ある日突然、多額の遺産を相続することになったら? しかもそれが、親からでもなく身寄りのない親戚からでもなく、「それ誰?」って人からだったら? 警戒心がはたらいて不気味と思いつつも、心のどこかでは喜ぶかも?

 今回はそんな幸運(?)が舞い込んだ女性が登場するケイト・ホワイトの “Between Two Strangers”(2023) をご紹介します。


 ニューヨークに暮らすコラージュ・アーティストのスカイラー・ムーアのもとに、ある弁護士から電話がはいる。クリストファー・ウェイリーという男性が亡くなり、スカイラーを遺産の相続人に指定しているというのだ。スカイラーはその名前に心当たりがなく、人違いではないかと思ったが、話を聞きに弁護士の事務所を訪れる。
 クリストファーは自分が病気でもう長くないことを知り、弁護士に遺言の作成を依頼したとのことだった。彼には妻も子どももいたが、かなりの額の遺産をすべてスカイラーに譲るという。スカイラーは驚きを隠せなかったが弁護士の話を聞いているうちに、ある男性を思い出す。12年まえ、ボストン大学の学生だったとき、地元のホテルのバーで “C.W” と名乗る男性と知り合い、一夜をともにしたことがあった。しかし連絡先を交換することもなく、このときまで思い出すこともなかった。その男性がなぜ自分に? とスカイラーは戸惑うが、理由は弁護士も知らなかった。
 クリストファーの母親によると、妻が長年浮気をしていたことを知ったクリストファーが死をまえにして、スカイラーと過ごしたすばらしい一夜を思い出し、スカイラーに遺産を遺すことにしたのではないかとのことだった。妻に復讐するためなのかもしれないが、それでもスカイラーはなぜ自分が選ばれたのか、首を傾げるばかりだった。

 12年まえと言えば、スカイラーにはいまでも後悔の念にさいなまれる悲しい記憶があった。あるとき、大学の友人が開いたパーティに、妹のクロエを誘って参加した。場所は友人の両親が所有する豪邸で、大勢の若者が集まっていた。夜もふけ、スカイラーはそろそろ帰宅しようとクロエを探すが、彼女の姿はどこにもなかった。会場に居あわせた友人に訊くと、クロエはどこかのカップルの車に乗って帰ったとのことだった。クロエはもともと気ままな性格なので、スカイラーは単に先に帰ったのだろうと心配はしなかった。しかし家には戻ってこず、連絡もつかないまま数日がたった。だんだん心配になってきたスカイラーがパーティの参加者に訊きまわったところ、カップルの車に乗った女性はクロエではなかったとわかる。ということは、クロエは会場だった豪邸から出ていない可能性があるのではないか。そう考えたスカイラーは友人に頼み、豪邸内をくまなく調べるが不審な点はひとつもなかった。しかしそこで、クロエが裏口から外に出るのを見たという人が現われる。豪邸が建つ敷地は広大で、裏には森が広がっている。スカイラーたちが森を調べたところ、森の奥にある谷底に倒れているクロエを発見する。レイプされたうえ、突き落とされて殺害されたと思われた。

 物語は現在と12年まえを行き来しながら進みます。そのような構成だと当然ながら、読者の関心は過去と現在のつながりに向けられるでしょう。クロエの死にクリストファーが関係していたのか、真相は薄皮をはぐように見えてきますが、すべてが明らかになるまでスカイラーに安心して眠れる日はきません。
 クリストファーの妻が、夫とスカイラーの不倫はずっと続いていたと主張し、法的手段に訴えようとします。それを受けて、スカイラーは法律を学ぶ隣人の助けも借りて、対抗措置をとります。また、ある日、彼女が仕事場であるアトリエから自宅のアパートメントに帰ってくると、部屋のなかのちょっとした物の置き場所が変わっていました。その数日後、彼女の部屋のドアノブに手をかけていた男性がいたことを、アパートの大家から聞かされます。風体から考えて、数回デートをしたあと、スカイラーのほうから関係を絶った相手ではないかと彼女は考えますが、もしかしたらクリストファーの妻が裏にいるのではないかと勘ぐりたくなります。
 サブストーリーとして、スカイラーの家族の問題がときおり語られます。父親はスカイラーが子どものころに亡くなっており、クロエの死後は母親ともうひとりの妹の3人家族になっています。クロエが死んだのは、彼女をパーティに連れていった自分のせいだとスカイラーは自責の念にかられ、大学卒業後、ボストンを離れてニューヨークで暮らしはじめるのですが、そんな彼女を母親は責め、ふたりは疎遠になっています。
 公私ともさまざまなエピソードが盛り込まれていますが、破綻することはなく、まとまったサスペンスにしあがっています。

 著者のケイト・ホワイトは『コスモポリタン』誌の編集長を14年務めたのち、フルタイムの作家として、これまでに〈ベイリー・ウェギンズ〉シリーズ8作を含め17作のサスペンス小説と、働く女性向けの自己啓発本を3作、上梓しています。ジャンル的には前者に力を注いでいるのでしょう。今後もおもしろいサスペンスを世に送り出してもらいたいと思います。

高橋知子(たかはしともこ)
翻訳者。訳書にデドプロス『シャーロック・ホームズ10の事件簿』(監訳・解説、日暮雅通さん)、ミラー『5分間ミステリー 裁くのはきみだ』、プラント『アイリッシュマン』、ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら』、ファージング『世界アート鑑賞図鑑 [改訂版]』(共訳)など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『シカゴ・ファイア』『ブルーブラッド NYPD家族の絆』

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