全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 突然ですが、本を選ぶ時の一番の決め手って何ですか? 好きな作家の新刊やシリーズものの続編でもないとなかなか手に取りにくいという人もいるかと思いますが、自分の場合は本邦初訳というだけでもう購買意欲大アップ! また一人お気に入りの作家が増えるかもと読む前から楽しみでしかたないのに、さらにその本の帯に“イタリア発、21世紀の〈87分署〉シリーズ!!”と書いてあったらもう期待するしかないでしょう!!! 87分署シリーズといえば間違いなく警察小説の金字塔であり、なおかつ刑事部屋バディミステリの先駆けともいえるエド・マクベインの名作。そこで今回は、87分署ラヴァーの期待を一身に背負ったマウリツィオ・デ・ジョバンニ『P分署捜査班 集結』(直良和美訳/創元推理文庫)をご紹介します。

 舞台は現代のイタリア、ナポリ。海岸沿いの高級住宅地にある豪邸の一室で女性の遺体が発見されます。事件の捜査を任されたのは、いわくつきのピッツォファルコーネ署(P分署)。というのも、この署の捜査班に所属していた刑事4人が麻薬捜査で押収したコカインの量を少なめに虚偽申告してギャングの刑を軽くし、さらには自ら横流して私腹を肥やしたのです。事件の発覚で刑事たちは逮捕、署長も責任を取って辞職し、署自体も閉鎖目前だったのですが、急遽新案が持ち上がります。それはナポリ市内の4つの分署から人員を集め、新しくP分署の捜査班を結成すること。新署長を任されたキャリア畑のパルマ警視は、かつて「クロコダイル事件」と呼ばれた連続殺人事件を見事に解決したものの、そのせいで疑惑を持たれて署内で厄介者扱いをされているロヤコーノ警部をメンバーに引き入れます。新しい職場でのスタートを迎えたロヤコーノ警部は、今度の同僚たちの全員が、自分を含めて何かしら問題を抱えたはぐれ者の集まりだったことを知るのでした。

 今年の翻訳ミステリー大賞の最終候補まで残ったソフィー・エナフ『パリ警視庁迷宮捜査班』(早川書房)もそうでしたが、“今までダメ扱いされていた人が実はすごい特技や才能を持っていて、環境が変わった途端に実力を発揮する”物語って、とにかく魅力的ですよね! 本書の面々も、明らかに元の職場から疎まれてきたアウトロー。ではどんな人たちなのか簡単に紹介しますと、
 
■パルマ署長 仕事熱心なあまり職場に寝泊まりする、外見を気にしない40男。人当たりが良く部下思い。
■ロヤコーノ警部 40代前半。黒髪で冷静。ひそかに「中国人」とあだ名がつけられている切れ長の目をした強面マッチョ。バツイチで娘一人。
■ピザネッリ副署長 最年長の61歳。自称“界隈の生き字引”。家族の不幸を乗り越えられず、自分のためにとある捜査を続けている。
■カラブレーゼ副巡査部長 副署長同様、もともとP分署所属。有能だが家庭内の問題を無理に仕事で紛らそうとしている。IT関係が得意。
■ロマーノ巡査長 自他ともに認める武闘派。突然の抑えきれない暴力衝動のために公私で問題を起こす。あだなは「ハルク」。
■ディ・ナルド巡査長補 地味で口数が少ないが、銃器を愛し、射撃の腕も抜群。以前いた署内で発砲事件を起こしたせいで異動された。
■アラゴーナ一等巡査 アメリカの刑事ドラマの見過ぎによる服装と行動がイタイ。危険運転のスピード狂だが、有力者の親類のおかげで首にならない。

 このキャラ設定だけでもう面白さが決まったようなものですが、型破りでありながら、着実にじわじわと犯人を追いつめていく捜査の展開は、刑事ものの醍醐味を存分に味わわせてくれます。ときに挟みこまれる語り手不明の謎の独白は、事件にどう関係するのか。それがわかった時に、本書のなんともいえない独特の苦さを感じます。元祖87分署シリーズの読みどころのひとつは、複数の事件が同時に起きる臨場感ですが、本書もメインの殺人事件以外にふたつの異様な事件が起きます。特に、のぞき見が趣味の老女による通報の真相は、深刻な社会問題を浮き彫りにし、読者の心に深く突き刺さります。他にも家庭内暴力や人種差別問題などが日常の一コマとして描かれ、読後も強い印象を残します。そんな容赦ないリアリズムにも作者のマクベインへの愛と尊敬が感じられる本書は、現代版87分署として申し分ない出来栄えではないでしょうか。あ、これは勝手な思い込みなのですが、コーヒーを出してくれた管理人のマスコーロってやっぱりミスコロのオマージュですよね?
 
