みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。北海道もずいぶん暖かくなり春めいてきました。こんなのどかな気候とは裏腹に、「それってフィクションの世界の話じゃなく?」と耳を疑いたくなるような、現実に起こってはならない不穏な事件ばかりが目につく気がする今日この頃ですが、本日ご紹介する作品たち、こんな時代にこんな作品をエンタメ小説として紹介するのはいかがなものかと良識を疑われそうな気がしなくもない部類でして……。たまたま用意していたのがこちらの作品だったもので、ご容赦いただければ幸いです……。で、その不穏なエンタメ小説の作者は、すでに『誘拐の日』(米津篤八訳、2021年、ハーパーコリンズ・ジャパン)で日本の読者からも好評を得ているチョン・ヘヨン。そろそろ次の邦訳作品の知らせが聞こえてきてもいいのでは? という期待も込めて、二つの作品をご紹介します。


 一つ目は2020年に出版された長編ミステリー、『パッケージ』。タイトルの『パッケージ』は、「パッケージ(パック)ツアー」のことで、お気軽、お手軽に非日常気分を味わえる「格安日本ツアー8万ウォン(約8000円)!」が物語の舞台。ソウル発のそのツアーの集合場所に、レジャーには似つかわしくない風貌の中年男性キム・ソギルと息子のドヒョンが出発時間を過ぎた頃に現れます。若者のカップルやオバチャンたちの参加が多い中、父親と幼い息子という少々珍しい組み合わせは否応なしに人目をひき、「話しかけるなよ」のオーラをぷんぷんと漂わせた父親の姿は、彼の意に反してオバチャンたちの好奇心を刺激します。
 釜山へ向けて出発した観光バスは、昼食のため途中のパーキングエリアに停車。その後、次の目的地へ出発しようとしたとき、またしてもソギル親子が集合時間に現れません。仕方なく添乗員がパーキングエリアに待機し、運転手と残りのツアー客だけが次の目的地、特産物展示販売所(ツアー料金はお安く設定するので、ここでお金をたんまり落としてくださいね、というお約束の経由地)に向かいます。
 販売所では、ここぞとばかりに販売員たちが手ぐすねを引いて待ち構え、そんな販売員たちの口車に乗せられたツアー客のオクチャが土産を購入しようとしますが、財布が見当たらない。鞄の中身を床にブチまけても見つからない。そこで、はたと気がつきます。そういえば、財布を入れたボストンバッグをバスのトランクルームに預けたままだと。そこで一度バスに戻り、運転手さんにトランクルームを開けてもらい、ボストンバックを探ろうとしたところ……手が! バッグから血まみれの子どもの手首がーーーーー!!
 ……という事件の開幕が記されているのが34ページ。なかなかのスピーディーな展開がステキ。停車中もバスは開放されていて、誰でもトランクルームに接近可能だったわけですが、いったいなぜオクチャのバッグに切り刻まれた死体が? 事件を担当することになった刑事サンハは関係者への聞き取り調査を開始しますが、目に見える事実とその裏に隠された実情、人情、親子の情のもつれに翻弄されます。
 捜査の進行とともに、ドヒョンの異母兄弟であるスヒョン、ソギルの元愛人、嫁の秘密を握った姑などに関する情報も絡み出し、全体的にドロドロと粘稠度の高いストーリーが繰り広げられる中、キーパーソンとして浮上するのはソギルの元妻ジウォン。数年前、ソギルのDV(とそれに起因したジウォン自身のオトコ問題)が原因で家を飛び出したまま離婚に至ったのですが、この度、夫の元に残した息子が殺害されたという知らせを受け、拘留中のソギルと再会。判別もできないほど顔を損傷された息子の遺体と対面し気を失った彼女は、後日、再びソギルに面会し、こう言い放ちます。
「まさか、あなたがわたしたちの子を、ドヒョンを手にかけるなんて信じられない……でも、刑事さんから聞いたの。遺伝子検査でドヒョンとあなたの親子関係が証明された、って」
 それを聞いたソギルは、血相を変えて発狂。それが意味するものとは。
 この物語、殺人犯以外にも「問題の人物」が登場します。その人物に向けられていた読者の視線は同情から徐々に疑念へと移行し、最終的にその同情心は小気味良く裏切られてしまうのですが、読了してみると、さて、本当の意味での「罪人」は誰か? という疑問が残ることに。その人物も最後にサンハに問いかけます。
「わたしがどんな罪を犯したと?」
 一見、ただの残虐な殺人事件を扱ったエンタメ小説のようにも見えますが、根底にあるのは児童虐待という社会問題。サンハも児童虐待により心に傷を負った過去があるのですが、被害者はサンハではなくサンハの息子で、加害者は妻(息子の実母)。育児に追われる女性の苦悩など考えたこともなく、「オレは外で稼いでんだから、子育てはお前がやれよ」というスタンスが当たり前だと考えていた自分、精神不安定な妻の状況を「ただの」育児疲れ、「ただの」ヒステリーくらいにとらえていた自分、その妻が取り返しのつかない大惨事を引き起こすまで、事態の深刻さに気づけなかった自分も加害者なのではないかと、自分を責め続けています。身に覚えのある男性陣にも、ぜひ、ご一読いただきたい一冊。


