みなさま、こんにちは。

 第八回翻訳ミステリー大賞ジョー・ネスボの『その雪と血を』に決まりましたね。しかも読者賞とのダブル受賞! 関係者のみなさま、おめでとうございます。われわれ翻訳者が、そして翻訳ミステリー読者が自信を持っておすすめするこの作品を、多くの人たちが手に取ってくださいますように。わたくしごとですが、授賞式では今年も加賀山さんと開票を担当させていただきました。大きなポカもなく無事に終えることができてよかった。授賞式およびコンベンションに参加してくださったみなさま、投票してくださった翻訳者のみなさま、全国読書会のみなさま、そして読者のみなさま、ありがとうございました&お疲れさまでした。

 先日、同業者と話していて、訳書のタイトルの話になりました。翻訳者や出版社(編集者)によってちがうのかもしれませんが、わたしの場合、ほとんど編集者さんが(編集会議を経て)つけてくださっています。参考までに……という感じで、自分で考えたタイトルを伝えたり、さりげなくゲラに書いてみたりしたことはありますが、なかなか採用されませんね〜。いつか編集者さんがぐうの音も出ないタイトルを考えてみたいものです。

 ちなみに、つねにまったく予想ができないタイトルになるのはロマンス、ということで意見が一致。ロマンスのタイトルには独特の語感がありますよね。原題はまったく色気がないのに(失礼!)、邦題になるとバラの花びらや古城をバックにしたとき、なんとさまになることか。いつもすてきなタイトルを考えてくださる編集者さんに感謝しています。

 では、四月の読書日記です。

■4月×日

『青鉛筆の女』と聞いて、わたしがすぐさま連想したのは大好きなフレッド・ヴァルガスの『青チョークの男』だった。なんとなくつながりを感じさせるタイトルでしょ? え? そうでもない? まあ、まったく関係ない話だったけどね。アメリカでは原稿にチェックを入れるとき、赤じゃなくて青鉛筆を使うそうで、青鉛筆の女とは女性編集者のことでした。

 本書は、二〇一四年に解体予定の家の屋根裏から発見された貴重品箱にはいっていたという、三種類のテキストで構成されている。すなわち、一九四五年刊行のパルプ・スパイスリラー、ウィリアム・ソーン著『オーキッドと秘密工作員』と、編集者からその著者に宛てた手紙、そして同じ著者による(こちらは本名のタクミ・サトー名義で書かれた)未完の作品『改訂版』である。この三種のテキストの抜粋が、ちょっと変わった入れ子形式を取って、入れ替わり立ち替わり登場し、読者は頭のなかで流れを確認しながら読むうちに、そういうことか!とわかってくる。じわじわとおもしろく、そして悲しい物語である。

 青鉛筆で消されて行き場を失った登場人物たちがさまよう『改訂版』は、ジャスパー・フォードの文学刑事サーズデイ・ネクストの世界みたい。ときどきつらくて息がつまりそうになるけど、『改訂版』を最後まで読んでみたかったな。解説するのも感想を述べるのも、ネタバレを考えるとひじょうにリスキーな作品だが、訴えたいことをあえて削除することによって際立たせる手法は、すごくスマートでかっこいいと思った。

 凝りに凝った構成とコンパクトさがこの本の売り。きっちり丁寧に読み込めば、さらに理解が深まっておもしろさが増すだろう。再読も味わい深い。アメリカ推理作家クラブ賞ペーパーバック部門ノミネート作品。

■4月×日

 ベリンダ・バウアーの作品はダークな内容のものが多いけど、どれを読んでもはずれがないという印象。英国推理作家協会(CWA)賞にもよくノミネートされていて、気になる作家だ。『視える女』は『ダークサイド』の前日譚で、のちに地方に異動になったジョン・マーヴェル警部のロンドン警視庁時代の話だという。

 四カ月まえに四歳の息子が行方不明になってからというもの、玄関のドアを閉め忘れた夫を責めつづけ、まるで罰のように家じゅうを磨きたて、家のまえのセメントに残った息子の小さな足跡をひたすら磨く若い母親アナ・バック。一年まえから行方不明で、何者かに連れ去られた可能性がある十二歳の少女、イーディのことが頭から離れないジョン・マーヴェル警部。そのイーディのことで警察が協力を要請したこともある、霊能者のリチャード・レイサム。藁にもすがる思いでレイサムのもとを訪れたアナは、さらに不思議な行動をとるようになる。

 視えるって、どういうこと? それにどんな意味が? と思いながら読んでいくうちに、どんどんアナの印象が変わっていく。「視える」ということをマーヴェル警部がなかなか信じようとしないのがはがゆいが、この人も貧乏くじを引きつづけてけているような人で、途中からなんだかかわいそうになってきてしまった。結末はあらゆる予想を覆されて、ポカーンという感じ。なんとなく以前読んだことがあるアレ(超有名作品)に似てるな、と思った人も多いのでは?

