全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! こんなに大好きな読書でも、なかなか進まない時ってありますよね。ページ数を見ただけでもう降参、なんてこともあるのでは。そういう時、自分の場合は大好きだったシリーズものを再読したり短編集を読んだりすると読書のペースが戻ってきます。というわけで今回は、“読んだら絶対面白いのはわかってるんだけど、あのぶ厚さにチャレンジする度胸がない(泣)”と敬遠されがちなアメリカ現役ベストセラー作家のうち5本の指に入るのではないかと思われる(注:あくまで筆者個人の勝手な推測です!)、あの!ドン・ウィンズロウによる中編集、しかも懐かしいあの人とかこの人とかが景気良く登場する『壊れた世界の者たちよ』(田口俊樹訳/ハーパーBOOKS)から『サンセット』をご紹介します。


 サンディエゴで手広く保釈金保証業を営むデューク・カスマジアンは、犯罪者との取引が仕事ですが、犯罪被害者のサポートや虐待被害者の保護施設への寄付など、人に知られることなく善行を施しています。その一方で、保釈金を用立てて釈放された被告たちを必ず法廷に戻らせることにかけては、他の追随を許さないプロ中のプロ。しかし今、デュークは二つのことで大いに悩んでいます。一つはカリフォルニア州による、保釈金制度撤廃法案の可決。法廷で裁かれる前に被告が逃亡しないよう罪状によって保釈金が決められ、支払われた場合、被告は裁判の日に出頭するまで自由になれます。海外ドラマなどでご存じのように、この補償金というのが相当な大金で、担保も無く業者に借りることすらできない被告も多く、経済的に不平等だと指摘され、この制度が撤廃されることになったのです。廃業を余儀なくされ、従業員たちの生活を心配して頭がいっぱいのデュークを襲った二つめの悩みは、こともあろうに三十万ドルという保釈金を払ったテリー・マダックスが出頭せずに逃亡したのです。出頭しなかった場合は保釈保証業者が保釈金を全額支払うことになるため、なんとしてでも被告を探し出さなければなりません。そこで彼は長年の付き合いで友人でもあるバウンティ・ハンターのブーン・ダニエルズに、テリーを即刻連れ戻すよう依頼します。しかしブーンには葛藤がありました。なぜならテリーはかつて世界中に名を馳せた伝説のサーファーで、天才的なサーフィン技術だけでなく、人並外れたルックスとカリスマ性を備え、一目で他人を虜にするような魅力を持ったアイコンだったのですが、ドラッグに溺れた挙句犯罪に手を染め、これまで何度も逮捕されていたのです。かつての憧れの人物が道を踏み外した挙句、自分にもひどい仕打ちをしたにもかかわらず、ブーンは彼が刑務所で一生を終えることに抵抗があったのです。


『夜明けのパトロール』『紳士の黙約』の二作品で登場したブーン・ダニエルズは、地元では信頼を集めるサーファーで元警官、今は私立探偵及びバウンティ・ハンター。毎日サーフィンをしながら暮らしていける程度に働いています。サンディエゴのビーチが舞台のこのシリーズは、サーフィンが生きがいであり、サーフィンさえできれば幸せという主人公と、彼を取り巻く個性的な仲間たちの、サーフィンと地元の海に対する愛情がひしひしと伝わってきました。『ダ・フォース』のように命の危険にさらされる日常を共にする仕事上のバディももちろんいいのですが、趣味のサーフィンを通して知り合ったブーンたちの、波の上でも地上でも何かあったら絶対に助けるという、義務的な必要性がない仲間たちのつながりにはまた別の趣があるんですよねえ。そんな仲間たちを簡単に紹介しますと、ライフガードのデイブ・ザ・ラブゴッド、体重150キロのサモア人、ハイ・タイド、細マッチョのサニー・デイ、日系アメリカ人のジョニー・バンザイ。彼らとブーンが“ドーン・パトロール”のメンバーです。こんな素敵な仲間たちがいるのに、どう考えても今は犯罪者に成り果てたかつてのアイドルに隙を見せてしまうブーン。過去のトラブルのくだりはまるでDV被害のようで、サーファー同士は裏切れないという気持ちもわからないでもないですが、NOと言うのも友情の証のはず。ラストのブーンの決断をどうとらえるかは人によって違うかもしれません。

 なおこの作品にはファンの人なら絶対に嬉しい、あの人が登場します! それが誰なのかはあえてナイショにしておきますが、ヒントは“ぼく”です(笑)。それにしても何が驚いたって、年齢!! いやー、時が経つのは早いですねえ。この中編集には他にもおなじみのキャラが登場し、内容もシリアスなものからスラップスティック調のものまで幅広いラインナップですので、長年のファンはもちろん、ウィンズロウ初挑戦の人、血みどろのメキシコ麻薬戦争から一息つきたい人にもぜひオススメしたいです。


 さて、『サンセット』では「自分のヒーローには絶対に会うな」という鉄則が書かれていますが、この映画でも全く同じことが言われていました。9/4(金)公開のアメリカ映画『ファナティック ハリウッドの狂愛者』です。




 ハリウッド大通りで観光客を相手にパフォーマンスを見せるムース(ジョン・トラボルタ)は、アクション俳優ハンター・ダンバー(デヴォン・サワ)の熱狂的ファン。ある日行きつけの映画グッズ店に彼が現れると知り、天にも登る気持ちだったムースは、ついに会えたハンターから冷たい態度を取られてしまいます。話を聞いて気の毒に思った友人のカメラマン、リア(アナ・ゴーリャ)は、彼にハリウッドスター自宅マップというアプリを教えたのですが、ムースはリアが予想もしなかったある行動に出てしまいます。



 そう聞くと、可愛さあまって憎さ百倍のファンの復讐物語を想像しますが、この映画、ちょっと違うんですよ。え? でもあれはどうなったの? とか、なんで○○しないの? とか、クライムサスペンスとして観てしまうとラストもなんだか煙にまかれたような気になってしまうんですが、もしかしたらハリウッドの都市伝説にこんな話があるのかも。そんなことを考えたのも、監督と共同脚本がリンプ・ビズキットのフロントマン、フレッド・ダーストで、あれほどの人気バンドならおそらくストーカー被害も色々とあって、その中でも最悪のパターンを組み合わせたらこんな悪夢のような物語になったのかな、なんて思わせてしまうような奇妙な作品です。とにかくトラボルタが怪演ですよ!

◆映画『ファナティック ハリウッドの狂愛者』予告編


タイトル:ファナティック ハリウッドの狂愛者
コピーライト:©BILLKENWRIGHTLTD,2019
公開表記:9月4日(金)より全国公開
提供:ギャガ、イオンエンターテイメント
配給:イオンエンターテイメント

監督:フレッド・ダースト
脚本:フレッド・ダースト、デイブ・べーカーマン
出演:ジョン・トラボルタ、デヴォン・サワ、アナ・ゴーリャ、
 ジェイコブ・グロドニック、ジェームズ・パクストン
2019/アメリカ/英語/88分/PG12
原題:THE FANATIC
公式サイトfanatic-movie.jp
公式twitter@FanaticTravolta

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho








◆【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて【毎月更新】バックナンバー◆