先日、本がつまった段ボール箱を片っ端からあけて探し物をしていたら、ジェイムズ・スウェインの『カジノを罠にかけろ』『ファニーマネー』が出てきました。わあ、なつかしい! これ、大好きだったなあ。62歳の元刑事が、ラスヴェガスのカジノでイカサマハンターとして活躍する楽しいシリーズでして、とにかく主人公がかっこいいんですよ。「歳のせいでやわになってしまってね」なんて言いながら、やるときはやる正義感の強さが魅力なんです。ならばこのシリーズの未訳作品をご紹介……とも考えましたが、ひとひねりして、同じように渋くてかっこいい高齢男性が活躍する最近の小説を探しました。それが、テリー・シェイムズの “A KILLING AT COTTON HILL” (2013)です。

 舞台となるのはテキサス州のジャレット・クリークという架空の田舎町。主人公のサミュエル・クラドックはこの町の警察署長をつとめていましたが、いまは家畜の世話をしながら悠々自適の隠居生活を送っています。そんなある日、おさななじみのドーラ・リー・パージェターが自宅で刺し殺されるという事件が起きます。実は前の晩遅く、ドーラ・リーから“誰かに見張られている気がする”と不安を訴える電話があったのですが、“明日になっても気になるようなら様子を見に行くよ”と約束するだけで電話を切ってしまったのです。あのときすぐに対応していれば彼女は殺されずにすんだのに。そんな後悔の念から、サミュエルは現場であるコットン・ヒルに駆けつけます。

 現在の警察署長ロデル・スキナーは、実力も人望もあったサミュエルとはちがい、とんでもなく使えないやつ。彼は最初からドーラ・リーの甥のグレッグが金目当てに殺したと決めつけ、無理やり逮捕に踏み切ります。グレッグが絵の勉強のためにお金を必要としていたのは事実ですが、人殺しをするような青年ではありません。しかし、このままなにもしなければ、彼は犯してもいない罪で牢獄につながれることになるのです。サミュエルは真犯人を見つけるべく立ちあがり、警察署長時代のスキルを駆使して独自の調査を開始します。

 周囲の人々から話を聞いてまわるうち、事件の背景として土地開発が浮かびあがってきます。それに、ずっと音信不通で葬儀のために戻ってきたドーラ・リーの長女もどこかあやしい様子。さらにはサミュエルの自宅に火がつけられるにいたり、事態は深刻さを増していくことに……。

 批判を承知で言うと、これはりっぱなコージー・ミステリです。それも極上の。コージーって、あれでしょ、主人公の女性が素人探偵よろしく嗅ぎまわり、調査のあいまにお茶を飲んだりケーキ食べたりするやつでしょ? たしかに、主人公は引退していまは民間人とはいえ、警察署長をつとめた男性ですし、おいしそうなものとしては自家製レモネードが登場するくらい。でも、小さなコミュニティとそこに暮らす人々がていねいに描かれているのは、まさにすぐれたコージー・ミステリの条件にぴったり。それに、凄惨な場面もありません。ドーラ・リーの死の状況も刃物で刺されたとあるだけで、内臓がはみ出ていたとか、体の一部が切り取られていたとか、心臓に小鳥が縫いつけられていたなんて描写は皆無です。物語の進み方もゆったりで、それでいて無理のない展開なので安心して身をゆだねられます。マーティン・ウォーカーの〈警察署長ブルーノ〉シリーズとC・J・ボックスの〈ジョー・ピケット〉シリーズを足して2で割った感じでしょうか。

 とにかくいろんな面でA評価をつけたくなる内容なんですが、いちばんのポイントは主人公サミュエルのキャラクターでしょう。元警察署長というと町の名士的存在だと思いますし、実際、町の人も彼には一目おいている様子。でも、本人にはちっともえらぶったところがなく、あちこちで話を聞いてまわるときも、民間人であることをしっかりわきまえて行動しています。それだけでもじゅうぶんナイスガイ(ガイというにはちょっと歳がいってるけど)なわけですが、他界した妻に思いを馳せるシーンがときおり差しはさまれて、これがね、“なんでおれを残して逝っちまったんだ”と恨み節を言うんじゃなく、妻の不在をさびしく思いつつも、天国にいる彼女に恥ずかしくない生き方をしようとする前向きな気持ちが伝わってくるところがいいんです。下心丸出しで近づいてくる隣人女性に対しても、この先気まずくなるような断り方じゃなく、遠回しにノーという気持ちを伝えたりして、実にスマート。そのあと、友人として夕食に誘うなど、さりげないフォローも忘れません。

 こんな全女性を虜にするような男性を描いたテリー・シェイムズっていったい何者? 検索してびっくり。なんと女性でした……。それも知的な美人。女性のツボがよくわかるのも当然です。ちなみに、本作はテリー・シェイムズの長篇デビュー作。インタビューによれば、それまでもこのジャレッド・クリークを舞台にした短篇を書いていたそうですが、ミステリ的要素はまったくなく、町の人の日常風景を描いたものだったとか。なるほど、この長篇を書く前に、ジャレッド・クリークの全容はすでにできあがっていたのですね。

 この1月には第2作となる “THE LAST DEATH OF JACK HARBIN” も刊行され、10月には第3作も出ることが決まっています。ぜひとも、日本の読者にお届けしたいシリーズです。

東野さやか(ひがしの さやか)

兵庫県生まれの埼玉県民。洋楽ロックをこよなく愛し、ライブにもときどき出没する。最新訳書はブレイク・クラウチ『パインズ—美しい地獄—』(ハヤカワNV文庫)。その他、ローラ・チャイルズ『あったかスープと雪の森の罠』(コージーブックス)など。埼玉読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121

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