書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 この連載が本になりました! 『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)は絶賛発売中です。

 というわけで今月も書評七福神始まります。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

 

 

川出正樹

『時は殺人者』ミシェル・ビュッシ/平岡敦訳

集英社文庫

 なるほどこの手があったよね、と膝を打つ。思いっきり不可思議な謎に対する、むべなるかなと納得がいく真相。この落差が大きければ大きいほど意外性は強まり、騙される快感は高まる。しかも謎も真相もシンプルなだけに破壊力は抜群。ミシェル・ビュッシ『時は殺人者』は、まさにそんな作品だ。

 1989年8月、父の故郷のコルシカ島のキャンプ場で毎年恒例のバカンスを過ごしていた十五歳の少女クロチルドを悲劇が襲う。一家を乗せた車が崖から転落し、父と母と兄を同時に失ってしまったのだ。二十七年後の2016年8月、夫と娘を伴い、ようやくコルシカに追悼に来られた彼女のもとに、死んだはずの母パルマからとしか思えない手紙が届く。もしや母は生きているのでは、という疑念と希望を胸に、当時の状況を知る関係者を訪ねる彼女の周りで、次々と不可解なことが起き、やがて惨事が。

 1989年にクロチルドが紛失したバカンス中の出来事を綴った日記と、2016年現在進行中のクロチルドによる調査。主人公の過去と現在の視点を頻繁に切り替えて、章ごとに新たな情報を提供することで読者の鼻面をとらえて最後まで話さない手際のなんと巧みなことか。本格ミステリ作家クラブによる〈2010年代海外本格ミステリベスト選考会〉で侃侃諤諤たる議論を呼んだ超絶技巧の変化球『黒い睡蓮』の作者であり、読者を欺くためにギリギリのコーナーを攻めてくる視点の魔術師ミシェル・ビュッシの本領が、前作よりもスマートかつフェアに発揮された逸品だ。

 

千街晶之

『陪審員C-2の情事』ジル・シメント/高見浩訳

小学館

 事件の関係者はなってはいけない、事件について先入観を植えつけるような情報を持っていてもなってはいけない……陪審員になれない条件はいろいろあるけれども、ある陪審員(夫あり)が、別の陪審員と不倫関係になった場合はどうなのか。しかも、それが評議に影響を及ぼしたと疑われる場合は? リーガル・サスペンスも数あれど、こんな風変わりな着想の作品は読んだことがない。しかも、第二部からは更に思いがけない展開が待っているのだ。評議の対象となる事件が、パトリシア・ハイスミスのある作品を踏まえているあたりもミステリ好きの心をくすぐるものがある。著者の邦訳は他に『眺めのいい部屋売ります』という作品があり、未読だったけれども読んでみようと思った。

 

北上次郎

『獣たちの葬列』スチュアート・マクブライド/鍋島啓祐訳

ハーパーBOOKS

「シリーズものは最新作を読め」というのが最近の主張なので、前作『獣狩り』を未読でもこのシリーズ第2作を読み始めた。これが面白ければ、あとで前作に遡ればいいのだ。いやあ、いいなあ。全編を貫く暴力の匂いが凄まじい。ゴツゴツしていて、ざらざらしていて、この作家、すごく気になるので、急いで前作を読もう。

 

霜月蒼

『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

 いやあ、すなおに「おもしろい!」と言わせてくれる作品はいまどきめずらしい。これはシリーズ・ミステリの理想ではないか、と思わせてくれた快作『ストーンサークルの殺人』に続く第2作である。一匹狼型刑事が過去に解決した「死体なき殺人」で被害者とされた女性が突如として警察に出頭、採血してみると「被害者」とDNAが一致し、「犯人」として刑務所に送り込んだ男が冤罪だったのではないかという疑惑がもちあがる。という大きな危機と謎が序盤で起ちあがり、あとは一気読みである。一匹狼刑事ものは周囲や上司が無駄にプロットの進行を邪魔するものだが、本シリーズでは誰もがプロらしく「事件の解決」を目指しているし、みんな有能。そこが読み口の気持ちよさにつながっている。主人公の考えている(と思われる)真犯人はブレないが、それでも解決編の手前には絶妙なサプライズが仕掛けられているのです。キャラがみな魅力的で、かつ、それぞれがそれぞれらしく能力を発揮して解決に寄与するのもイイ。今回は美食ミステリみたいな魅力もあったりして、いまイチオシのシリーズです。

 最後まで迷ったのは、名作『バカなやつらは皆殺し』以来のヴィルジニー・デパントの犯罪小説『アポカリプス・ベイビー』。失踪した「不幸な娘」を私立探偵が探すというロス・マクドナルドのようなプロットにみえる『アポカリプス・ベイビー』だが、フランス文学界でもヤバさダントツのデパントであるから、そんな穏やかな小説になろうはずがない。自分に自信がなくて仕事にも身の入らない女と、腕利きで鳴らす破壊的な女探偵のコンビの探索行は、事件の周囲の女たちの物語を収集しながら、最終的におそろしくブルータル&ポリティカルな地点に行き着くことになる。1分くらいの尺で激音を鳴らす政治的なハードコア・パンクのような小説です。好き。

 あともうひとつ、『ブラックサマーの殺人』があったので分が悪くなってしまったのがスチュアート・マクブライド『獣たちの葬列』。これも強烈にサスペンスフルな警察小説で、おすすめです。

 

