2016年12月にフィオナ・デイヴィスのデビュー作  The Dollhouse  を取りあげましたが、その後、デイヴィスは1作目と同様、ニューヨークのランドマークを舞台に、過去と現在(あるいは、過去とその数十年後)が交差するミステリーを年に1冊のペースで上梓しています。
 2作目の The Address(2017) ではダコタ・ハウス(ジョン・レノン射殺事件の起きたあの高級アパートメントです)が、今回ご紹介する3作目 The Masterpiece(2018) ではグランド・セントラル駅が舞台になっています。


 
 1928年、クララ・ダーデンは、グランド・セントラル駅構内にあるグランド・セントラル美術学校で挿絵クラスの講師をしていた。前年の秋に一流のイラストレーターを目指してアリゾナからニューヨークに出てきたものの、講師は薄給で生活は苦しく、今よりもはるかに女性の地位が低い時代とあって、女性講師のクラスは人気がなく、校長のロレットから今期限りでの解雇をにおわされていた。くわえて、同校で油絵を教えているレヴォン・ザカリアンからは、挿絵や水彩画は油絵よりも低級だと見くだされ、辛い立場にあった。
 しかし、確固とした信念を持つクララは雑誌のイラストレーター募集に応募したり、自身の絵を売り込んだりして、〈ヴォーグ〉誌の表紙を手がけるようになり、さらには、車両メーカー〈ステュードベイカー〉社の広告や自動車の内装デザインの仕事を得、成功への階段を一歩ずつのぼっていく。

 それからおよそ50年後の1974年。ヴァージニア・クレイという女性がグランド・セントラル駅に足を踏み入れる。夫と離婚し、大学生の娘と新たな生活を始めたばかりの彼女は、元夫が弁護士だったことから、法律事務所での仕事を求めていたが速記もままならず、結局、職業斡旋所から紹介されたのは、駅の地下にある案内所での仕事だった。
 地下の狭い場所にこもっての仕事には満足を得られず、本来勤めたかった事務所を覗きにいこうと駅の上層階へのぼったところ、かつては美術学校だった倉庫に迷いこんでしまう。そこでヴァージニアは、埃にまみれた一枚の水彩画を見つける。絵には“クライド”とサインが書かれていたが、裏にはその絵の素描が描かれ、“クララ・ダーデン”という別のサインがはいっていた。不思議に思ったヴァージニアは、絵を家に持ち帰る。
 その後、市内の美術学校に勤める学芸員の協力を得て、絵の作者を突きとめるべくオークション・カタログをめくってみると、その絵に酷似する作品が近々オークションに出される予定で、作者はレヴォン・ザカリアンとなっていることがわかる。
 クライド、クララ、レヴォン、この3人は何かつながりがあるのか。実際にその絵を描いたのは誰なのか。ヴァージニアが調べたところ、クライドという画家は本名を伏せて活動していたが、レヴォンが美術展のおこなわれるシカゴへ向かう途中、列車の事故で他界して以降、作品は一作も発表されていなかった。そのためレヴォンがクライドだと言われるようになっていた。そしてクララは、レヴォンが亡くなった時を境に消息がわからなくなり、おそらく彼と同じ列車に乗っていたのだろうと考えられていた。
 通説は本当なのか、ヴァージニアは真相を求めて調べをつづけるが、ある日、「絵を駅の遺失物取扱所に届けろ。さもないと、おまえの身によからぬことが起きる」という手紙が届く。

 本書を読みはじめたとき、美術学校は架空かと思っていたのですが、実際に駅の東棟の7階にあったそうです。1923年に設立され、1944年に閉校となっています。大恐慌の影響もあったのでしょうか。本書でもその時期に、芸術は贅沢だと見なされ、生徒が減って学校の経営が難しくなり、クララの挿絵のクラスが閉鎖されます。
 デイヴィスの作品を読んでいると、ニューヨークの歴史をかいま見ている気分になりますが、本書でもっとも時代の流れを感じさせるのはグランド・セントラル駅です。1928年には豪華な雰囲気をたたえ、美術学校の自由奔放な生徒が行き交っていた駅も、1974年には天井がすすけ、麻薬の売人や犯罪者がうろつく場所になっています。
 街の様相は変わりますが、このふたつの時代に変わらないものは信念を曲げない女性の姿です。1900年代前半に女性が自立するのは、秀でた才能を持っていたとはいえ、今とは比べものにならないくらい困難だったはずですが、クララは自らその道を切りひらこうとします。かたや、ヴァージニアはとりたてて才能に恵まれていたわけではありませんが、脅迫にも屈せず真相を探りつづけます。
 著者はニューヨークの史実にフィクションを重ね、異なる時代に生きる女性を描くことを自身のスタイルにしているようで、今年の7月に出版予定の4作目 The Chelsea Girls はチェルシー・ホテルが舞台になります。ホテルのどのような今昔が描かれるのか、どのような女性が登場するのか、いまから楽しみです。

高橋知子(たかはしともこ)
翻訳者。朝一のストレッチのおともは海外ドラマ。三度の食事のおともも海外ドラマ。お気に入りは『NCIS』『シカゴ・ファイア』。訳書にジョン・サンドロリーニ『愛しき女に最後の一杯を』、ジョン・ケンプ『世界シネマ大事典』(共訳)、ロバート・アープ『世界の名言名句1001』(共訳)など。

●高橋知子さんによるフィオナ・デイヴィスの巻(その1)はこちら

 

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