みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。まずは、『破果』(ク・ビョンモ作/小山内園子訳)の記念すべき第十五回翻訳ミステリー大賞受賞、心よりお祝い申し上げます! いまや書店で平積みされた韓国書籍を目にすることも珍しくなくなりましたが、今後、(エンタメ小説含め)もっと多種多様なジャンルの韓国作品が日本の読者と出会えますよう、各出版社様、翻訳家のみなさまのご活躍を陰ながら応援しております。
 さて、北海道にもあせもの季節がやってきました。涼しい夏を過ごせるならまだしも、暑い北海道など北海道の意味がない。夏はまだ始まったばかりですが、とっとと涼しい秋が来てほしいと願わずにはいられない今日この頃。というわけで、本日はちょっぴり涼しいエンタメサスペンス(ホラー)をお届けします。
 


 初めにご紹介するのは、短編集『私の家がお上品に血を飲むとき』(パク・ヘス作)。タイトル買いというかジャケ買いというか、ろくろく中身も確かめずに購入したのですが、なかなか素敵なグロオモ作品の集合体でございます。
 表題作は文字通り、イメージ通りのグロサスペンス×パラレルワールドモノ。主人公のファヨンは、ストーカー化した元カレから逃れるべく引っ越しを決意し、不動産屋で紹介された古い一軒家の内見に向かいます。ここ数年、空き家として放置されていたこともあり経年劣化は見られたものの、手頃な価格にひかれ即購入。ところが、銀行で住宅ローンの申し込みを試みたものの、いかんせん古い物件ゆえ融資額が思ったより低く、資金不足に陥ります。
 ……が実はこれ、最終章の話でありまして、物語は「入居後27日目」から「初めて内見した日」まで、徐々に時間をさかのぼっていく構成。
 冒頭で描かれた「入居後27日目・午後」のファヨンは、腕には包帯、血の気を失いよろめきながら銀行に登場。必死に融資をせがむ彼女は、なぜこんなにヨロヨロになったのか? その謎解きは次の章、「入居後27日目・午前」へ手渡されます。「入居後27日目・午前」は、ファヨンがベッドで目覚めるシーンから始まりますが、なぜかサルグツワをかまされた上、拘束されている。そこに現れたもう一人のファヨンがこれから起こることをこっそり耳打ちしてくれます。
 冒頭でご紹介したように、こちらの作品はパラレルワールドモノ。向こうの世界に潜入し、向こうの世界の「自分」になれば、今の不幸から逃れられるのではないか。そんな都合のよいことを考えついた「こっちの世界」のファヨンは、向こうの世界で生きるべく、ある作戦を決行しますが、それはとんでもない(というか妥当といえば妥当な)対価を要するものでした。時間をさかのぼる構成ゆえ、冒頭からまっすぐ読むとどっちのファヨンがどっちのファヨンかわからなくなりがちですが、逆に、日付通りに再読することで、理解が深まるという楽しみも。この物語における「家が血を飲む」意味とは。大きな犠牲を払いながらも人生の立て直しを図るファヨンの奮闘、その結末に乞うご期待。

 その他の収録作品も少々ご紹介しますと、「犯人はロボットに違いない」は家政婦ロボットを取り巻く事件を扱ったSFホラー。ある日、友人から呼ばれ、彼の家を訪れたウンジョンが目にしたものは、友人の惨殺死体でした。

