みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。北の大地にも、やっと春が訪れました。韓国では「両親の日」やら「夫婦(カップル)の日」があり、「家族の月」と称される5月。とうわけで、今回は家族の絆を描いた作品をご紹介しようと思います。


 はじめにご紹介するのは『メグを殺そうと』(チョ・ソンヒ)。以前にもコチラでご紹介した妖怪作品の作家さんによる長編小説ですが、今回も伝説の妖怪が登場。
 まず、タイトルにある「メグ」とは何ぞや、という話ですが、韓国のオンライン辞書サイトによると「1000年生きた女狐がなる妖怪」とのこと。韓国ドラマや映画でおなじみのキツネの妖怪、九尾狐クミホと同一だとか違うとか近縁種だとかイロイロな説があるようですが、こちらの作品に登場する「メグ」は、物語の舞台となる村に伝わる伝説の妖怪でございます。

 両親の離婚により、人里離れた山奥で暮らすことになった男子高校生、イハ。なぜ自分だけ母親と妹と離れ、役立たずの父親と二人きりで、祖父が暮らしていた廃屋同然のボロ家に住まなくてはならないのかと納得がいかない。仕事も金もない父親は、面倒なことはすべてイハに押し付け、酒ばかり飲んでいる。そんな父親から食料の調達を命じられるが、村唯一の店であるパク商店までは徒歩1時間。途中にある竹林には、近隣住民も恐れるメグ湖がある。絶望的な気分で店へ向かおうとするイハに、寝転がった父親がのんきそうに忠告する。

「途中の竹林で誰かがお前の名前を呼んでも、3回呼ばれるまでは振り向くなよ。返事もしちゃだめだ」

 店からの帰り道、竹林を通りかかると、何者かが自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がした。すぐにでも走り出したいが、恐怖のあまり体が動かない。すると、どこからともなく自転車に乗った少女が現れ、イハを乗せて颯爽と竹林を抜けてくれた。その少女アリは、イハが新たに通う学校の同級生だったが、どうやら彼女は級友たちに疎まれているようだった。転校初日に親しくなったクラスの優等生、ヒョンスンによると、アリの兄、キルグンがメグ湖で起きた事件に関与したせいだという。
 村人たちが恐れるメグ湖には、こんな伝説がある。

「誰かが湖で溺れれば、メグが救ってくれる。だが、誰かが溺れている者を助けようとすれば、メグは溺れている者を湖底にひきずりこんで殺してしまうだろう」

 あくまでも「伝説」であり、その真偽は確かではないが、村人たちは、今までこの言い伝えが外れたことは一度もないと口をそろえて言う。そして、12年前の事件の犠牲者となったスヨンもまた、メグに連れていかれたのだと信じられていた。

 ……と、何やら謎めいた悩ましい伝説が主体となった物語なのですが、この作品の幕間には、もう一つのお話が語られています。

 ガリッ、ガリッ
 硬い岩で骨を削る音
 子守歌みたい
 これくらいでいいかな
 丁寧に削り上げたシャレコウベを被ってみる
 だめだわ! 小さすぎる!
 後頭部の骨を削り取って、てっぺんと側頭部の骨を切り取るか
 下あごの骨をかち割るか

 さて、この話者は何者なのでしょう。これにはもう一つの言い伝え、「幼子たちの墓地」と、そこに出没するキツネに関する伝説が絡んでいるようです。
 地元に戻るカタチになった父親は学生時代の想い人(パク商店のおかみさん、既婚)の家で酒浸りの日々を送り、たまに電話をかけてくる母親は素っ気なく、大好きな妹ともあまり話せない。疎外感に押し潰されそうなイハにとって唯一の癒しは、母親のように自分のことを気にかけてくれるパク商店のおかみさんでした。実はイハの母親とパク商店のおかみさん(と、なんならイハの父親も)の間には、ある秘密があったのです。基本的には不可解な事件をめぐる重たい空気の妖怪物語ですが、各キャラクターが見せる異なるカタチの兄妹愛、親子愛が、自己/他者双方のひび割れた心を修復していく優しさも感じられるストーリー。
 面彫師の家に生まれ、触れることも見ることも禁じられた「メグ」の面と共に育ったアリ、優等生として周囲の大人たちから信頼されながらも、心に闇を抱えるヒョンスン、「メグ」の囲碁仲間だと噂された囲碁名人を祖父にもつイハなど、登場人物一人一人がクセモノで、「これでもか!」と多数のエンタメネタがブチ込まれた作品です。


 さて、お次はうってかわって超現実的な親子のお話をご紹介(ジャンル小説愛好家なのにスミマセン)。韓国最大手書店が主催する、「教保文庫ストーリーコンテスト」で優秀賞を受賞した長編小説『何よりも強力な足かせ、何よりもうんざりする血縁、家族』(リュ・ヒョンジェ)。物語は、餅をのどに詰まらせている「妻」を見つめる「夫」視点のプロローグで幕開け。その夫は、苦しむ妻を傍観するばかり。なぜなら、胸や腹を数か所刺され、動けないから……。子どもたちを立派に育て上げようと奮闘してきた人生。それがなぜ、どこで、歯車が狂ってしまったのだろう。夫は薄れゆく意識の中で、そんなことを考えています。夫婦には、子どもが4人。子どもたちをざっと紹介しますと……

