今回は、ある過去を持つマーク・デインが活躍するジェイムズ・スワロウのExile(Zaffre/2017年)を取り上げます。


 
 IAEA(国際原子力機関)の核安全・セキュリティ局に所属するマーク・デインは、クロアチアで密輸と資金洗浄を生業とするクージャク兄弟――核爆弾の破壊力を飛躍的に向上させるという促進剤をでっち上げ、テロリスト組織に売りつけて荒稼ぎした兄のボヘンと弟のネヴェン――を追いかけていた。
 地元の警察官であるルカ・パヴィクから、クージャク兄弟が取引のために南部のスプリトに現れるとの情報を得たデインだが、その日の夜、ボヘンとネヴェンはロシア戦略ロケット軍の元将官であるオレグ・フェドーリンと会う。
 スキャンダルを暴露されて軍を追われたフェドーリンは、旧ソ連軍が開発したスーツケース型核爆弾〈エグザイル〉を持ち出し、2千万ドルで兄弟に売りつける。会合に使われたビルに忍び込んだデインとパヴィクは放射性物質の痕跡を発見するが、クージャク兄弟の手下に襲われ、辛うじて逃走する。
 デインは核物質がスプリトに持ち込まれたと上司に伝えるものの、独断で行動したことを咎められ、証拠を確保できなかったこともあってクージャク兄弟のいつもの手口だと見做されてしまう。
 その頃、カジノに身を潜めていた兄弟のもとに、ソマリアの犯罪組織を率いるアブー・ラマースが突然現れ、資金洗浄のために預けていた2千万ドルの返還を要求する。自分の金が〈エグザイル〉を手に入れるために使われたと知ったラマースはボヘンを射殺、そして現場に駆けつけたデインの目の前で、爆弾と共にその操作方法を知るネヴェンを連れ去る。
 そしてラマースはある計画を進めるため、〈パン職人〉と呼ばれる爆弾製造者の協力を求めて、部下をUAEに派遣する。
 再度の上司への直訴も空しく、度重なる越権行為を理由に解雇されてしまったデインは、一年前にある事件を通してその存在を知った特殊状況部局(SCD)――複合企業〈ルビコン〉の傘下にある民間軍事会社――に協力を求める。
 
 この作品はシリーズ2作目にあたり、第2章の冒頭、同僚との会話の中でデインが英国情報部に在籍していたと仄めかされるものの、筆者のようにたまたまこちらから読むと1作目の Nomad(2016年)で彼が何をしていたのか、どうしてIAEAに移ったのか、物語が進むにつれて徐々に知ることになる。
 デインは予想もしなかった事件に巻き込まれ、ほぼ孤立無援の状況で悪戦苦闘するしかない。
 その上、後手に回ってしまって状況を打開するにはあえて危ない橋を渡る、という過激な行動規範のおかげで読者は気の休まる暇がなく、舞台もスプリトからポーランド、UAE、そしてソマリアと目まぐるしく移る。
 そんな主人公の行く手に立ちはだかるのが、第1章から登場するソマリア人のラマースだ。
 偶然手に入った〈エグザイル〉を使い、己の野望を達成するために米・露・中の超大国を脅迫して翻弄する姿は敵役ながら実に読み応えがある。
 また〈ルビコン〉の総帥で、「利益よりも正義を追求する」SCDを創立したエッコ・ソロモンの存在も興味深い。
 ソロモンは「慈善事業と自警団的な行動の両方を個人の信条としている」とデインの目に映るものの、そのような思想が形成されるに至った過去は明らかにされておらず、今後の作品でどのように展開するのか、謎が残されている。
 
 デインは特殊な能力の持ち主などではなく、至って普通の人物として描かれている。しかし一旦こうと決めたら途中で投げ出すことはできず、どれほど危険を伴おうと最後まで突き進む性格のせいで常に命の危険にさらされる。
 超大国が絡んだ陰謀というお馴染みの設定ながら、主人公の性格やSCDという組織、そして斬新な脅迫の手口を盛り込むことで新鮮な魅力を放っている作品と言える。
 
◇作品リスト
 マーク・デインを主人公とするシリーズ:
  Nomad(2016年)
  Exile(2017年)本書
  Ghost(2018年)
  Shadow(2019年)
  Rough Air(2021年、短編)
  Rogue(2020年)
  Outlaw(2021年)

寳村信二(たからむら しんじ)

 庵野秀明監督の『シン』シリーズの中では『シン・仮面ライダー』が一番見応えがあった。

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