酒井貞道

『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

 ラストに驚かされたヴィルジニー・デパント『アポカリプス・ベイビー』にすることも考えたが、あのサプライズをミステリのそれと主張するのは少々厳しい。凄かったけれど。

 ということで、今月は『ブラックサマーの殺人』にします。刑事ワシントン・ポーは六年前に、カリスマシェフを娘殺しの罪で刑務所送りにした。ところが今、殺されたはずの娘が生きて姿を現わしたというのだ。ポーは濡れ衣を被せてしまったのか。しかも当時の捜査に違法性があったとの疑惑すら持ち上がる。主役が危機に見舞われ、敵と味方が交錯するストーリーは、ダイナミックに展開して、随所で盛り上がる。平易な語り口、鮮明にして典型的(良い意味でわかりやすい)な人物描写も相俟って、上質なミステリドラマを見ているかのような感覚に襲われた。真犯人がトリックを弄して、強烈な状況を作り上げている点は、ミステリ・ファンとしての読みどころだろう。主人公から見た物語の性質が、前作『ストーンサークルの殺人』に続き、主人公が刑事であるにもかかわらず《巻き込まれ型》なのは、とても興味深い。次作はどうなるんでしょうか。

 

吉野仁

『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

 CWAゴールドダガー受賞作『ストーンサークルの殺人』にはじまる〈ワシントン・ポー〉シリーズ第二弾。前作は、ポーの相棒として登場した女性分析官ブラッドショーが発揮する「天然の魅力」にやられたものだが、今回は、その世間知らずなオタクの面が薄まってきたところに成長を感じさるものの、淋しくもあった。ともあれ「どんでん返しのないディーヴァー」とでも言えばいいのか、白黒が鮮明で読みやすく、悪者を追いつめてこうとして、主人公側が苦境に立たされ逆転を狙うという王道エンタメ警察小説として文句なしの面白さだ。〈刑事オリヴァー&ピア〉シリーズ第九作、ネレ・ノイハウス『母の日に死んだ』は、ある家の老主人の死体が発見されることから物語の幕はあける。やがて猟奇連続殺人の捜査が開始される一方、ある女性が自身の出生の真実を探っていく話が並行する。この構成が巧みで先を読ませるばかりか、ラストにとても大きく派手な見せ場が待ち受けており、興奮させられた。そのほかミシェル・ビュシュ『時は殺人者』は、こちらも「母」にまつわるサスペンスながら味わいはまったく異なり、車の転落事故で家族を失ったヒロインが、死んだはずの母から手紙を受けとり、27年前の真相を探っていくという話。ラーシュ・ケプレル『ウサギ狩り人』、人気シェフが登場するということでは『ブラックサマーの殺人』、猟奇大量殺人と過去の因縁をめぐる警察小説ということでは『母の日に死んだ』と共通しているが、もちろんケプレルならではの奇妙で大胆でケレン味の強い趣向が味わえる一作。アイヴィ・ポコーダ『女たちが死んだ街で』は、殺人犯を追うミステリというよりも、その事件で人生を狂わされた女たちの現在を生々しく写実してみせた小説で、読みごたえあり。

 

杉江松恋

『夜と少女』ギョーム・ミュッソ/吉田恒雄訳

集英社文庫

 すみません。これは九月刊の作品なのだけど、うっかりしていて十月に入ってから読んだので採り上げさせてください。十月刊の小説ではヴィルジニー・デパント『アポカリプス・ベイビー』を推しておきたい。『バカなヤツらは皆殺し』以来か。尖鋭的すぎて寒気がするものを読みたい人はぜひ。

 で『夜の少女』なのだけど、前作『作家の秘められた人生』が島に閉じこもって私生活を明かさない小説家の話だったのに対して、これはフランス出身でアメリカで成功を収めた小説家が同窓会のために帰郷するという話だ。作家のこじれた自意識小説を書くのが好きなんだろうか、この人は、と思いながら読み始める。最初のほうに「あなたの小説よく読むわ。たとえばアレとか」「ははは、それは●●さんの作品だね」という定番のやりとりがあって、なるほど作家小説だな、と思っていると早々にガツンとくる情報がかまされる。これから読む人のことを考えると書けないのだが、プロローグで25年前に高校生の少女が教師と駆け落ちしたとみられる形で失踪したという事実が明かされているので、まあ、それ絡みだと思っていただきたい。ここから話は、あらかじめ悲劇が約束されている者たちがそれを引き延ばすためにあがく、というプロットに変わっていく。だって、どう考えても不幸な結末しかありえないんだもの。もうそっちの方向に収束していってもらってもかまわないのだが、中盤を少し過ぎたあたりで第二のガツンがくる。うわっ、その手があったのか。ここからさらに山あり谷ありの展開が待っていて、終盤の目まぐるしさは特筆すべきものがある。登場人物数を限定しておいて、その中で役割分担を入れ替えていく技巧といいましょうかね。見るべき角度を変えると事件の様相がまったく違ってくるというタイプの小説である。こういう、出した登場人物には最後まできっちり仕事してもらいますよ、一人一役なんてとんでもない最低二役は頼みます、と作者がキャラクターを酷使する小説が好きなんだよね。相変わらずのミュッソで惚れ惚れした次第である。集英社文庫はそろそろ帯に「フランスの東野圭吾」とか書きそうな気がする。欠点は、読者によってはそこはかとないミソジニー臭を感じてしまうかもしれないところだが、男も基本的には愚かな存在として描かれているので、これは性別というよりも人間観がそうなっているのだと考えるべきでしょう。愚かな人たちが前を見るのが怖くてうろうろしているうちに悲劇を引き起こすという小説なんだよね、全部。

 

 比較的に選書が集中した月になりました。それでも定番の作家だけではなくて新顔も出てきたし、フランス作家もいるし。やはり一筋縄ではいきませんね。さあ、来月はどんな作品が出てきますことか。(杉)

 

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