全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! こういう状況で仕方ないとはいえ、気軽に海外旅行に行かれないのは残念ですよねえ。お気に入りの翻訳ミステリを読んで、遠い外国に思いを馳せる人も多いのではないでしょうか。自分の場合は、大好きなロンドンをリアルに移動しているような気分を最も味わえる作品が、アンソニー・ホロヴィッツのダニエル・ホーソーンシリーズなんです。というわけで今回は、昨年大好評を博した『メインテーマは殺人』の続編で、話題沸騰大絶賛のミステリ『その裁きは死』(山田蘭訳/創元推理文庫)をご紹介します。


 立派な家が立ち並ぶロンドン北部のハムステッドで、離婚専門の弁護士が殺されます。現場で見つかった凶器は、時価二千ポンドはくだらない激レア高級ワインのボトル。そして遺体の横の壁には、ペンキで書き殴られた“182”という謎の数字が残されていました。小説家である“わたし”アンソニー・ホロヴィッツは、元刑事でロンドン警視庁の顧問ダニエル・ホーソーンの活躍を描いた犯罪ノンフィクション『メインテーマは殺人』に続く二作目執筆のために、再度ホーソーンと組んで謎解きに着手することになったのですが……。

『メインテーマは殺人』でのホーソーンのあまりの強引さというかハイパー傍若無人っぷりに、ホロヴィッツさん気の毒すぎる!(もらい泣き)となった人も多いかと思うのですが、今回ものっけからやってくれましたよホーソーン! 前作既読の人はご存じのように、このシリーズ、フィクションに著者のリアルライフを絶妙に混ぜ込んでいるのです。そのおかげで、ロンドンに実際あるお店とか、街を移動する際の距離感とかの描写が生き生きとしていてとても楽しいのですが、本書ではホロヴィッツが実際にクリエイターを務めた代表作『刑事フォイル』を撮影中のロケ現場から物語が始まります。これ、本当に撮影場面そのものなんですよ。本書では“シーズン7の序盤、フォイルの運転手であるサム・スチュワートが登場する場面だ。”とありますが(注:日本放映時はAXNだとシーズン8の第1話、NHKだと第42話の『新たなる戦い』に該当)、まさにこの場面、ドラマで使われているんです。小説内ではいかにそのロケで苦労したかが詳細に書いてあるのに、いざ観直してみると本当に短い場面で、おまけにその現場にホーソーンが(頼みもしないのに)颯爽とタクシーを乗りつけるという暴挙は、読んでるこっちも胃が痛くなりそうでした!  

 しょっぱなからこの調子でどうなることかと思いきや、案の定、今回も振り回されっぱなしで、一方的に経費も時間も取られっぱなしの語り手ホロヴィッツ先生。人の都合はことごとく無視、聞き込みには口を出させない、相棒が捻り出した推理を頭ごなしに否定する、おまけにあからさまな同性愛嫌悪発言を放つホーソーンは、正直なところ性格的に全く好感の持てない人物なのですが、今回ちょっとだけ(ほんとにちょっとだけ)意外な一面を見せます。しかし本書ではカーラ・グランショー警部という極悪キャラの登場のおかげで、ホーソーンのひどさがやや薄まっているような気がします。<? ネタばらしになるので伏せておきますが、あのエピソード、本気で許せないですよね!!(怒)

 なんか怒りのあまり色々脱線してしまい、じゃあ腹のたつ本なんだ!と思われたら大変なので軌道修正しますと、このシリーズ本当にオススメなんですよ! エンタメ業界裏話や、脚本家あるある、小説家はつらいよ的な要素も大変面白いんですが、性格は悪いけど超絶凄腕な探偵の見事な推理と、腰が低いのになぜかいつもひどい目にあう記録係のイマイチな推理が楽しめるバディ事件簿の魅力が満載の作品なので、未読の方はぜひ一度!

