全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 今年は落ち着かない気持ちのまま年を越すことになり、年末年始は可能なかぎりおうちにこもって読書三昧という方も例年以上に多いのではと思います。そこで本年度最後の回は、

ここ数年で最上級のスリラー」――マイクル・コナリー
息つく間もないページターナー」――リー・チャイルド
ホワイトハウス内部の陰謀を描くパワフルで緊迫感に満ちた作品」――マーク・グリーニー

 
 と三大巨頭絶賛の謀略スリラー、マシュー・クワーク『ナイト・エージェント』(堤朝子訳/ハーパーBOOKS)をご紹介します。


 主人公のピーターはFBI局員。彼の派遣先はホワイトハウスの地下にある危機管理室で、毎晩19時から翌朝の7時まで、緊急電話を取り次ぐだけの深夜番 ―ナイト・エージェント-として働いています。しかし彼の担当する電話は特別なもので、
・発信者は連絡の際に特定の符丁を使う
・受信した者は、発信者の身元と重要性を証明するための暗号を確認する
・確認出来たら、二人の上司(大統領上級顧問ホーキンズ、大統領首席補佐官ファー)のどちらかに電話をまわす
 ことが鉄則で、受信したピーターは決してそれ以上の情報を得てはなりません。しかもその電話は、ピーターが約10か月前にこのポジションについて以来、一度しか鳴ったことがないのです。198センチ、99キロの引き締まった体格の持ち主で、“ボーイスカウト”と揶揄されるほどきまじめに任務に取り組んでいる彼が、こうした一介の電話番に甘んじているのには理由がありました。

 実はピーターの父親はFBI防諜班課長だったのですが、ある日ロシアへの機密情報の漏洩が発覚し、それに直接関わったとする疑いをかけられたのです。そのスキャンダルは全米に報道され、当時中学生だったピーターもいやおうなしに巻き込まれました。さらに悪いことに、渦中の父は疑惑が晴れないまま謎の死を遂げてしまったのです。それ以来ピーターは、自分の行いで父親の汚名を消し去ろうとするかのように、何をするにしても人一倍注意を払い、地道な努力を続けてきました。しかしFBIのような公的機関で働く限り、裏切り者の息子だという事実は常にピーターの重い足かせでした。そしてある真夜中、突然電話が鳴り響きます。緊張したピーターが受話器を取ると、若い女性が切羽詰まった声で符丁を発しました。ローズと名乗るその女性は必死に謎のキーワードを伝えようとし、受話器の向こうから銃声を聞いたピーターはとっさにある決断に踏み切ります。

 前述の理由から、差し出た真似をして足元をすくわれないよう規律を守ってきたピーターでしたが、電話口の相手の生死にかかわる緊急事態で、権限を逸脱してしまいます。一方、殺されたローズの叔父夫婦は、ある重要な国家機密をめぐる諜報任務に携わっていたことが判明。意図せずその秘密を知ってしまったピーターとローズは、冷酷非情な暗殺者に命を狙われることとなります。タイムリミットを目前に、世界をゆるがす巨大な陰謀を二人は食い止めることができるのでしょうか。

 終わってみれば確かに一気読み! 地下の片隅の電話番という地味な設定から、あっという間に血まみれの国際謀略アクションへとなだれこむ本書は、三大巨頭の推薦に偽りなし。読んでいる間は日常の不安を忘れるほどのめり込むことができました。スパイものにはつきものの、疑心暗鬼、裏切り、予想外の黒幕といった要素もいい塩梅で、とりわけ過去に起きたある事件の真相にはゾッとしました。

 さて、それでは肝心の腐要素はどうなのかというと、まずは父の親友で名付け親のグレッグ。かつては一番の相談相手だった元カノとの婚約解消後、ピーターが思いのたけをぶつけることができるたった一人の相手です。いろいろあって疎遠になっていたのですが、久しぶりの再会でも、子供時代に好きだった飲み物を用意してくれるようなナイスガイで、女性にはモテるけれどずっと独身をとおしてきました。

 そして二人目はトラヴァーズ大統領! 毎週二回はピーターや側近たちとバスケの試合をしています。その場では政治の話はご法度で、最初はビクビクだったピーターも、大統領が手心を加えられるのが大嫌いだと知り、真剣なプレイを楽しむようになりました。とはいえ相手は現役大統領なので、怪我をさせるわけにはいきません。一瞬ヒヤッとする場面があるのですが、その時の大統領の対応がいいんですよ!