 傲慢で石頭で偏見に満ちているので、読んでいて頭にくるキャラのマーヴェル。でも彼のキャラクターが物語のリアリティを補強しているのはたしかだ。そのマーヴェルが、三歳のころはペットのポニーにつけるようなハーネスをつけられていたと回想するのが驚き。しかもそれでお馬さんごっこをして遊ぶのが楽しかったとか。羽をつけたりしてかわいくしたソレをときどき見かけるけど、そんな昔からあったものなのだろうか。ポニーにつけるようなのだから、かわいくはないだろうけど。

■4月×日

 サマーランドに、よみうりランド、富士急ハイランド。そして忘れちゃいけないディズニーランド。翻訳ミステリー的にはフィンランド、アイスランド、ロマンス的にはスコットランドやハイランドも気になるけど、お子さまに人気なのはやっぱりアミューズメントパーク。静岡県にもジョイランドというアミューズメント施設があるようですが、スティーヴン・キングの『ジョイランド』の舞台は、ノースカロライナの海辺の町ヘヴンズベイにある遊園地。大学生のデヴィン・ジョーンズが〈ジョイランド〉でバイトをしていた、一九七三年の夏から秋の出来事が語られます。

「天国の近くで働く!」という謳い文句に惹かれて、海辺の遊園地を夏休みのバイト先に選んだ二十一歳の大学生デヴィン。遊園地内の幽霊屋敷〈ホラーハウス〉で四年まえに殺人があり、殺された娘の幽霊が出没するという話を聞かされた彼は、休みの日にバイト仲間のトムとエリンとともに〈ホラーハウス〉にはいってみたところ、友人のトムだけが幽霊を目撃。殺人事件と幽霊の謎に興味を持ったデヴィンは、エリンに協力してもらって犯人探しに乗り出す。

 乗り物の操縦や、かぶりものを着てのダンス。熱中症の危険はつねにあるけど、ちょっと変わった大人たちに混じっての遊園地のバイトはなかなか楽しそう。海辺だし、海の家のバイトを彷彿とさせるなあ。失恋のつらさを忙しさでまぎらわせていたら激やせしちゃったとか、なんだか切ないけど、これぞ青春だよね。デヴィンってすごくみんなに愛されていて、ほんとにいい子なんだなあと思う。彼を愛していなかったのって、恋人だったウェンディだけじゃない? ああ、それもなんか切ないわ。あと、エリンもすごくいい子だよね。

〈ホラーハウス〉は出てくるけど、ホラーというよりはミステリー。「スタンド・バイ・ミー」を思わせる、さわやかな感動を呼ぶ物語だ。作家になった中年の主人公が、当時を思い返して語るという形式も似ている。

 二度と戻らない時間。二度と会えない人たち。バックには波の音。「せ〜い〜しゅ〜んの〜う〜し〜ろ姿を〜」と歌うユーミン(すみません、ライブに行ってきたばかりなので)。切なくて心地よい時間をありがとう。そんな気持ちになる読書でした。キングってほんとに多才だなあ。

■4月×日

 サラ・パレツキーの描くシカゴの女探偵V・I・ウォーショースキーは、いくつになってもやっぱりタフでかっこいい。シリーズ十七作目となる『カウンター・ポイント』は、亡きいとこブーム=ブームの汚名をそそぐためにヴィクが立ちあがる物語。

 二十五年まえ、ヴィクの地元で十七歳の少女が実の母親に殺害されるという事件が起きた。ところが、刑期を終えて出所した母親のステラは突然、娘のアニーを殺したのはアイスホッケーの人気選手だったブーム=ブーム・ウォーショースキーだと言いだす。なぜか都合よく発見された娘の日記に、嫉妬深いブーム=ブームに悩まされているという記述があったというのだ。そんなことはありえない。しかもブーム=ブームはとうに亡くなっており、反論しようにもできないのだ。その上、マスコミを通して父や母まで誹謗中傷されたヴィクは激怒。しかしなんとか怒りを抑えて、二十五年まえの事件の真相を調べはじめる。

 ブーム=ブームの親友の娘、ベルナディンヌ(通称バーニー)を預かることになり、子供のいないヴィクが、バーニーと母娘のような暮らしをすることになるのがなかなか新鮮。ヴィクももう五十歳、大学生になる子供がいてもおかしくない年齢なのね。でもこのお嬢さん、いい意味でも悪い意味でもイマドキの子で、保護者役のヴィクは最後までハラハラさせられどおし。安全策をとれば臆病者となじられ、「わたしは年をとり、私立探偵に必要な危険を冒す気をなくしたのかもしれない」と思わず反省しちゃったりして。家族のいないヴィクだけど、バーニーを必死で守ろうとする姿はまさに母親。ヴィクの心のなかにはつねに母ガブリエラがいるからかも。

 恋人ジェイクとの大人の関係もいい感じ。お互いを信頼し、大切に思っているのがよくわかる。ふたりで、ブーム=ブームの伝記はやっぱり書かないとね、いっそのことホッケーのオペラを作っちゃう?と妄想するシーンが微笑ましくて楽しい。ふたりのあいだにつねに音楽があるというのもすてき。ヴィクの歌声を聴いてみたいな。

 現実世界では新大統領のもとで変化しつつあるアメリカ。新時代の社会悪とどう戦っていくのか、今後もヴィクから目が離せない。

 上記以外では、完成度の高い作品ばかりの初期短編集、ダフネ・デュ=モーリアの『人形』、ホワイトハウスに新大統領が引っ越してきて、アメリカの現状と微妙にリンクしているジュリー・ハイジーの大統領の料理人シリーズ第四弾『絶品チキンを封印せよ』もおもしろかった。ロバート・ゴダードの1919年三部作の第一部『謀略の都』は、スパイ小説がちょっぴり苦手なわたしでもつるつる読めました。さすがのゴダード・クオリティ。第二部も読まなくちゃ。

 ではみなさま、ゴールデンウィークも楽しい読書を。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はバックレイの〈秘密のお料理代行〉シリーズ第二弾『真冬のマカロニチーズは大問題!』。サンズの〈新ハイランド〉シリーズ第四弾『恋は宵闇にまぎれて』も出ました。お菓子探偵ハンナの動向については、今秋翻訳刊行予定の十八巻で新展開が! もうしばらくお待ちください。

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