 とは言えそんな感じじゃ腐要素は期待できまい……と思われたあなた! 実はホロヴィッツ作品はこの連載で『絹の家』『モリアーティ』に続いてなんと三度目の登場なのですよ。火元がなくても煙を立たせずにはいられない、グッとくるポイントがたくさんあるのです! たとえば本書では

 ホーソーンはまちがいなく、稀有な才能の持ち主だ。前回の事件を、まるで子どもの遊びのように鮮やかに解いてみせた。その手並はとうてい忘れられない。(中略) とはいえ、人間としては、こんなに癪にさわる相手もいない。

 翌日、キングズ・クロス駅での待ちあわせに現れたホーソーンは、あまり機嫌がよろしくなかった――とはいえ、それは何もめずらしいことではない。わたしといっしょにいるときのホーソーンは、よそよそしく感じが悪いか、あるいはあからさまに無礼かの間を行ったり来たりなのだから。(中略) いったいなぜ、ホーソーンはわたしにこんなにも自分のことを語りたがらないのだろう?

 いや、そんな奴とはもう気さくな雑談とか期待しないでビジネスライクに徹した方が! ていうかそこまで無礼な奴とは手を切った方がいいのでは! なんて思ったりするほどホーソーンとホロヴィッツのコンビは力関係のバランスが一方的ではありますが、そんな外野の心配を吹き飛ばすような爆弾発言が、P.253からP.254に突然出るんですよ!!! あ、ちなみにそこだけ読んでもありがたみはないのでくれぐれも立ち読みとかされないように(笑)。そして感動的なあのラスト! いやー、よかったなあ(しみじみ)。次作はもっと仲良しさんになっていることを心から期待していますので、ホロヴィッツ先生、なにとぞよろしくお願いいたします!
 
 そして今回ご紹介する映画は11月13日(金)公開のTHE CAVEザ・ケイブ サッカー少年救出までの18日間』(2019/タイ、アメリカ)です。『その裁きは死』未読の人は、なぜこの映画? と不思議に思われるかもしれませんが、既読の人は“あの出来事”がどんな状況だったか想像できるのでは。

 タイ北部のチェンライ。少年サッカーチームのメンバー12人は、練習後、コーチと一緒にタムルアン洞窟に入っていきました。ところが急な豪雨で洞窟内の水位が上がり、彼らは閉じ込められてしまいます。入り口から遠く離れた洞窟内で、装備も食料もなく、少年たちの身体は衰弱していきますが、洞窟の内部は狭く距離も長いため、地元の救出チームでは全く歯が立たない状況に。しかし現地にいる各国の特派員のニュース報道を観た専門家たちが、少年たちの命を救うため、世界中から続々と集まってきたのです。

 2018年6月にタイで実際に起きた遭難事故の救出劇を、ドキュメンタリータッチで映画化した作品です。前半は救出に至るまでの現場の混乱やお役所仕事の不便さなどが描かれるのですが、その土地ならではと思われる描写も多々あって、非常に興味深いです。事態の深刻さから米軍もレスキューチームに参加しますが、一刻も早い決断が必要なときになかなか地元の人々と意思の疎通が図れなかったりしてハラハラします。しかし少年たちを救いたい気持ちは皆同じなのが伝わってきます。

 洞窟内の救出では各国からやってきたケイブ・ダイバー(洞窟潜水士)たちが活躍するのですが、その一人ジム・ウォーニーは実際に救助にあたったベテランのダイバーで、実名で出演。他にも十名以上の当事者が、役者たちと一緒に演技をしています。遭難者だけでなくダイバーたちも命がけの救出作業はどのように行われたのか、奇跡の救出劇をぜひ劇場で確かめてみてください。

■奇跡の救出劇!映画『THE CAVE ザ・ケイブ サッカー少年救出までの18日間』予告■

 

タイトルTHE CAVEザ・ケイブ サッカー少年救出までの18日間
コピーライト表記
© Copyright 2019 E Stars Films / De Warrenne Pictures Co.Ltd. All Rights Reserved.            
配給:コムストック・グループ+WOWOW
公開表記:11月13日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

監督・脚本・製作
:トム・ウォーラー
脚本・製作:カトリーナ・グルース
脚本:ドン・リンダー
出演:ジム・ウォーニー、エクワット・ニラトウォラパンヤー(Netflixドラマ「転校生ナノ」)、ジェームズ・エドワード・ホーリー、ノパドン・ニヨムカ、エリック・ブラウン
2019年/タイ・アイルランド/英語・タイ語/原題:นางนอน(ナンノン)英題:The Cave/104分
配給協力:REGENTS

公式サイトhttp://cave18.jp/

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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