全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 大好きなシリーズ作品の最新作が出たときってとにかく嬉しいですよね! しかもそれがシリーズ最高傑作だった場合、この喜びをどう表せばいいのか! というわけで今回は、待ちに待ったユッシ・エーズラ・オールスンの大人気シリーズ八作目『特捜部Q―アサドの祈り―』(吉田奈保子訳/早川書房)をご紹介します。


 自由を求めてヨーロッパを目指す難民。その数が増えるにつれ、地中海で溺死する犠牲者もわずか一年間で二千人を越しているという痛ましいニュースを観て、崖っぷちの状況にいるスペイン人ジャーナリストのジュアンは千載一遇のチャンスとばかり、遺体が流れ着いたキプロスへと向かいます。彼が撮った「犠牲者2117」と名付けられた老女の遺体の写真は世界中に報道されますが、溺死したと思われたその女性はなんと刺殺されていたのです。その頃コペンハーゲン警察では、殺人捜査課課長ラース・ビャアンの訃報が知らされました。カールはアサドを特捜部Qに配属したのがビャアンだったことを思い出します。しかしその直後、訃報を知ったラースの兄が自殺したことで、アサドは自分の過去に向き合う決心をし、二年前の事件(前作『自撮りする女たち』)で心身ともに傷を負って以来ずっと引きこもっているローセの家を訪れます。しかしそこで一枚の新聞記事を見て驚愕し、号泣します。それはジュアンが撮った「犠牲者2117」の写真でした。

 一作目『檻の中の女』で登場して以来、有能だけれど強引な捜査と短気な性格でトラブルを起こしかねないカールを心から信頼し、深い友情と限りない忍耐で接してきたアサド。気がついたら十年以上の付き合いになるカールと同僚たち、そして私たち読者は、彼がQに来るまでどういう人生を送ってきたのかを今回初めて知ることになります。その凄まじい過去は、忘れようにも忘れられない悲劇、常に頭から離れない悲しみと後悔、そして現在に続く恐怖と怒りに満ちているものでした。ここでは詳しく書きませんが、長年このシリーズを愛読している人ほどその衝撃は大きいはず! それがどのぐらいなのか、本書のカールのセリフをご覧ください。

 目の前にいるこの男は本当に、これまで十年間、俺とふざけ合ってきたアサドなのか? ともに笑い、切磋琢磨してきた相手なのか? 何度も俺の命を救い、俺が命を救ってきた相手なのか? だいたい、これほどの目に遭ってきた人間が、どうしたらまともに仕事なんかできるんだ?

 どうですかこのインパクト! その一方、過去を知ったことで今までのアサドの言動に納得することも多いかと思います。一体どんな過去を背負っているのか、ぜひ本書で確かめてください!! 

 あ、こう書いてしまうと、シリーズ読破してからじゃないと楽しめないのか……と思われてしまうかもしれませんが、実はそうではありません! そもそもアサドの過去はシリーズファンも今まで知らなかったことですし、とりあえず、“コペンハーゲン警察の迷宮入り事件特別捜査班Qに所属する、図体のでかい短気な警部補とラクダのたとえ話が好きな気さくなムスリムのコンビが複雑な事件を解決する”シリーズという認識で大丈夫です! そして本書はクライマックスのアクションシーンが、シリーズ屈指の臨場感! ページを繰るのがもどかしいほどの大迫力なので、単独で読んでも楽しんでいただけるかと!

 そうそう、このシリーズの腐要素といえばもちろんカールとアサドのボケとツッコミなんですけど、本書は内容が内容だけにのんびりとした場面が少なくて、その代わりに随所でカールがいかにアサドのことを心配しているかが語られるので、これもぜひご堪能くださいませ。

「特捜部Q」は本国の映画化もたいへん出来がよく、四作目の『カルテ番号64』まで作られ日本でも上映されたので、そこでファンになった方も多いかと思います。現在『知りすぎたマルコ』が製作途中ということですが、キャストが変わってしまうようです。カール役のニコライ・リー・コスとアサド役のファレス・ファレスのコンビは原作ファンにも好評だったので、ちょっと残念。なお監督はNetflixの日米ヤクザドラマ『アウトサイダー』のマーチン・サントフリート。


 さて、アサドは祖国イラクからデンマークへと逃れてきましたが、8月14日(金)公開の映画『ファヒム パリが見た奇跡』(監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル)は、8歳の男の子ファヒムが父親に連れられて生まれ故郷のバングラデシュからパリに来る、実話を元にした物語です。


 天才的なチェスの才能を持ったファヒム(アサド・アーメッド)は、いつか世界的なチェスマスターになるのが夢。ある日突然、父親が彼をチェスマスターに会わせると言い出し、母親や姉と遠く離れたフランスに向かいます。しかし父親は仕事も見つからず、言葉も通じないパリで途方に暮れていたところ、難民センターに収容されます。職員の紹介でファヒムは近所のチェスクラブに入会しますが、コーチのシルヴァン(ジェラール・ドパルデュー)の指導に我慢ができず、レッスンをやめてしまおうとするのですが……。


 言葉も習慣もまったく違う異国にとつぜん連れて来られた不安や戸惑い、そして淋しさに押し潰されそうなファヒムでしたが、周囲の人々のおかげで居場所を見つけることができました。一方環境に馴染めない父親は、そんなファヒムとの間に少しずつ距離を感じます。しかし彼はパリに来た本当の理由をファヒムに告げることができませんでした。


 主人公を演じたアサド・アーメッドは、3ヶ月前にパリに来たばかりでフランス語を全く話せなかったのが、まさに映画のファヒムと同じようにどんどん言葉を覚えていったそうです。モデルとなったファヒム本人はいまだにフランス国籍を取得できていないとのことで、この映画のように幸せな結末が早く訪れてほしいと願うばかりです。


タイトル:『ファヒム パリが見た奇跡』
==============
監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル 
出演:ジェラール・ドパルデュー、アサド・アーメッド、ミザヌル ラハマン、イザベル・ナンティ 
原題Fahim/2019年/仏/107分/5.1ch/シネマスコープ/カラー/デジタル  
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、ユニフランス 
提供:東京テアトル、東北新社
配給:東京テアトル/STAR CHANNEL MOVIES 
©POLO-EDDY BRIÉRE.
公式HPhttp://fahim-movie.com/
===============
8/14(金)ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国公開
『ファヒム パリが見た奇跡』公式サイト
(“http://fahim-movie.com/”)

  

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho












◆【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて【毎月更新】バックナンバー◆