全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! ようやく厳しい残暑も終わり、翻訳ミステリ界は早くも年末ベストに向けての刊行ラッシュがラストスパート。サイコサスペンス、本格、スパイものなどなど内容もヴァラエティに富んでおり、どの作品も甲乙つけがたい面白さで読むほうは嬉しい悲鳴です。というわけで今回はその中の一冊、本国のみならず英米でも大絶賛の華文ミステリ、周浩暉『死亡通知書 暗黒者』(稲村文吾訳/早川ポケットミステリ)をご紹介します。

 
 二〇〇二年十月、雨の午後。中国の省都A市公安局刑事の鄭郝明(ジョン・ハオミン)は、ネットカフェで一人の若者の写真をこっそり撮影していました。同じ日の夜、彼はある人物に会いにわびしい貧民街を訪ねます。黄少平(ホアン・シャオピン)というその男は、十八年前に鄭刑事が関わった事件で全身に醜い傷を負っていました。その二日後、衝撃的な知らせが公安局本部に入ります。なんと鄭が局宿舎内の自室で殺されていたのです。刑事としての功績のみならず、人望もあつく大勢から慕われていた鄭刑事。同局の刑事大隊長韓灝(ハン・ハオ)が向かった犯行現場には、遺体を発見し通報した龍州市公安局刑事隊長、羅飛(ルオ・フェイ)がいました。管轄の違う刑事がいたことに不審の念を抱いた韓が問いただすと、羅は鄭刑事が担当した十八年前の事件について話があって訪ねてきた、しかも自分はその事件の当事者だったと説明します。羅を突然過去の事件に引き戻したのは、一通の謎の手紙でした。そこには羅の警察学校時代の学生番号と、犯行予告を匂わせる不気味な文章が綴られていたのです。
 
 現役警察官殺害事件は急遽専従班が設置され、指揮を任命された韓、公安局特殊警察部隊隊長熊原(シオン・ユエン)、技術顧問でIT関連のエキスパート曾日華(ゾン・リーホワ)、警察学校の講師で犯罪心理学専門家の慕剣雲(ムー・ジエンユン)、そして羅の四人が主要メンバーとなり、各々得意分野で捜査を開始します。警察学校開設以来もっとも優れた学生とうたわれた羅が地方の派出所勤務になった理由は、十八年前、羅の親友と恋人が爆殺された事件における失敗でした。長年羅を苦しめていたその未解決事件は、突如息を吹きかえし、あらたに犠牲者を探し始めたのです。

 ここ数年嬉しいことに優れたアジアミステリがいくつも翻訳されていますが、本書もまさしくトップレベルの謎解きミステリで帯文に偽りなし! 次々に起きる血生ぐさい殺人事件は、犯行前には読者自身が捜査本部の一員となったような、阻止できなかった時には登場人物たちとその悔しさを共有するような現場の臨場感に溢れています。毎度「そう来たか!」「やられた!」などと悔しい思いをすると同時に裏切られる喜びを感じるのがミステリファンの性。とりわけ本書の犯人像や手口は『名探偵コナン』のファンの方ならきっと気にいるのでは。

 タイトルの“死亡通知書”とは、犯人がターゲットに送る殺人予告状。そこにはターゲットの名前、犯した罪、死刑執行日、そしてその執行者にはEumenides(エウメニデス)と書かれています。罪人をどこまでも追いつめ、最後には罪の代価を払わせるギリシャ神話の復讐の女神の名をかたる犯人は、まずネットの掲示板で殺してほしい人物を募り、ターゲットに予告した上で残忍な犯行に及びます。警察の裏をかき、緻密な計画のわずかな隙をついて犯行を繰り返す天才殺人犯〈エウメニデス〉。その一歩先を行くためには、自らの暗黒面を直視し、時には犯罪者になりきる必要がある。それぞれ人に言えない秘密を抱えている捜査班の面々は、はたしてエウメニデスの犯行を阻止することができるのでしょうか。

 本書はとにかく直球の謎解きのため、できるだけ詳細はナイショにしておきたいのですが、このままだとなぜこの連載で取り上げられたのかわからないですよねえ。実は推しポイントは二つありまして、そのうち一つだけこっそりと。公安局特殊警察部隊の熊原隊長は浅黒く屈強なガタイの持ち主で、精悍で頑健と、まさに名は体を表すような人物で厳しくとも責任感が強い理想のリーダーなのですが、その部下の柳松(リウ・ソン)隊員が要チェックなんです! 特殊部隊の精鋭の彼の特技はなんと錠前破り。その特技が必要になったある事件で隊長と一緒に危険な任務についたところ、予想外の事態が発生します。ここまでしか書けないのがなんとも歯がゆいところですが、ぜひ本書でお確かめいただければ! ちなみに柳松くんもその名の通りの体型なので、この二人が一番名前を覚えやすかったことを白状します。ですが本書には別紙で読みがなつきの登場人物表が付属の親切設計なので安心です! なお本書は三部作の第一部で、とにかく続きが気になる結末で終わるんですよ〜(ジタバタ)。早川書房さま、一刻も早い第二部の刊行をお待ちしております! 余談ですが、会議で鉛筆回しちゃうようなインドア代表の曾IT顧問、自分はドラマ『カルテット』での高橋一生をイメージして読みました。皆様もぜひ妄想力を駆使してお好みのキャスティングでお読みください。

