全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 今年もよろしくお願いします。というわけで本年度最初のお題は景気良く超大物バディ案件! 第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン&出すもの全てがベストセラーのベテラン作家ジェイムズ・パタースンのコンビによる『大統領失踪』(越前敏弥・久野郁子訳/早川書房)です。すでに読んだ方ならおわかりかと思いますが、失礼ながらほんとにあのクリントン大統領が書いたの? とびっくりするほどの面白さなのですよ!!


 主人公はアメリカ合衆国大統領ジョナサン・リンカーン・ダンカン。まじめで正義感あふれる大統領は、元陸軍特殊部隊員で湾岸戦争の英雄です。副大統領を筆頭に、才能ある女性を参謀として数多く登用し、人種間の差別問題にも真っ向から取り組む理想的な国家元首ですが、本書はそんな彼が聴問会で厳しく追及される場面で始まります。その理由はなんと大統領と国際的テロリストとの内通疑惑。部隊を派遣し自国の犠牲者を出してまでそのテロリストの命を救ったというのです。もしそれが事実であれば国家の安全を脅かした罪で、当然ながら罷免は決定的。しかしそんな崖っぷちの状況に置かれながらも、大統領はその作戦の内容をかたくなに明かしません。

 反対陣営からの攻撃に加え、その作戦に関してまったく知らされていなかったことで、ホワイトハウスのスタッフの間にも波風が立ち始め、沈黙を守り続ける大統領を信じて支援するのは、首席補佐官キャリーをはじめとした一握りの参謀だけになってしまうのです……が! その中には最も信頼関係が厚く、楽しい時も苦しい時も常に助け合って生きてきた究極のバディがいるのです! 大統領法律顧問のダニー・エイカーズは、ノースカロライナの小さな町で大統領の隣の家に住んでいた子供の頃からの親友でした。小学校から大学まで同じ学校に通い、“何をするときもいっしょだった”(原文ママ)二人は、卒業後には揃って軍隊に入り、同じ陸軍特殊部隊に所属しますが配属先が違ったために、大統領だけが「砂漠の嵐作戦」で負傷してしまいます。除隊後に大統領はプロ野球選手として新しく人生を始めますが、ダニーが通っていたロースクールに自分も入学し、そこで将来の伴侶への橋渡しまでしてもらうという……。そりゃ仲人になってもらえば家族ぐるみで一生つきあえますもんね! <多分違う

 大統領の弾劾危機で始まった物語は、テロリストとの駆け引き、隠された陰謀、謎の女殺し屋等々と、ありとあらゆる難題が次々にホワイトハウスを襲います。国家の危機に直面した場合の対処方法があまりにも緊張感を帯びていて、実際に経験した立場でないとわからないであろうリアルな描写の数々は、今まで数多くのホワイトハウス関連のフィクションに親しんできた読者にもあらためて新鮮な驚きを与えてくれ、先が気になってページを繰るのすらもどかしいほどです。中でも最も実際にはありえないと思われる『ローマの休日』的なエピソードは、大統領という非日常に慣れきった浮世離れ感が微笑ましいと同時にサスペンスを盛り上げています。
 
 これから読む方ができるだけ楽しめるよう、内容の言及はこのぐらいにしておきますが、ベストセラーになった理由は話題性だけではありません! 陰謀あり、アクションあり、おお! と驚くラストまで一気に読ませるエンタメ作品です。とにかく一市民では思いもよらない「この手があったか!」な予想外の作戦や、国際政治の問題解決のための大胆すぎる秘策などは、「これはパタースンじゃなくてクリントンのアイディアだろうなあ」などと勝手に想像をめぐらせながら読んでみてはいかがでしょうか。で、ほんとに腐要素入ってるの? とお疑いのあなたのために、大統領を心配してやってきたダニーのシーンをば。

「おれがそばにいる。きみがどんな肩書きのときも、ずっとそうだったじゃないか。これからもそばにいる」

 って、わざわざソファーの大統領の隣に座り変えたダニーが大統領に語りかけるんですよ! 膝を軽くパンチして!!
 もちろんこの場面だけではありませんので、ぜひ本書でたしかめてくださいね!

