みなさま、こんにちは。
 時期的に何をやっても平成最後の○○と言われてしまいますが、平成最後のお正月と平成最後の節分がすぎ、平成最後の梅が見頃となってまいりました。平成最後の花粉症は早く過ぎ去ってもらいたいですが、そのころにはもう新元号になっているんですね。感慨深いというより焦るわ〜。平成とはいったいなんだったのか……(宝塚星組公演「桜華に舞え」の犬養毅風。だれもわからんわ)。
 気を取り直して、一月の読書日記です。

 

■1月×日
 いつも読むのを楽しみにしているネレ・ノイハウスの〈刑事オリヴァー&ピア〉シリーズ。第六弾の『悪しき狼』も期待を裏切らなかった。

 発端はマイン川で発見された少女の溺死体。なぜか塩素水で溺れたらしい少女には長期にわたって虐待された跡があり、胃からは謎の布切れが……ホーフハイム刑事警察署主席警部のオリヴァーとピアは捜査を進めるが、少女の身元はなかなか判明しない。やがて、女性ニュースキャスターが暴行されて瀕死の重傷を負う。彼女はあるネタ元との接触を控えていた。

 毎回ドイツ社会のさまざまな問題をテーマにしているこのシリーズ。いやはや今回も凄惨な事件です。
 人気キャスターのハンナと反抗ばかりするその娘マイケ。ピアの旧友エマと異常な行動が目立つその幼い娘ルイーザ。それぞれの母娘関係とその周囲の人間関係が丁寧に描かれていて、そこに潜む不穏さが物語全体にからんでくるのがミソ。あちこちでバラバラに起きていると思われたことがひとつに収斂していくさまは見事です。

 前作では腑抜け状態だったオリヴァーもだいぶ復活。女性関係も金銭問題も、ちょっと落ち着いてきたからかな。でもiPhoneの操作は苦手みたい。
 今回も活躍のピアは、意外にも母性本能を発揮。夫クリストフの孫娘リリーがオーストラリアから遊びにきて、最初はうんざりしていたのに、だんだん実の娘のように思えてくるのだ。ピアのことが大好きなこのリリーの言動がすごくかわいくて、それにふりまわされるピアも含めて物語全体の救いになっている。リリーが描いた「だいすきなおばあちんのピナ」の絵、かわいすぎます。クリストフの孫だから、ピアは四十三歳だけどおばあさんなのよね。

 そして、個人的に苦手キャラだったフランクが再登場。不祥事を起こして異動になっていたのだが、なんと内部調査官として戻ってきたのだ。相変わらずのいやなやつだけど、今回初めて彼の過去が明らかになり、なるほどそれでこうなったのか、と腑に落ちた。まあ、いやなやつということは変わらないけど。

 子供の問題がからんでくることや、登場人物たちの家庭生活に重心を置いた刑事ものということから、カミラ・レックバリの〈エリカ&パトリック事件簿〉シリーズにも似た味わい。ノイハウスは児童文学も書いているということなので、子供の置かれた環境について人一倍敏感なのかもしれない。

 タイトルの「悪しき狼」はもちろん、グリム童話にたびたび出てくる悪い狼のことで、ほぼそのままの意味で使われている。悪い狼は普通の人間のふりをして社会にまぎれこんでいるのだ。怖い。

 

■1月×日
 リサ・ガードナーの『無痛の子』は、ボストン市警殺人課の女刑事D・D・ウォレンが活躍する人気シリーズの七作目で、すでに邦訳が出ている『棺の女』の前作にあたる。初めて読んだが、シリーズのこれまでを知らなくても問題なく楽しめた。D・Dによる捜査の過程が描かれるのと並行して、毎回印象的なヒロインが登場するらしい。

 壮絶な殺人事件の現場で階段から転落して大ケガをしたボストン市警殺人課の刑事D・D・ウォレンは、早期の現場復帰を願ってペインコントロールが専門の精神科医アデラインのもとを訪れる。アデラインは特殊な家庭環境に生まれたうえに先天性無痛症で、幼いころ研究者の養女になり、自身の痛み(のなさ)に深くかかわってきた人物だった。しかもアデラインの実父は四十年まえに自殺した有名なシリアルキラーのハリー・デイで、姉のシェイラは十四歳で殺人を犯してから三十年も刑務所暮らしをしている。そして、現行の事件の被害者とハリー・デイの被害者には類似点があった。

