今回はエイミー・ティンテラの Listen for the Lie(2024年)をご紹介します。
ロサンジェルスに暮らすルーシーは祖母の誕生日パーティのため、生まれ育ったテキサス州の小さな町、プランプトンに帰ることにした。祖母に請われてのことだったが、祖母にはパーティとは別にある思惑があった。犯罪実話をあつかったポッドキャスト “Listen for the Lie” のキャスター、ベンにルーシーを会わせようと思ったのだ。
プランプルトンでは5年まえ、ルーシーの親友サヴィーが殺害され、ルーシーが第一容疑者になるという事件があった。彼女が犯人だと示す確かな証拠がなかったため逮捕には至らなかったが、真犯人も見つからず、町の人たちはやはりルーシーが犯人だろうと考えていた。ベンはこの事件をポッドキャストで取りあげようと、ルーシーの両親や祖母、友人たちに話を聞くため、プランプトンを訪れる予定だった。前もってベンから連絡を受けていた祖母は、ルーシーが彼に協力すれば事件の真相を突きとめられるのではないかと思ったのだ。
5年まえのある日、ルーシーは夫のマットと、サヴィーは恋人のコリンと一緒に、知人の結婚式に参列した。翌日の早朝、頭を殴打され息絶えた姿のサヴィーが発見され、少し離れた通りで、ふらつきながら歩いているルーシーが見つかる。ルーシーも頭に傷を負っていたが、服にはサヴィーの血がべっとりとついており、爪の下にはサヴィーの皮膚が残っていた。その状況からルーシーに疑惑の目が向けられたのだが、頭を殴られたせいか彼女は何ひとつ憶えていなかった。その後、ルーシーはマットと別れてロサンジェルスに引っ越し、以来、プランプトンに帰るのは今回が初めてだった。
数章ごとにポッドキャストのエピソードが語られ、ベンがインタビューした人たちの話から当時の様子が徐々に明らかになってくる。
結婚式の会場で、ルーシーとサヴィーが何やらもめているのが目撃されていた。しかし、マットが先に帰ってしまったこともあってか、ルーシーはサヴィーとふたりで会場をあとにする。マットは警察に、帰宅後はずっとひとりで家にいたと話していたが、彼のもとに女性が訪れ、ふたりが口論しているのを隣人が目にしていた。そして女性が帰ったあと、マットは車で出かけたという。サヴィーが殺害されたのは、遺体が見つかる2時間ほどまえと目されていたが、その時間のマットのアリバイはなかった。
サヴィーの恋人コリンが、痴話げんかがもつれて彼女を殺してしまった可能性も考えられたが、サヴィーが殺されたころ、べつの女性と車のなかでのセックスを楽しんでいたとのことだった。
サヴィーは周囲から好かれていて、彼女に恨みを抱いている人はいそうになく、アリバイのないマットにしても、彼女を殺さなければならない理由はないと思われた。
しかし、ルーシーはサヴィーに秘密があるのを知っていた。サヴィーは過去に殺人をおかしたことがあったのだ。あるバーで言いよってきた男に襲われそうになったので、ナイフで刺し殺したという。正当防衛ではあったものの過剰に刺してしまったので、警察には言わず、ひとりでなんとか男の遺体を車に乗せて沼地まで運び、遺棄したとのことだった。明るくて優しいと評判のサヴィーにそのようなことができるとは、誰も思わないだろう。
もうひとり、端からはわからない一面を持つ人物がいた。マットだ。彼も人当たりがよく、恨みをかったり嫌われたりすることはなかった。しかし実際は、ルーシーに暴力をふるったり、まわりの人たちに、彼女がひどい妻だと思わせるような嘘をついたりしていた。ルーシーが離婚したのもマットの暴力が原因だった。
ルーシーはそのことを家族にも言っていなかったが、なぜかサヴィーは勘づいていた。そしてルーシーに、「マットを殺してしまおう」と殺人計画を持ちかけていた。
もしかすると、マットがサヴィーの計画に気づいて彼女を殺し、ルーシーに罪を着せようとしたのかもしれない。あるいはサヴィーが計画を実行にうつそうとして、反対に殺されてしまったのか。記憶をさかのぼっても、ルーシーは当時の状況をまったく思い出せなかった。
小さな町の限られた交友関係のなかでの殺人事件という、ごく平凡な題材だけれど、ポッドキャストのエピソードによって、少しずつ町の人たちの関係や人物像が見えてきて、じわじわと緊迫感が増してくる。
若い女性(事件当時、ルーシーもサヴィーも24歳)が無慈悲に殺され、その友人が何年も犯人だと思われつづけている(両親までもそう思っている)ことを考えると重苦しさを感じるものの、祖母の誕生日パーティの準備やその当日の話などには、柔らかな雰囲気もただよう。その雰囲気を作りだしているのが、ルーシーの祖母である。自分の誕生日を口実にルーシーを呼びもどして、ベンと会わせようとしたのは、実際に何が起きたのかを明らかにするためというのはあるが、ベンがハンサムだからでもある。自分にも恋人ができたらしいが、孫にも「いい恋をしなさいよ」という祖母心なのだろうか。
著者のティンテラはこれまでYA小説を何作か出しており、大人向けの小説は本書が初めてとなる。シリアスな作品もいいが、ユーモア路線も走れそうな作家だ。
高橋知子(たかはしともこ) |
翻訳者。訳書にデドプロス『シャーロック・ホームズ10の事件簿』、ミラー『5分間ミステリー 裁くのはきみだ』、プラント『アイリッシュマン』、ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら』、ファージング『世界アート鑑賞図鑑 [改訂版]』(共訳)など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『シカゴ・ファイア』 |