 オバマ元大統領のブックリストのセレクションのすばらしさは日本の読書家の間でも評判になりましたが、大統領の好きな本というのはいつの時代も話題になっていますね。レーガン大統領の任期中のお気に入り本はトム・クランシーの『レッド・オクトーバーを追え』だったのを覚えています。ググってみたところ、クリントン元大統領も本書が出る前から読書関連の記事が多く見つかって、かなりのミステリ好きなことがわかりました。去年のインタビューでは出たばかりのA・J・フィン『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』も読んでいたし、「新刊が出たら絶対読みたい作家は?」という質問に、“リー・チャイルド、ハーラン・コーベン、ロバート・クレイス、サラ・パレツキー、ダニエル・シルヴァ”というラインナップはなるほどね、と思ったのですが、意外だったのはルイーズ・ペニーとスーザン・イーリア・マクニール! ガマシュ警部がお気に入りのキャラだそうですよ。


 40代以上なら、クリントン元大統領といえば研修生モニカ・ルインスキーとの“不適切な関係”スキャンダルがまず頭に浮かぶのではないでしょうか。それより前の1988年に、たった一つの新聞記事から大統領選挙の最有力候補の座を失った上院議員ゲイリー・ハートの実話をベースにした映画『フロントランナー』(2018年/米)が2月1日(金)に公開されます。



 コロラド州の上院議員ゲイリー・ハート(ヒュー・ジャックマン)は、そのカリスマ性と魅力的なルックスで支持者を増やし、史上最年少という46歳の若さで民主党の大統領候補になります。遊説に同行する記者たちは先を争ってインタビューをし、忙しい中もハートは彼らに理想の政策を熱く語るのでした。そんなある日、知り合いの誘いで出席したパーティが彼の運命を大きく変えてしまったのです。


 順風満帆のはずだったハートの政治生命を絶ったのは、マイアミ・ヘラルド紙に載った記事。ネットもなかった当時、その記事の衝撃はじわじわと広がり、その反響はその後の政治報道の方向にまで影響を及ぼすことになります。映画は一大スキャンダルを通して、渦中の主人公、その家族、マスコミの存在意義など、いろいろな面から観客に問いかけます。昨年公開された映画『ペンタゴン・ペーパーズ』は真実を追求するジャーナリストの矜恃を描いた傑作でしたが、本作は取材される側の苦悩や葛藤を描いており、比較して観るのもおすすめです。ハートの妻をヴェラ・ファーミガ、選挙参謀にJ・K・シモンズと実力派俳優が脇を固めています。なお『ペンタゴン・ペーパーズ』でトム・ハンクスが演じたワシントン・ポスト紙のベン・ブラッドリーをアルフレッド・モリナが演じています。本作でもちょこっと出てくるボブ・ウッドワードの活躍を描いた『大統領の陰謀』がお好きな方はもちろん、大学でジャーナリズムを専攻したというヒュー・ジャックマンの熱演、ぜひ劇場でご覧ください。

■映画『フロントランナー』予告■


■タイトル: フロントランナー
■公開表記:2月1日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国公開
■配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

■原題:The Front Runner
■全米公開:2018年11月6日(限定公開) 11月21日(ワイド公開)
■監督: ジェイソン・ライトマン(『マイレージ、マイライフ』『ジュノ』)
■脚本:マット・バイ&ジェイ・カーソン&ジェイソン・ライトマン
■原作:マット・バイ著 All the Truth is Out
■キャスト:ヒュー・ジャックマン(『グレイテスト・ショーマン』『LOGAN/ローガン』)、ヴェラ・ファーミガ(『マイレージ、マイライフ』『トレイン・ミッション』)、J.K.シモンズ(『ラ・ラ・ランド』『セッション』)、アルフレッド・モリーナ(『スパイダーマン2』)
■公式サイトhttp://www.frontrunner-movie.jp

   

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓江訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho






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