 大ケガをして全身痛みのかたまりのようなD・Dがほんとにつらそうで、読んでいて思わず顔をしかめそうになるが、ペインクリニックで痛みとのつきあい方を指導されるくだりが印象的。痛みに名前をつけるとか、痛みを罵倒するよりも痛みに感謝することで楽になるとか。

 肉体的な痛みを感じないとか、痛みに強いというと、うらやましいことのように感じられるが、実際は痛みがないとさまざまな危険に気づくことができず、命を落としかねない。人は痛みを感じることによりダメージを最小限にとどめることができ、回復状態を確認したりもできる。痛みに感謝するというのは理にかなったことなのだ。それを先天性無痛症のアデラインが説くのはたしかに説得力がある。痛みを知らないアデラインがペインコントロールを専門の精神科医というのはなんだか皮肉な話だと思ったが、そういう意味があるのか、と深く納得した。実際、先天性無痛症の子どもは長生きできないらしく、アデラインが四十歳の現在まで生きているのも、細心の注意を払って大切に育てられたからなのだ。
 シェイラとアデライン姉妹の関係、現行の事件と三十年まえの事件との関わり、痛みに耐えながら捜査に関わろうとするD・Dの奮闘など、気になるディテール満載のノンストップサスペンス。時間を忘れて読みふけってしまった。『棺の女』もぜひ読まねば。

 

■1月×日
 ジョン・ヴァードンのデビュー作『数字を一つ思い浮かべろ』は、警察小説と謎解きミステリの両方が楽しめるお得な作品だ。

 ニューヨーク州デラウェア郡に住む四十七歳の退職刑事デイヴ・ガーニーのもとに、大学時代の友人マーク・メレリーが相談に訪れる。スピリチュアル団体を主宰するメレリーのもとに奇妙な手紙が届いたというのだ。手紙には赤インクで「1000までの数字のうち、どれかひとつを思い浮かべよ」と書かれており、別の小さい封筒のなかにおまえが思い浮かべた数字が書かれているとあるので開けてみると、果たしてそこにはメレリーが思い浮かべた数字658が……そして、指示どおりの金額を指定の私書箱に小切手で送ったところ、威嚇するような謎の詩が送られてきたという。メレリーに恨みを持つ人物の犯行と思われたが、友人は警察への通報をしぶり、探偵でもないガーニーが調査をするはめになる。

 手紙を読んだ人が思い浮かべる数字が、手紙を書いた人になぜわかるのか? まずこの謎に引き込まれる。いったいどんなトリックが? しかも犯人はもう一度、今度は電話でそれをやってみせる。それだけではない。入念に構成された手紙、数字当ての謎、宛先違いの小切手を送付させる指示、脅迫めいた詩。そして第二部の「死のゲーム」からは、警察宛ての隠されたメッセージ、途切れた足跡など、犯人の手口は複雑さを極める。多すぎる謎アイテムをひとつずつ検証していくのは読んでいるほうもまどろっこしくなるほどだけど、地道な捜査は警察小説の命。メレリーが主宰する〈協会〉というのがなんだかやけにあやしいので、てっきりそこがらみの事件だろうと思ったら、意外や意外、全然ちがいました。ていうか、そんな単純なはずないよね、てへ。

 ガーニーの奥さんのマデリンは、なんだかいつもツンツンしていて、夫に対して不満をぶつけてばかりいるみたいだけど、最後まで読むとまったく印象が変わります。なかなかできた人だったのね。
 有能だが怒りっぽくて不快なかつての相棒ハードウィック、無能な腰巾着ロドリゲス警部など、強烈すぎるキャラの脇役が多数登場していて、シリーズの今後も楽しみ。映像化にも耐えられそう。そのくせ、若者はみんな同じような顔に見えるらしく(歳のせい?)、トム・クルーズ1号2号というやる気のないネーミングがウケる。