インギョン:第一子、長女。夫の両親を自分たちのマンションに呼び寄せ、舅を看取った経験をもつ。そのため、実家暮らしで親兄弟から経済的援助も受け、自分の親の介護をしている妹の苦労など苦労のうちに入らないと考えている。それなのに、介護の見返りとして、両親が実家を妹に譲ることにしたのが気に入らない。浪人中の息子が飲酒運転で事故を起こし、自分の仕事にまで悪影響を及ぼしており、多額の示談金が必要。
ヒョンチャン:第二子、長男。心臓内科医。親が汗水流して働いた金で教育を受けさせてくれたおかげで医師という職に就けたにもかかわらず、母親が病に倒れたのは、医師のくせに母親の異変に気づかなかったお前のせいだと父親に責められ続けている。妻とは互いに、配偶者の親の世話に携わらなくてよいというのが暗黙のルール。だが、妻の母親が末期がんと診断され、妻が母親との同居を望んでいるものの、自分の両親の目が気になり承諾できずにいる。
ウンヒ:第三子、次女。息子を連れて離婚後、脳梗塞で倒れた母親の面倒を見るため辞職し、実家で暮らす。日々の介護に疲れ、(いっそ……)とよくない結末を願ってしまうこともしばしば。自分に文句ばかりぶつけてくる両親、経済的援助ですべてを解決したつもりになっている兄姉、自分は浪人生の身だからと、親の介護から逃げる弟に対し、怒りがおさまることがない。そんなウンヒのやりきれない思いを親身になって聞いてくれるグァンス(弟の友人)に好意を抱き始めるが、両親は二人を遠ざけようと手を尽くす。
ヒョンギ:末っ子、次男。公務員試験の受験(11回目)を目指す就職浪人生だが、自分には興味のない公務員になることを強要する両親が悪いのだと開き直っている。

 ……という6人家族。冒頭の事件が起きたのは、父親の誕生日の夜のこと。韓国のお祝い事に欠かせないのが「餅」ですが、韓国の餅はもち米以外の穀物で作られるもの、パンや塩釜のような食感のものなど多種多様。ところが、この物語に出てくるのは大福餅。本来、誕生日ではなく合格祈願用で、どこからどう見ても年寄りの誕生祝い向きではないのですが。さっくり流れを追ってみますと、まず、父親の誕生日を祝おうと、大福餅を手にした長女が実家に登場。久しぶりに会った長女に向かって父親は、次女がグァンスと頻繁に会っているようだ、あれはロクでもない男だ、あいつに近づかないよう言い聞かせろと迫ります。でも、日々の介護に疲れ果てている次女にとって、グァンスは心のオアシスそのもの。たまにしか顔を出さない長女からの忠告に次女が耳を貸すわけもなく、二人は激しい口論に。さらに、長女が次女に向かって投げつけたグラスがシンクにあたり、破片が飛び散りました。
 父親から今すぐ来いという連絡を受け実家に駆けつけた長男は、庭に点々と残る血痕らしきものと、木に突き立てられた包丁を発見。成人した子どもたちの生活に口出しをするからこんなことが起こるのだ、もう妹たちのことも、自分たちのことも放っておいてくれ、と父親に向かって怒り、懇願しますが、その言葉に衝撃を受けた父親は、自ら次女とグァンスの交際を阻むべく、グァンスの家に乗り込みます。そして、そんな父親の行動に嫌気がさした次女も、酒に酔った勢いで突発的な実力行使に。

 こうして、手塩にかけて育て上げた子どもたち全員に両親殺害の動機があるという状況で事件は起こりました。そして物語終盤、4兄弟のうち、ある人物が警察へ出頭。自分が母親の口に餅を突っ込み、父親を刺し殺したと供述しますが、真犯人は別にいると訴える人物、真犯人は自分だと訴える人物が名乗りを上げます。両親の介護、遺産相続をめぐってあれほど憎み合ってきた4兄弟が、最後に見せた団結力とでも言いましょうか。ある意味(皮肉にも)これこそが、両親が子どもたちに望んだ、子どもたちの「あるべき姿」なのか? と思ってしまうような見事なチームプレーではありますが。
 さて、母親の口に餅を突っ込んだ(?)(←「?」ていうのがネタバレなのはご愛嬌)のは誰なのか、父親に包丁を突き立てたのは何者か。涙なしには読めない切ない結末が待ち受けています。
 親はいつまでも親の威厳を保ちたがり、また、保つべきだと思い込みがちなのでしょうが、子どもに全権を委ねなくてはならないときは必ず来るわけで。そうは言っても、(わが身を振り返ってみるに)都合のいいときだけ頼ってくるであろう子どもに「親らしさ」を保ちつつ「老いては子に従え」に敬意を表さなくてはならないなんて……老いるって難しい……と思わされる作品でございました。将来、子どもたちに包丁を突き立てられないよう願うばかりです。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。














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