひとことで言うと、ヴィクトリア朝を舞台にしたコージー・ミステリ。物語冒頭で謎めいた手紙が届き、素人探偵がその謎を解こうと走り回ると言うありがちな設定だ。
 だが、そう言いきるだけでは済まない何かを持った作品とも言える。それはこの作品を魅力的にしている素人探偵のふたりだろう。かたや父親が失踪し、生活のためにタイピストとして日々懸命に働く、現代風に言うと庶民代表のOL。かたや上流階級に生まれ、恵まれた生活を送りながらも、生まれつき与えられた生物学上の性によって人生が決められている良家の子女。後者はよりよい人生を送るには美しく優美な外面を保ち、「良いお相手」を見つけることだと社会的慣習によって決められている。自らの人生を自ら選択できないというわけだ。

 そんなふたりが偶然出会い、ひとつの目標に向かって協力しあう。キャサリンにとっては自分には絶対に手の届かない世界からこちらの世界におりてきたコニーであり、コニーにとっては自分には手に入らない自由な社会に生きるキャサリン。もしかしたら両者は互いに自分にないものを求めあい、出会ったのは必然だったのかもしれない。手紙の謎を追いながら社会の問題とも向きあうふたりの姿は、ヴィクトリア朝の終焉から100年以上過ぎて生きる現代の人々とも重なるだろう。

 本作はシリーズ第1巻で、それぞれ単著も何冊も出しているポーラ・ハーモンとリズ・ヘッジコックの共著である。本国では The Case of the Runaway ClientThe Case of the Deceased ClerkThe Case of the Masquerade MobThe Case of the Fateful LegacyThe Case of the Fateful LegacyThe Case of the Crystal Kisses と合計6作品が刊行されている。身分違いの二人組の物語をぜひ日本の読者にも読んでもらいたいところだ。

片山奈緒美(かたやま なおみ)

翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリーはリンダ・ジョフィ・ハル著『クーポンマダムの事件メモ』、リンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズを翻訳。ときどき短編翻訳やレビュー執筆なども。365日朝夕の愛犬(甲斐犬)の散歩をこなし、カリスマ・ドッグトレーナーによる『あなたの犬は幸せですか』、介助犬を描いた『エンダル』、ペットロスを扱った『スプライト』など犬関係の本も翻訳。最新訳書はリア・ワイス著『スタンフォードが教える本当の「働き方改革」』。大学で非常勤講師をしながら、大学院で日本語教育学/多文化共生の研究中。

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