全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 
 まずはお知らせでございます。気がついたらこのコーナーを担当して9年目となりました。ここまで続けられたのも、読んでくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。その間に世界はどんどん変わってきました。連載開始からの九年のあいだには出版界や読書界をめぐる情勢も、小説を愛好する人たちの意識も大きく変化しています。そこで今般そうした変化を踏まえ、「読んで、腐って、萌えつきて」というタイトルは今回で最後とさせていただくことにしました。これから2,3か月お休みをいただき、そのあいだ事務局のみなさまや友人たちとも話しあい、ご意見をうかがいながら、あらためて新タイトルのもと、連載を再開する予定です。なにとぞご了承のほど、よろしくお願いいたします。


 それでは本題に参りましょう。今回は、イタリアで数々のテレビドラマや映画を手掛け、ベテランの脚本家として有名なマルコ・マルターニ『老いた殺し屋の祈り』(飯田亮介訳/ハーパーBOOKS)をご紹介します。小説を書くのはこれが初めてなのだそうですが、本人が好きな作家にあげているチャンドラー、エルロイ、ランズデールとはまた違った、濃厚でウェットなノワール作品です。

 主人公は、〈オルソ〉と呼ばれる最強の殺し屋。彼はフランス人のロッソが仕切る組織にかれこれ50年ちかく仕えています。そのボスも今や72歳。子どもたちに代替わりする頃合いですが、悪の権力は捨てがたく、オルソの手を借りながら暗黒街の頂点に居座っています。しかしある日、オルソは心臓発作で倒れてしまいます。暗黒街の仕事ひとすじで自分をかえりみなかったオルソでしたが、還暦も超えた今、死ぬ前に一度でいいので40年前に別れた恋人と娘に会いたいと願います。しかしボスのロッソはその頼みをまともに受け取ってはくれませんでした。

 もとはといえば、最愛の恋人とまだ幼い娘と別れたのはロッソのせいでした。組織から逃走し、三人で小さな幸せを得ようと人里離れた場所に潜んでいたオルソを、ロッソとその一味は探し出しました。足を洗いたいと懇願するオルソに、ロッソは恋人と娘がどうなってもいいのかと冷酷に脅したのです。ロッソからは一生逃げられないことがわかったオルソは、全てをあきらめ、別れの言葉も言えないまま二人の前から姿を消します。

 意を決してロッソにはむかい、愛する二人を探し出そうとするオルソの行く手には、つぎつぎと刺客があらわれ文字通り命がけの逃避行となります。かつての友人や手下、そして新たに関わってくる人々を、はたして信じていいのでしょうか。裏切りと暴力と殺戮の果てに、オルソを待ち受けているのはどんな真実なのでしょう。

 ロッソとオルソの関係は、いわゆるヤクザ社会のアニキと舎弟というのともちょっと違って、ロッソの方が一方的に強引な愛情でオルソを縛りつけています。初めての出会いでオルソの才能に気づいたロッソは、「俺が拾い上げてここまで大物にしてやった」と自分の期待どおりにオルソを腕利きの殺し屋に育て上げたことが自慢で、なおかつオルソにとって自分は他の誰とも比べられないほど大きな存在だと信じこんでいたので、大昔に自分が引き離した家族の方を選んだことは、おそらく空前絶後のショックだったのでしょう。可愛さ余って憎さ百倍どころか、一万倍を軽く超えるぐらいの嫉妬の炎がロッソを襲います。彼のそんな性格が如実に表れるのが、ロッソが40年前にオルソが駆け落ちした場所をつきとめたくだりなのですが、その愛憎入り混じる泣き言の一部を抜粋してみますと――

「いったい何考えてんだよ? 俺がこのままお前を忘れるとでも思ったのか」
「いつからのつきあいだと思ってるんだ? 教えてやる……六年だ。もう六年と三か月だぞ? だのに、この俺がお前のことなんて忘れて放っておくって?」
「お前には何ひとつ不自由をさせなかったよな? 何が不満だった? 畜生、俺が答えてやる。不満なんてあるわけがないんだよ。だがな、何より最悪なのは、俺とお前のあいだには約束があったってことだ。俺が行くところには、お前も必ず来る、って約束だ。覚えてるか」

 好きな人との記念日を覚えてるのは微笑ましいとしても、この後に続く脅し文句が完全に嫉妬心ダダ洩れで怖いんですよ……。オルソはロッソの魔の手から逃げて、無事愛する家族と再会できるのでしょうか。最後の数ページがガツンと来ますので、心してお読みいただけますよう。なお、『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014)で大好評を博して以来、世界的大人気の映画監督ルッソ兄弟がこの作品の映画化権を手に入れたようです。舞台はイタリアのままなのか、それともアメリカに移すのか。楽しみに待ちたいと思います。


 オルソと同様、所属する組織にひとり立ち向かう殺し屋をジェシカ・チャステインが演じる『AVA/エヴァ』(2020・米)が公開されます。


 けっして失敗しない凄腕の暗殺者エヴァ。孤独な日々を送る彼女の心のよりどころは、組織で彼女を育て上げたデューク(ジョン・マルコヴィッチ)ただ一人。しかしある日任務で故郷の街に帰ることになり、ずっと連絡をとっていなかった母と妹に再会します。


 この映画で面白いのは、実はエヴァは任務遂行のたびに「このターゲットはなぜ殺されることになったのか」と思わずにはいられないのです。いままで遠巻きにしていた家族との関係が復活したことにより、毎回顔も見えない相手から暗殺指令が出され、機械的に殺人を行ってきたことにエヴァは少しずつ疑問をいだきはじめます。本格的なアクション映画には初出演のチャステインが、さまざまな葛藤を抱えこんで心を閉ざす暗殺者をどのように演じるか、ご期待ください。

■ジェシカ・チャステイン主演『AVA/エヴァ』予告■


『AVA/エヴァ』
*4月16日(金) 新宿バルト9ほか 全国ロードショー

■コピーライト
© 2020 Mannequin Phoenix (Pty) Ltd. and Phoenix Wallace Limited

監督:テイト・テイラー『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』
出演:ジェシカ・チャステイン『ゼロ・ダーク・サーティ』
 コモン『ハンターキラー 潜航せよ』
 ジョン・マルコヴィッチ『RED/レッド』
 コリン・ファレル『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』

2020年/アメリカ/カラー/シネマスコープ/5.1ch/97分/英語ほか
原題AVA/PG12
日本語字幕:平井かおり
配給: クロックワークス

©2020 Eve Nevada, LLC.

▼公式HP:https://klockworx-v.com/ava/

 

♪akira
  「本の雑誌」2021年1月号から連載コラム「本、ときどき映画」が始まりました。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho













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