 さて、それではお待ちかねの腐要素ですが、何といってもロヤコーノとアラゴーナですよ! 一番避けたかったアラゴーナとコンビを組まされ、無理やり命がけのカーチェイスに巻き込まれたり、ドラマかぶれのトンチキな言い回しであやうく聞き込みが失敗しそうになったりと振り回されるロヤコーノですが、ぐっと我慢して彼の成長を見守ろうとします(多分)。一方のアラゴーナはといえば、ニヒルな警部にちょっと憧れている気配がそこかしこにあってほほえましいです。ルックスからしてもロヤコーノは87分署のキャレラなんですが、アラゴーナはバート・クリングがモチーフでないことを祈ります……。

作者の経歴等は吉野仁さんの詳しい解説をぜひ読んでいただきたいのですが、そこでも言及されているように本書はイタリアでドラマ化されています。
■TV局公式HP
https://www.raiplay.it/programmi/ibastardidipizzofalcone
 どれが誰だかすぐにわかるので、なかなかのキャスティングでは。
 余談ですが今Netflixではローマが舞台のドラマ『カルロとマリク 2人の刑事』が配信中です。

(“https://www.netflix.com/jp/title/80216908”)

 まず驚くのは、主人公のカルロ・グエリエリ警視正のあまりの北方謙三度!!! それはともかく、コンビを組むマリク警視に対する人種差別がひどく観ていて辛かったのですが、なかなか練られた脚本ですし、イタリアの警察署内の様子や捜査の手順などの感じがつかめますので、本書とご一緒にいかがでしょう。なおほぼ毎回ベッドシーンがあるので、お子様と鑑賞の際はお気をつけください。

 さて、ロヤコーノ警部はギャングとの癒着を疑われて古巣を追われますが、最初から堂々と(?)警察とヤクザが合同捜査をするという大胆な設定がたまらない、7月17日(金)公開の韓国映画『悪人伝』をご紹介します。

〈あらすじ〉
 最凶ヤクザの組長ドンス(マ・ドンソク)はある晩帰宅途中に刃物でメッタ刺しにされる。別の組による襲撃かもしくは内部抗争かと思いきや、どうやら犯人は連続殺人事件の犯人だったことが発覚。事件を追う刑事テソク(キム・ムヨル)は、自ら犯人を仕留める勢いのドンスを阻止し、二人は不承不承手を組んで犯人捜しを始めることに。



 いくら無差別と言っても、まさかあのマ・ドンソクを手にかけるとは! と犯人の度胸に驚いたのも束の間、凄惨な犯行は止まることなく、ヤクザと刑事の強引すぎる捜査はどんどんとエスカレートしていきますが、ドンスの方は組内での縄張り争いに、テソクの方は違法捜査を隠すために次々と策を練らなければならず、お互い後戻りができない状況に追い込まれます。はたして犯人の動機は? 犯人は捕まるのか、それとも殺されるのか? 手に汗握るアクションとまさかの展開のつるべ打ちで日常の不安を忘れる110分。ラストでは重量級の衝撃があなたを待っています。



ヤクザ&暴⼒刑事vs凶悪殺⼈犯!『悪人伝』予告映像


【キャスト】:マ・ドンソク、キム・ムヨル、キム・ソンギュ
【スタッフ】:監督・脚本:イ・ウォンテ
【クレジット】2019年/韓国/110分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
 原題:악인전(THE GANGSTER, THE COP, THE DEVIL)/韓国語
 配給:クロックワークス
 公式サイトhttp://klockworx-asia.com/akuninden/ 
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シネマート新宿ほか 7月17日(金)公開予定

  

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho














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