 この二人とピーターの関係が筆者オススメの読みどころなんですが、実はこれ以上は秘密なので書けません! それでなんとなく予想されると思いますが、読んだら多分その予想よりも「おおっ!」となるのではないでしょうか。ジェラルド・バトラー主演映画『エンド・オブ・ホワイトハウス』のシリーズや、チャニング・テイタム主演映画『ホワイトハウス・ダウン』のファンの方には特にオススメしたい! 以前この連載でご紹介したビル・クリントン&ジェイムズ・パタースン『大統領失踪』(越前敏弥・久野郁子訳)がちょうどハヤカワ文庫版で刊行されたので、1/20のバイデン大統領就任記念として、まとめて一気読みなどいかがでしょうか。

 そして1月は大統領が登場する韓国映画が公開されます。韓国のミステリ、サスペンス映画の面白さには定評がありますが、とりわけ実話ベースの作品は見ごたえのある逸品が多く、今回ご紹介する1/22公開『KCIA 南山の部長たち』は、驚愕の史実を実行犯の立場から描いた、静かなトーンながらも観客にすさまじい衝撃を与える作品です。

 1979年10月、韓国中央情報部(通称KCIA)部長キム・ビュピョン(イ・ビョンホン)は、パク大統領(イ・ソンミン)を射殺しました。大統領に次ぐ権力を持つといわれる情報部のトップで、最も近い側近だった彼がなぜそんな大事件を起こしたのか、物語は、事件の40日前、キムの親友で元情報部部長だったパク・ヨンガク(クァク・ドウォン)が、アメリカ下院議会聴聞会でパク大統領の腐敗政治を告発するところから始まります。



 大統領の命令でキムはワシントンに渡り、かつての盟友を説得しようと試みますが、ヨンガクの決心は固く、なかなか思うようには話が進みません。一方本国では、キムに対抗する警護部門長(イ・ヒジュン)のあからさまな嫌がらせが続いており、事態の収拾はさらに困難を極めていくことに。難問山積みの状況下で、キムはどんどん追い詰められていきます。


 本国では2020年公開作品の興行収入第1位の成績を記録(10月1日現在)。主演のイ・ビョンホンは生粋の諜報部員として、いつものオーラを限りなく消し去り、その鬼気迫る演技で百想芸術大賞主演男優賞を受賞しています。あくまで“実話をもとにしたフィクション”ということで作られた本作、韓国実録映画未体験の方はぜひ一度圧倒されてみてください。

■『KCIA 南山の部長たち』2021.1.22(金)公開【予告編】

『KCIA 南山の部長たち』
 2021年1月22日(金)シネマート新宿ほか 全国ロードショー

コピーライト
COPYRIGHT © 2020 SHOWBOX, HIVE MEDIA CORP AND GEMSTONE PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.
監督:ウ・ミンホ『インサイダーズ/内部者たち』
脚本:ウ・ミンホ、イ・ジミン『密偵』
撮影:キム・ジヨン『タクシー運転手〜約束は海を超えて〜』
音楽:チョ・ヨンウク『悪人伝』
原作:金忠植『実録KCIA―「南山と呼ばれた男たち」』(訳:鶴真輔/講談社刊)

出演:イ・ビョンホン『インサイダーズ/内部者たち』
  イ・ソンミン『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』
  クァク・ドウォン『哭声/コクソン』
  イ・ヒジュン『1987、ある闘いの真実』
  キム・ソジン『ザ・キング』

2019/韓国/5.1ch/114分/字幕翻訳:福留 友子/PG12
原題:남산의 부장들(英題:THE MAN STANDING NEXT)
配給:クロックワークス

▼公式サイト
http://klockworx-asia.com/kcia/

 
 

♪akira
  「本の雑誌」2021年1月号から連載コラム「本、ときどき映画」が始まりました。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho













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