 そこで今回の映画は、同じく過去から逃れられない刑事の苦しみを痛々しいまでに描いた10月23日(金)公開のノワール『ストレイ・ドッグ』(2018/米)をご紹介します。

 舞台はLA。身元不明の死体が発見された現場に赴いた市警の刑事エリン・ベル(ニコール・キッドマン)は、他の同僚からにべもなく追い払われます。睡眠不足のにごった目、何日も着替えていない薄汚れた服と身体からすえた臭いとアルコールを漂わせる彼女は、市警の鼻つまみ者。彼女をそんな風に変えたのは十七年前、ある凶悪な犯罪組織に潜入したことがきっかけでした。カリスマリーダー率いるその組織は荒っぽい手口で犯行を繰り返しており、近々大きなヤマがあると踏んだFBIが、経験の浅さはともかくメンバーと歳が近いということで、エリンに危険な潜入任務を命じます。しかしその時に犯した取り返しのつかない過ちは、片時も彼女の心から離れず、今も彼女を苛んでいました。醜い真実と嘘を塗り固めたその暗い秘密は長年彼女を蝕み続け、そして今、ついにエリンに運命の審判が下される時が来たのです。



 まずオープニングで驚くのはキッドマンのアップです。アカデミー賞受賞歴のあるビル・コルソが施した特殊メイクは、エリンの荒んだ生活態度と、それほどまで投げやりな人生を送っているということが瞬時にわかるような容赦ない仕上がりです。『モンスター』のシャーリーズ・セロンもそうでしたが、まさに今まで見たことのないニコール・キッドマン。しかも外見だけでなく、凄まじい演技でキャラクターの内面をも見事に表現しています。2019年ゴールデングローブ賞(ドラマ部門) 主演女優賞にノミネートされたのも納得です。監督のカリン・クサマの強い要望により、LAでのオールロケが敢行されました。ジョー・イデ『IQ』シリーズでおなじみのサウスセントラル地区でも撮影されています。


 最後に、ニコール・キッドマンのファンはもちろんですが、この映画、誰よりもセバスチャン・スタンのファンの人に観て欲しいんですよ!! ジム・トンプスンを彷彿させる殺伐とした破滅系ノワールの中で、彼の登場する場面は束の間の清涼感をもたらします。エリンが全ての希望を捨て去った理由に彼がどう関わっていたのか、その悲しい真相をぜひ劇場でお確かめください。

■映画『ストレイ・ドッグ』予告編|10月23日(金)公開■



CAST
ニコール・キッドマン/NICOLE KIDMAN
トビー・ケベル/TOBY KEBBELL
タチアナ・マズラニー/TATIANA MASLANY
セバスチャン・スタン/SEBASTIAN STAN
スクート・マクネイリー/SCOOT MCNAIRY
ブラッドリー・ウィットフォード/BRADLEY WHITFORD
トビー・ハス/TOBY HUSS
ジェームズ・ジョーダン/JAMES JORDAN
ボー・ナップ/BEAU KNAPP
ジェイド・ペティジョン/JADE PETTYJOHN

FILMMAKERS
監督/カリン・クサマ
脚本/フィル・ヘイ&マット・マンフレディ
製作/フレッド・バーガー、フィル・ヘイ、マット・マンフレディ
製作総指揮/マイカ・グリーン、ダニエル・スタインマン、ダン・フリードキン、ネイサン・ケリー、ブライアン・カヴァナー=ジョーンズ、トーステン・シューマッハー、ニック・バウアー
撮影監督/ジュリー・カークウッド
美術デザイン/ケイ・リー
衣装デザイン/オードリー・フィッシャー
メイクアップ・デザイン/ビル・コルソ
ヘアデザイン/バーバラ・ロレンツ
編集/プラミー・タッカー
音楽/セオドア・シャピロ
音楽監修/ランドール・ポスター

◇30ウェスト提供
◇オートマチック/ファミリースタイル制作
◇ロケット・サイエンス提携

2018年|アメリカ|英語|カラー|スコープサイズ|DCP|上映時間:121分|日本語字幕:チオキ真理|原題:DESTROYER|PG12
配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ
公式HPhttps://www.destroyer.jp/
© 2018 30WEST Destroyer, LLC.

10月23日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho










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