全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 突然ですが、帯文にひかれて本を買うことってありますか? 自分はタイトルよりも先に目が行ってしまうぐらい帯文が好きなので、初めて通販サイトを見た時には愕然としました……。通販サイトではほとんどの新刊書影が帯ナシで掲載されていたからです。そして、〇〇賞受賞!(おお、CWAなら絶対好みのはず!)とか、映画化決定!(話半分に聞いておこう…)もいいんですが、編集者さんたちの工夫と苦労が伝わるような惹句の帯の本はつい手に取ってしまいます。今年もさまざまな帯文を楽しませてもらいましたが、中でもダントツに惹かれた帯文は――

「もう俺も誰ともしゃべらない。」加瀬亮(俳優)

 
 加瀬亮? 誰ともしゃべらない? ていうか、“もう”って何!????
 というわけで今回はその謎の一言で好奇心を鷲づかみにされた(鶏だけど)、チャールズ・ウィルフォード『コックファイター』(齋藤浩太訳/扶桑社ミステリー)をご紹介します。


 主人公のフランクは32歳。闘鶏界ではちょっとは名の知れたプロの闘鶏家ですが、日々の生活にもことかく始末。ある日突然、最優秀闘鶏家賞を受賞するまで口をきかないことに決めました。そんなことを知らない周囲は、怒鳴っても愚痴ってものれんに腕押しのフランクを結局放っておくしかありません。かつては話好きなフランクでしたが、この状況にすっかり慣れてきて、今では気楽にすら思っています。元来ギャンブル好きのフランクは、試合に負けて一文無しになったものの、持ち前の楽天主義と機知とルックスで数々の危機を乗り越え、全米の闘鶏家が夢見る大試合に勝負をかけます。

 物語は、声は出さずとも頭の中ではひたすらしゃべりまくっているフランクの一人称で語られます。試合を求めてアメリカ南部を渡り歩く勝負師が往く先々のエピソードはどれも大変面白いのですが、この小説の最大のオススメポイントは、闘鶏に関するありとあらゆることの懇切丁寧な説明なんです! 冒頭1ページ目から、いかにして鶏のくちばしに傷をつけるか、そのためにどんな用意が必要か、何に気をつけなくてはいけないのか、それに対して鶏はどう反応するのかを、その光景がばっちり目に浮かぶようにそれはそれは細かく書かれているのです。この本を読まなければおそらく一生知ることは無いと思われる、闘鶏というあまりにもニッチな世界のトリヴィアがこれでもかと詰まっており、しかもそれらが全部興味深い! まさに究極のお仕事小説と言ってもいいかもしれません。

 闘鶏に関してはプロ中のプロで、意外な過去があったり、意外な特技があったり、意外なお洒落さんだったりするフランク。そのひょうひょうとしたキャラクターは人を引き寄せ、普通ならあきらめるような難局もどこからか救いの手が差し伸べられて事なきを得たりと、本人は否定しているものの、どう考えても強運の持ち主。読者はそんなフランクが次々に起こるトラブルをどう片づけるのか、ワクワクしながら読み進むことになります。

 さてそれでは本書の腐要素はといいますと、後半登場するオマー・バラディンスキーにご期待ください! すり切れたオーバーオールと袖をカットオフしたワークシャツに身を包み、真っ黒いヒゲで顔が埋もれているもっさりした相棒は、なんと数年前まではニューヨークの広告代理店の重役! 闘鶏にハマり、都会の生活を投げ捨てて飼育家の道に進んだのですが、持ち前の優しい性格のせいで、闘鶏にエサをやりすぎたり、厳しい訓練に躊躇したりするいい奴なんです。そこで20歳も年下のフランクが師匠となり、手取り足取り教えこむ一方、オマーの方はフランクの声となって交渉したりといいコンビになるんですよ~。オマーにはいろいろ面白いエピソードがあるんですが一つだけお教えしますと、ボロボロの作業着はなんとニューヨークから取り寄せたアバクロンビー&フィッチ製!! そりゃ確かにアバクロといえば洗いざらしで切りっぱなしですけどなぜわざわざ(笑)。

 超ハイカロリーな南部のごちそうの描写なども楽しく、ロードムービーが好きな人にもオススメしたいです。なお本書は1974年にモンテ・ヘルマン監督、ウォーレン・オーツ主演で映画化されており、原作者のウィルフォードは脚本だけでなくエド・ミドルトン役で出演もしています。一生分の闘鶏のうんちくが得られる稀有なこの小説、ぜひご一読のほど。


 

 あくまでも私見ですが、扶桑社ミステリーはその特殊性(褒めてます!)が際立っていて、映画を観た時「あ、これ原作があるとしたら扶桑社だなあ」なんて思うことがよくあるのですが、今回ご紹介する映画はまさに扶桑社っぽい(褒めてますよ!!)驚愕のノワール・ミステリー、『バクラウ 地図から消された村』(ブラジル・フランス/2019)です。 

〈あらすじ〉
ブラジルの小さな村バクラウではある理由で水道が止まり、村人たちは給水車が来るのを待ち、長老の葬送のために村を練り歩く。騒音を立てながらやってくるのは、選挙の票集めに必死の市長だ。そんないつもの光景に、ある日奇妙な出来事が起こり始めるが、それは血も凍るような惨劇の始まりだった。



 ちょっとでも気になった方は、これ以上の情報を入れず、できれば予告編もパスして本編を観ることを強くオススメします。物語の真相と展開もびっくりなんですが、随所にはられたなにげない伏線にも驚くはず! 重要なカギを握る人物には『異端の鳥』で怪演を見せたウド・キアが扮しています。2019年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門で審査員賞を受賞した本作、予想外の結末をどうぞお楽しみに。


『バクラウ 地図から消された村』予告

『バクラウ 地図から消された村』
11月28日(土)シアター・イメージフォーラムにて公開

コピーライト
© 2019 CINEMASCÓPIO – SBS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINÉMA

監督・脚本:クレベール・メンドンサ・フィリオ『アクエリアス』、ジュリアーノ・ドルネレス
出演:ソニア・ブラガ『蜘蛛女のキス』『アクエリアス』
 ウド・キア『奇跡の海』『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『ニンフォマニアック』
 バルバラ・コーレン『アクエリアス』
 トマス・アキーノ「マウス・トゥ・マウス -危険なゲーム-」

2019/ブラジル・フランス/5.1ch/131分/字幕翻訳:上田香子/原題:BACURAU

レーティング:R15+
配給:クロックワークス

公式サイト
http://klockworx-v.com/bacurau/

 
 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho










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