 次にご紹介するのは、長編サスペンス『ダブル』。こちらはもともと10年ほど前に出版されたデビュー作で、今年1月に新装版としてお目見えしました。タイトルの『ダブル』は、「二体の死体、二人の殺人犯」を意味し(ていますが、とばっちりを喰らって命を落とす人がもう一人)、物語はあるマンションの一室からスタート。

 情事を終えた男がシャワーを浴び、コンビニへ向かう。ゴム手袋やごみ袋を買い込んで部屋へと戻り、女の裸体にかけられた布団をめくるが、女は動かない。当然だ。あざの残る白い首。天井に向けられたうつろな視線。醜く歪んだ口元……。

 ……と、こちらは『パッケージ』よりさらに早く12ページめでホトケさんが登場し、コトをやらかした男は、捜査一課の刑事さん。という事実が早い段階で明かされますが、犯罪を隠そうとしたこの刑事、小細工を施せば施すほど、予想外の事件に巻き込まれ、ややこしい事態に追い込まれます。
 物語のツートップは殺人刑事ドジンと上司のジュホ。この二人がとてつもない犬猿の仲で、確執の表面的な原因は、ドジンに転がり込んでくるはずだった捜査一課の課長の座を、どこからともなく現れたジュホがかっさらっていったこと。でも実は、ジュホの心の奥底にも、ドジンに対するある恨みがドロドロと渦巻いていたのです。
そんな、顔を合わせた途端にいがみ合う二人の前に、政府の要人が行方不明になるというドでかい事件が到来。メディアの注目もあり、署長からの圧力も必至なその事件の捜査開始直前、久しぶりの休暇を予定していたドジンは、部下の勧めもあり大胆にも休暇取得を決行。珍しくジュホからのお咎めもなく、予定通り、予約したコテージへ向かいます。山中のキャンプ場に建つそのコテージは、質素な作りながらも清潔感があり、想像以上に快適な雰囲気。ただ一つドジンが気になったのは、部屋の中にほのかに漂う生臭い匂い。気のせいかとも思いながら一晩過ごし、翌朝、シンク下の扉を開けてみると、そこには不自然な姿勢で押し込まれた悪臭の正体が。
 ……と、たまたま(というかなんというか……)泊まったコテージで、突如、殺人の濡れ衣を着せられかねない状況に陥ったドジン。ひとまず窮地を逃れるために、自分が犯したわけでもない事件を隠ぺいすることにしますが、それが災いしてますます敵の術中にズブズブとはまっていくことに。
 その後、休暇を切り上げ捜査に合流するドジンですが、発見される物証はなぜか、彼にとって不利なモノばかり。同僚らの疑いの眼差しを一身に浴びながら、その嫌疑を晴らすべく(とはいえ、殺人犯であることには変わりないんですけども)、追っ手をまき、ときにはアクション映画さながらの逃亡劇を披露し、身も心もボロボロになりながら敵の正体を暴こうとするドジン。休暇に合わせるように突如故障した車、事件現場となったコテージを勧めてきた部下、突然遭遇した事件現場に都合よくルミノール試薬を携行していた上司。何もかも、誰もかれもが怪しい……。
 そして冒頭に登場しながらも、全体を通して見ると脇役になってしまっている一体めの死体、ドジンが殺害した女性は、実は既婚女性でありながらも夫については言及されることなく、さらに彼女の死体が発見される気配もなく物語は進行。ところが中盤からじわりじわりとちょい出しで、その正体を匂わせるかのような描写が見え始め、あれ、ひょっとしてこの人の夫って……? と読者の推理欲を刺激する点もさすがといった印象です。
 犯人特定に繋がるような繋がらないような微妙な手がかりに振り回され、一つ目の殺人事件の犯人が二つ目の殺人事件の犯人にハメられるという、同情したいようなしたくないようなモヤモヤした気分に飲み込まれ、そこにサイコな人物、権力に目がくらんだ輩なども加わって、愉快痛快な逮捕劇とは程遠い結末ですが、ドラマ化も決定しているとのこと。イヤミスドラマの知らせも楽しみです。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。













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