みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。年明けから韓国ミステリーの邦訳出版が相次いでいますが、皆さま楽しんでいらっしゃいますでしょうか。


【写真上:『あの子はもういない』原書】



 さて、2月アタマに刊行されたイヤミスKスリラー、『あの子はもういない(原題『シスター』)』(小西直子訳、文藝春秋)はもうご賞味されましたか。こちらは、韓国の書籍や映画、ドラマなど、多様なコンテンツの国内外普及事業を推進する「韓国コンテンツ振興院」が展開する人材発掘プログラムを通してデビューしたイ・ドゥオンのデビュー作となっています。
 あらすじに関しましてはコチラで杉江松恋先生が詳しく解説してくださっていますので、ここではざっくりとかいつまんでご紹介しますと、「高校生殺害事件の容疑者である妹さんが行方不明です」と突然の知らせを受けた姉のソンイが、十年前に別れたきりの父と妹が暮らす家を訪れたところ、いたるところに設置された監視カメラを発見。さらに父親は7年前にすでに施設暮らしの身となっていたことが発覚するのですが、その後、幼い妹はどうやって暮らしてきたのか? 父と妹の十年間の足跡そくせきをたどるため、ソンイが奔走します。
 この主人公姉妹、両親がその昔(売れない)俳優、女優だった関係で、幼いころには「芸能人二世」としてリアリティ番組にも出演したのですが、幼い子どもがさらされた煌びやかな、かつドス黒い芸能界の裏側も描かれます。韓国では実際、芸能人の子どもにスポットライトを当てたリアリティ番組(日本でも人気。)や、幼い子どもを対象にしたオーディション番組(これがまたドギモを抜かれる歌唱力をもつ子どもがドカドカ登場する。)が人気。幼い子どもを華々しい表舞台に立たせ、子どもたちは大人に媚を売ることを覚え、視聴者から賞賛の言葉と羨望の眼差しを受け、はたして甘い蜜を吸っているのはだれか。この作品は、賛否両論のあるそんな風潮に対し警鐘を鳴らすミステリー、という見方もされているようです。
 暗闇から始まり暗闇で終わる読後感ドロドロのこちらの作品(のため、人生の暗闇をさまよい中の人は読まない方がよいという噂もあり。)、大手映画会社と版権契約が結ばれており映画化が待たれているようです。また、昨年公開となったチャン・ドンゴン主演映画(3月にDVD発売)の原作、『七年の夜』(カン・バンファ訳、書肆侃侃房)は2017年に邦訳出版されていますが、同作者チョン・ユジョンのサイコサスペンス『種の起源』(カン・バンファ訳、早川書房)もこの2月に邦訳出版され、こちらも映画化が進められているとのこと。近年とみに映画化が活発な韓国ミステリー界ですが、本日は映画関係者によるミステリー小説を二つほどご紹介します。


【写真:『庭のある家』】

 まずは、前述の作品同様「韓国コンテンツ振興院」によるジャンル作品普及事業を通し、ミステリー専門レーベル「エリクシール」より出版された『庭のある家』。作者キム・ジニョンは映画の演出やシナリオ制作を手がける映画バタケの方で、こちらが初の小説作品。    
 医師である夫のジェホ、息子と共に夢のマイホームに入居したばかりの専業主婦ジュラン。何不自由ない生活を送っているように見えながら、だれもいないはずの二階から聞こえてくる物音と、庭に漂う異臭(ハングルを読める方には書影のオビで何の匂いかバレてしまいますが……)に悩まされています。結婚以来、全面的に頼ってきた夫、頼れる夫に相談しますが、十数年前に殺害された姉の命日が近づきナーバスになっているせいだとなだめられ、へたに頼れる夫であるがゆえ、そうか、そんなものか……と納得……しようと思った矢先、夫が「あること」で自分を欺いている事実が発覚。ジュランの心の中で、夫へ対する不信感がムクムクと膨れ上がります。
 一方、ジェホと交流のあった製薬会社MRのユンボムの遺体が貯水池から上がります。待望の第一子の誕生を待つユンボムの妻サンウンはあれこれ証拠物件を突きつけながら、オタクのご主人がウチの夫を殺したでしょ! とジュランに迫りますが、これにはとんだカラクリが(なんて言った時点でカラクリに気づいてしまったらすみません)。ジュランはジュランで、その気勢に押されてますます夫不信に。さて、ジュランを不安に陥れた庭の異臭の正体は? そしてユンボムの死の真相は。全体を通して、一見、幸せそうなオクサマ暮らしのジュランとパートの稼ぎで家計を支えるサンウンという、対照的な二人の女性の視点で接点のない二つの事件が交互に描かれていきますが、徐々に接近する二人と二つの事件。夫へ対する信頼感の崩壊に苦しむジュランと、夫を失いながらも、やがて生まれ来る子どものため、自ら幸せな家庭を築こうと並々ならぬ行動力を発揮するサンウン。最後の最後まで事件の決着がどうつけられるのか見えず、二人の心理的攻防戦に振り回されながらストーリーを楽しめます。
 

