今回は、極秘裏に養成された元米軍工作員が暗躍するスティーヴン・コンコリーの Alpha(2011年)を取り上げます。


 著者(公式サイト)は米国海軍兵学校を卒業後、八年間の軍隊生活を経て The Jakarta Pandemic(2010年)で作家デビューを果たしました。2023年12月には初の邦訳となる『救出』(熊谷千寿訳/扶桑社)が出たばかりです。
 
 工作員だった過去を封印し、メイン州で暮らす会社員のダニエル・ペトロヴィッチは、かつての上官、サンダーソン准将から突然の連絡を受け、ある人物の暗殺を依頼される。
 その夜、アルカーイダに資金を提供しているとしてFBI(連邦捜査局)が3年がかりで極秘に捜査を進めていた8名の人物が、サウスカロライナ州からメイン州に至る米国東海岸の各地で殺害される事件が発生する。
 9.11規模の攻撃が仕掛けられる前触れではないかと司法組織や情報機関が身構える中、捜査班を率いるライアン・シャープの下にロードアイランド州ニューポートで現地のFBI支局が容疑者、ジェフリー・ムニョスを逮捕したとの連絡が入る。
 ムニョスは司法取引と引換えに、〈ブラック・フラッグ〉と呼ばれる工作員養成プログラムを創設したサンダーソンが今回の事件に関わっていることを明かす。
 シャープは直ちに国防省に保管されている機密資料の閲覧を申請し、東海岸だけで11名の元〈ブラック・フラッグ〉工作員の存在を突き止めるが、その中にはペトロヴィッチの名前もあった。
 一方、FBIが進めていた捜査にはCIA(中央情報局)も関わっており、対テロリズム部門に所属するカール・バーグは、開示された国防省の資料の中にマルコ・レシャの名前を発見する。
 レシャは90年代末期にバルカン半島で消息を絶ったCIAの潜入工作員、ニコール・エラクを殺害したとされる男の名前だった。
 エラクの元上司であり、密かに復讐の機会をうかがっていたバーグは、レシャとペトロヴィッチが同一人物であることを突き止め、自分に貸しがあるNSA(国家安全保障局)職員と民間軍事会社〈ブラウン・リヴァー〉の社員に各々連絡を入れる。
 その頃、ペトロヴィッチはサンダーソンと合流するべく、ワシントンDCへと向かっていたが……  
 主人公が過去の因縁から大掛かりな陰謀に巻き込まれる内容ではあるものの、実に捻りの効いた作品に仕上がっている。
 物語の冒頭で、ペトロヴィッチはサンダーソンの部下であるジェイムズ・パーカーから呼び出しを受ける。ところが、スターバックスで会おうというパーカーに対してペトロヴィッチは別の店を強引に指定し、先回りして待伏せする。かつて凄腕の工作員として鳴らしたペトロヴィッチの評判をサンダーソンから聞かされているパーカーは圧倒されるばかりで、暗殺は引き受けさせたものの、これ以後は連絡を寄越すなというペトロヴィッチの条件を呑まされる。
 そして8件の殺人事件が一夜で起こり、FBIとCIAの双方から追われる身となったペトロヴィッチだが、それでも動じることなくサンダーソンが立案した逃走計画通りに行動する。ところが途中からは自分の直感に従い、ためらうことなくそこから逸脱する。
 皮肉屋で、権威に反発する性格の持ち主であるペトロヴィッチが〈ブラック・フラッグ〉に参加することになる経緯と、サンダーソンと初めて会う場面は、本作の7年後に発表された短編の Inception で描かれている。
 サンダーソンは、訓練生としては成績優秀、しかし教官たちの頭痛の種でありながら、いざ任務に就くと抜群の成果を挙げたペトロヴィッチを高く評価しており、かつて眼をかけた優秀な部下が造反しても動じることなく、数年かけて練り上げた計画を遂行するべく、状況に応じて微調整を続ける余裕の持ち主でもある。
 不測の事態が次から次へと発生して目まぐるしく展開する物語はペトロヴィッチだけでなく、シャープやバーグ、そしてサンダーソンの眼を通して描かれ、たった3日間のうちに終結する。370ページ強の作品だが、意表を突く事態が次から次へと起こって一気に読める快作である。

〈ブラック・フラッグ〉シリーズ/作品リスト
 Alpha(2011年)本書
 Redux(2012年)
 Apex(2012年)
 Vektor(2013年)
 Omega(2017年)
 Inception(2018年/短編、Alphaの前日譚)
 Covenant(2018年/短編、Omegaの前日譚)
 Vindicta(2022年)

寳村信二(たからむら しんじ)

 韓国映画には疎い筆者であるが、先日鑑賞した『貴公子』(監督:パク・フンジョン)は今年観た中でもベスト3に入る傑作だった。

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