今回ご紹介するのはデイヴィッド・ジョイの “Where All Light Tends to Go” (2015年)。2016年のアメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)の新人賞候補作です。ちなみに、このときの受賞作はヴィエト・タン・ウェンの『シンパサイザー』(上岡伸雄訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)でした。

 物語は18歳のジェイコブ・マクニーリーが給水塔にのぼり、ハイスクールの卒業生たちが角帽を宙に投げるところをながめる場面から始まります。卒業生のなかには幼なじみで、かつて恋人だったマギーの姿もあります。本来ならジェイコブもそのなかのひとりとして角帽を投げていたはず。さらに言うなら、マギーの隣で卒業の喜びをかみしめていたはずです。けれども10歳になるかならないかのころから、メタンフェタミン製造を生業とする父の仕事を手伝い、この山間の小さな町で一生を終えるしかない自分は、よりよい人生をつかみ取るために大学進学を目指す彼女とは住む世界がちがう。そう考えた彼は、二年前、一方的に別れを告げ、ハイスクールを中退してしまったのです。

 凶暴な父に支配されてきたジェイコブは、あらがわずに降伏することで心の平安を見出してきました。自分が置かれた境遇と折り合いをつけ、暗闇のなかで生きていく運命を受け入れていたのです。それが、マギーと再会し、ふたたびふたりで会うようになると、父の支配から逃れ、暗闇ではなく光のなかで生きたいという気持ちが頭をもたげてきます。
 けれども、水よりも濃い家族という血の底に沈んでいるジェイコブにとって、それは容易なことではなく、いくつもの試練に見舞われることに……。

 ノースカロライナ州西部の山間部を舞台に、ジェイコブの孤独な日々と揺れ動く心、凶暴な父親のグロテスクな生き方などが、ときに残虐なシーンを交えながら描かれています。物語のトーンは暗く、ジェイコブの人生と同じく、出口の見えないトンネルのなかを進んでいるような感覚に何度となく襲われます。そして本書の最大の特徴は、なんと言っても、読む者の心をつかんで離さない美しい文章にあります。しかも無駄な描写はひとつもなく、これが小説デビュー作とは思えません。本書の5年後に出した4作めとなる “When These Mountains Burn” がハメット賞を受賞したのも納得です。

 ところで、この紹介文を書くにあたって調べものをしていて、本書が映画化されていることを知りました。“Devil’s Peak” というタイトルで、今年の2月に公開され、その後デジタル配信もされています。ジェイコブ役にはホッパー・ペン、父親役にはビリー・ボブ・ソーントン、母親役にはホッパー・ペンの実の母親のロビン・ライトがキャスティングされています。日本ではいまのところ見られないようなのが残念です。

東野さやか(ひがしの さやか)

翻訳業。最新訳書はM・W・クレイヴン『グレイラットの殺人』。その他、スロウカム『バイオリン狂騒曲』、チャイルズクリスマス・ティーと最後の貴婦人、クレイヴンキュレーターの殺人』など。埼玉読書会と沖縄読書会の世話人業はただいまお休み中。ツイッターアカウントは @andrea2121

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