【写真:←『コムタン1』『コムタン2』→】

 続きましてご紹介するのは、本業が映画監督であるキム・ヨンタクによるベストセラー小説『コムタン』。『コムタン』の意味するところは皆さんご存じ、あの韓国料理の「コムタン」で、「1:未来から来た殺人者」「2:12人が消えた夜」の2巻組となっています。タイトルからはまったくミステリー臭が感じられず、しかも「タイムトリップが可能となった近未来。だがそれは命がけの、危険極まりない旅だった!」と、SF作品を思わせるキャッチコピーつき。はたしてどれだけミステリーなのかと思いながら読んでみました。
 時は2063年、まともな家畜の肉が入手困難となった時代。食堂の調理補助員として働く孤児院育ちの中年男ウファンが、ホンモノの肉を使ったコムタンの味が忘れられない社長の命を受け、ホンモノのコムタンの作り方を習得するべく2019年へと向かいます。ウファンはそこで、社長に指定されたコムタン食堂で意外な人物に出会い(なんて言った時点で意外じゃなくなってしまったらすみません)、未来に戻るか過去に留まるか激しく葛藤(ちなみに過去に留まることは、その時代に存在しない人物が存在することになりかねないので契約違反)。へたにウファンに感情移入しすぎると大層な困惑に陥り、ねぇねぇ、こんな状況(タイムマシンで過去に行ったらこんな人に会っちゃって、あっちの世界にいればこうだけど、こっちに帰ってきちゃったらどうのこうの……)になったらどうする、過去に残る? 帰ってくる? どうするのが正解だと思う? と周囲の人に聞きまくることウケアイ。
 タイムマシンは潜水艦型で、2063年の海中から2019年の海中へ移動するというもの。そいつがまたとんだシロモノで、乗客すべてが目的の時代に到着できるとも限らず、もちろん無事に戻れたためしがないとの噂。そのため、現代でいうところの宇宙旅行のように大金持ちが面白半分に利用するものではなく、多額の報酬を期待する者、現在(というべきか未来というべきか)の人生に絶望した者が雇用主からの依頼と大金を受けて旅立つものなのです。ちなみにウファンがタイムマシンで出会った若者は、人を殺しに行くのが目的。ただ、出発時点で標的となる人物は不明で、「12人もの人物を殺害した殺人犯」とだけ指定されているのですが、その凶悪殺人犯の正体はいかに。
 作中では、2019年には存在しないモノを使った銃撃戦があったり、瞬間移動が用いられたりと、やはりSFの要素は強く、ちょいグロ残虐シーンも散在していますが、物語の中心に据えられているテーマは家族愛。家族の崩壊をドロドロと描いた『あの子はもういない』とはマギャクの、ほろりと泣けて心温まる穏やかなエンディングとなっています。映画監督の手による作品であるだけに、読んでいても脳内で映像化可能、映画化したら絶対おもしろい! 
 余談ですが作者のキム・ヨンタクは、福岡アジア映画祭グランプリ受賞作品『ハロー!? ゴースト』の監督・脚本担当者。チャ・テヒョンにコ・チャンソク、チャン・ヨンナムという出演陣の顔ぶれを見るだけでなんだか笑えてきてしまうこちらの作品、予想を裏切らないハートフルコメディーとなっております。人生に絶望し自殺未遂を繰り返しながらも、4人のゴーストにとりつかれたことで希望の光を見出した青年サンマンの、涙と笑いが満ち溢れた物語。ミステリーとはまったく無関係ですが、機会があればぜひ一度ご覧ください!

■映画『ハロー!?ゴースト』予告編■

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。









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