 ガーニーが趣味にしている警官アートというのもなんだか新しい。犯罪者の顔写真を加工して作るアートなのだが、創作活動を通してひらめきを得、事件の謎を解くのだ。奥さんはこの趣味にあんまりいい顔してないから、次回からはもうやってないかもしれないけど。

 本書はアメリカ生まれの「HONKAKU」ミステリなんだそう。古典的な謎解きミステリ、日本のいわゆる「本格ミステリ」って海外でも人気なんですね。でも、Honkaku Mystery と書いてあると、職業柄どうしても「ホンヤクミステリー」と読みたくなってしまいますが。

 

■1月×日
 J・D・バーカーの『悪の猿』もずっと気になっていた作品のひとつ。読んでよかった! なにこれ、こんなにおもしろかったの?と、またもやうれしい悲鳴です。

 ご存じのとおり日光東照宮の三猿は「見ざる・言わざる・聞かざる」。それに「悪をしざる」を加えて四猿と呼ばれる連続殺人犯、またの名を4MKがシカゴの街を襲いつづけて五年。最初は耳、つぎに目、そして舌を白い小箱に入れて黒い紐をかけ、犠牲者の身内に送りつけたあとで死体を発見させる、というパターンで殺人を繰り返す4MKを、シカゴ市警のサミュエル(サム)・ポーター刑事は追いつづけていた。ある日ポーターは、ひとりの男が市バスにはねられて死亡した現場に呼ばれる。男は切り取られた耳がはいった白い小箱を持っていた。「聞かざる」の象徴である耳を届けようとしていた4MKにちがいない。

 犯人死亡で事件は決着をみるが、早く探し出さなければ、耳を失った状態でどこかにとらわれている最後の犠牲者は死んでしまう。ポーターは仲間とともに、死んだ男の所持品から手がかりを追っていく。なかでも男が携帯していた日記は重要な証拠と思われた。

 日記には犯人の子供のころの出来事や家庭環境が綴られているんだけど、これがまたすごいんですわ。特殊な状況で育った犯人のメンタリティがなんとも不気味で、ちょっとジャック・カーリイ風味。怖いんだけど、ぞわぞわしながらも、どんどん引き込まれて読んでしまいます。現在の捜査状況と被害者の様子、そしてこの日記の内容が交互に登場するので、チョコレートとおせんべいのように飽きずにエンドレスリーディングが可能! というのは、よくある構成だけど、怖さとグロさが適度に分散されて、分量多めでも胸焼けがしないんですね(現在のパートも決してグロくないというわけではないけど)。

 さらに、私生活で悲しみを抱えたポーターが胸の内を垣間見せるほんのわずかなシーンが、読みすすむにつれてじわじわと効いてきて……ポーター刑事、応援したいキャラだわ。お調子者のナッシュやデキる女クレアなど、特捜班の面々のキャラも立っている。とくに刑事たち同士の会話がいい。

 そして、予想をはるかに超えた展開。まさかこうくるとは。二転三転するプロットは、ディーヴァー先生をうならせただけのことはある。証拠ボードにどんどん情報を書き足していくのもディーヴァーっぽい。

 どうする? どうなる? まったく先が読めないジェットコースター・サスペンス。刊行時に七福神の杉江さんも絶賛していました。こういうのをページターナーというのですね。ひねりだらけでキレッキレの展開をお楽しみあれ。

 

■上記以外では……

演劇一家の悲劇を描いたパット・マガーの『不条理な殺人』は、舞台が板に乗るまでの過程が細かく描かれていて、演劇好きにはたまらない。息子が脚本を書いた不条理劇をめぐって錯綜する思惑、つねに注目を浴びようとする女優の母の存在感がすごい。

 

ジョー・ネスボの『真夜中の太陽』は『その雪と血を』と同じ世界観の作品。真夜中でも太陽が沈まない極北の地に逃れてきた男のピュアさ、運命に抗おうとする美しいサーミ人女性の強さ、そして詩的で美しいラストがすてき。

 

介護がこんなに怖い話になりうるとは、と戦慄したピョン・へヨンの『ホール』。主人公が四十七歳の「オギ」という大学教授で、どうしても「おぎやはぎ」の小木を連想してしまうが、小木が義母の森山良子に介護されてもこんな怖い話にはならないだろう。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ19巻『ウェディングケーキは待っている』

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