今月は去年の五月につづき、リンウッド・バークレイ布教作戦第二弾として、“Never Saw It Coming”(2013)をご紹介します。

 キーシャ・シロンは霊能者として生計を立てています。ただし、あくまで自称。自称というよりは“なんちゃって”と言ったほうがいいかもしれません。霊と交信ができるわけではなく、透視能力もなく、未来や過去が見えるわけでもないのですから。それでも一定数のクライアントがいるのは、相手がどんな言葉を聞きたがっているかを察知する能力があり、話術で納得させるすべを心得ているから。なんの解決にもならないことを言われても、相談者は希望を見出し、あるいは心をなぐさめられ、まあまあ満足して帰っていきます。この程度ならカウンセリングの一種ととらえることもできますが、ときには、行方不明で自殺の恐れがある息子の居場所を“霊能力”によって突きとめ、感謝する両親から謝礼をもらうこともあります。もっとも実際には息子とキーシャはグルで、息子から話を持ちかけられ、それにのったというだけのこと。ここまでくると完全に詐欺。犯罪です。
 そんなキーシャが次なるターゲットに選んだのが、ウェンデル・ガーフィールド。一週間前に妻が買い物に出かけたまま帰らず、事件なのか事故なのか、それとも家出なのか、まったくわからず、不安な日々を過ごしている男性です。彼がティーンエイジャーの娘とともにテレビカメラの前に立ち、妻に帰ってきてほしい、なにか事情を知っている人がいたら名乗り出てほしいと訴えるのを見て、キーシャは彼に接触することを決めます。
 ウェンデルの自宅を訪ねたキーシャは自分の霊能力で奥さんの居場所を突きとめる手伝いができるかもしれないと伝えますが、そんな彼女をうさんくさく思ったのか、ウェンデルは相手にしません。それでもめげずにどうにかこうにか家にあがりこみ、それらしい話をするのですが、やがてふたりのあいだに不穏な空気がただよいはじめ、ついには……!

 ここから話は一気に加速。しかも、あらたな事実がわかるたびにギヤチェンジし、さらには進む方向も変わるという、ツイストのきいた展開に読むほうは翻弄されっぱなし。二百五十ページ程度の短いお話ですが、よくもまあ、こんなに詰めこんだなというくらいの濃い内容で楽しめること請け合いです。タイトルの “Never Saw It Coming” とは、“こんなことになるとは思いもよらなかった”という意味ですが、タイトルに偽りなしの展開です。
 また、ところどころに差し挟まれるユーモラスな描写もいい仕事をしています。たとえば、キーシャの家に転がりこんできたカーク。知り合ったときは建築作業員の仕事をしていたけれど、一緒に住むようになるとだんだん仕事をしなくなり、家でぶらぶらしてばかり。暴力をふるうわけではないけれど、典型的なダメ男。しかも、なにをやらせてもちゃんとできたためしがない。キーシャの命令で、あれこれやらされるのですが、それがことごとく裏目に出てしまうのです。

 ところで、“霊能者”のキーシャ・シロンという名前にぴんとくる方はいらっしゃるでしょうか? わたしはまったく気づかずに読んでいて、途中でテリー・アーチャーの名前が出てきたところで気がつきました。そう、バークレイさんの『失踪家族』(高山祥子訳/ヴィレッジブックス)でテレビ局を通じて主人公のシンシアに接触してきた霊能者です。あのときも、いきなり謝礼の話を持ち出したりして、うさんくささがぷんぷんただよっていましたが、まさかこんな形で再会することになるとは。
 そんなわけで、本作は『失踪家族』のスピンオフという形になりますが、それだけではなく、『失踪家族』の続編  “No Safe House”(2014)との橋渡しを兼ねているところが、そこかしこにうかがえます。どうやら、あの主人公夫妻になにかあったもよう。これはぜひ読んでたしかめなくては。

東野さやか(ひがしの さやか)

最新訳書はシェルビー・ヴァン・ペルト『親愛なる八本脚の友だち 』。その他、クレイヴン『グレイラットの殺人』、スロウカム『バイオリン狂騒曲』、チャイルズ『クリスマス・ティーと最後の貴婦人』。埼玉読書会と沖縄読書会の世話人業はただいまお休み中。ツイッターアカウントは @andrea2121

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