「寝室は血だまりと体内から取り出された内臓、それが発する血生臭い匂いに満ちていた」

 ……と、のっけからグロ気味。生気を失った友人の口には食物が詰め込まれ、腹部は花のように切り裂かれ、腹腔から内臓が取り出され、その近くには血まみれの包丁を手にした家政婦ロボット、エマの姿が。
 ところが、ウンジョンが現場を離れて警察に通報し、駆けつけた警官と寝室に戻るまでの10分ほどの間に、内臓がきれいに腹腔内に戻されていました。ロボットがご主人様をそんなふうに攻撃するわけがない。バグやハッキングなど何か原因があると思いきや、それも見当たらない。友人とエマの間には何があったのか?
本来、人間(主人)の味方であるはずのロボットが主人の命を奪いかねない状況を提示し、ロボット(AI)の落とし穴、生身の人間とロボットとの決定的な違いを表現した切なく悲しい物語。
 「没落した木々の通り」では、異世界(?)が舞台。突然、体の骨が枝のごとく伸び続けるという現象が発生し、「骨木」人間が増加した世界。当初は「奇病」とされたものの、やがて命に別状がないことがわかり、「骨木」人間が大勢を占めるようになると、残された少数派の「非『骨木』人間」の立場が弱くなります。多勢に無勢というヤツでしょうか。体の外に伸びた骨の形を整え、飾り立てることがファッションとして確立され、カッコよい場所にカッコよく「骨木」が生えた人が勝ち組。「美と醜」「正常と異常」の価値観を植え付けるのは「数」なのか。事象が事象なだけに、思わず顔をしかめたくなるような痛々しいグロめな描写が多数見られますが、その奇想天外な設定、奇異、奇怪な文章の一つ一つにひきつけられる作品でございます。
 エンタメならではの斬新な設定でありながら、「人間」の在り方、生き方について問いかけるような作品ばかりの1冊。基本的にお食事中の「ながら読書」にはオススメできないシーンが多めではありますが(と以前にもどこかで言った気が……)、そこがまた大きな魅力なのではないでしょうか。


 次にご紹介するのは『青ひげの部屋』(ホン・ソンジュ作)。こちらも短編集で、ホラー寄りサスペンス多めの1冊でございます。こちらもなかなか素敵な表紙が魅惑的。
 表題作はタイトルからお察しの通り、残酷非道な「青ひげ」が主人公。その他、青ひげの彼女ウンス、ウンスの姉ヨンス、そして行方不明になっている元カノたちも少々登場し、モチーフとなっているペローの「青ひげ」同様、立入禁止の小部屋をめぐって事件が発生するストーリー。

「まちがいなく死んだはず……殺したはずだ」

 ウンスを処分してから数週間。確実に息の根を止めたはずなのに、自分の背後に立つウンスの顔が窓ガラス越しに見えたり、部屋の中にウンスの服が落ちていたり、夜中にウンスの声が聞こえたり、不安に駆られる出来事が次々と起こっていた。仕事の疲れもあるのだろうと自分に言い聞かせるが、処分したウンスを収納した大型冷凍庫を開けてみた青ひげは、激しい眩暈に襲われる。

 40ページ弱の短編ながら、青ひげの蛮行にゾワリとし、彼の生活を脅かす謎の存在にヒヤリとし、最後に明かされた秘密を前にニヤリとするなど、くっきりとした起承転結、愉快痛快な幕引きが心地よい作品となっております。
 もう一つ、ぜひご紹介したいのは最後に収録された鳥肌モノの感動ホラー「育たない子」

 家族のために自分を犠牲にしてきた「女」が初めて親に反抗し、交際中の男と結婚するために家を出た。相手の男は職場の上司で、死別した前妻との間に5歳になる「子」がいた。結婚に反対する実母から、「その子に心を寄せちゃいけないよ。自分の子どもができなくなるから」と釘を刺された「女」は、その子の名前さえ呼んだことがなかった。
 ある日、職場の事故で夫が急死する。生きる気力を失い、自らこの世を去ろうとしたとき、夫の子を身ごもっていることを知った「女」。経済的にも苦境に立たされ苦労ばかりの生活だったが、生まれたばかりの妹、アサンの世話を買って出てくれる「子」の助けもあり、アサンはすくすくと成長する。
 中学生になったアサンは貧乏生活から抜け出したい一心で、自ら手に入れた奨学金で寄宿舎付きの学校へ通うことにした。出発当日に慌ただしくそう告げられた「女」は、せめて姉には挨拶を、と促すが、アサンの口からは意外な返事が返ってくる。

 アサンの「意外な返事」(ヒントはタイトル)以降、え、ひょっとして……? と、突然吹きはじめるサスペンス特有の涼風を感じながらクライマックスを読破する読者も少なくないでしょう。ぶっちゃけ100%のハッピーエンドではないのですが、そこに流れる静寂と平穏の空気はハッピーエンドと言い切ってもよいくらい。ネタバレが過ぎるのでここでは伏せておきますが、冒頭のシーンとラストシーンの絡まりが非常に美しく、思わず息をのみ、ほろりと泣けてしまう作品。一歩間違えれば愛と感動のファンタジーに化けてしまうサスペンスホラーです。

 そのほか、母親の再婚相手からのDVに苦しめられながらも、邪魔者(≠DV男)を自力で排除する強い男に生まれ変わったパク氏の物語「G線上のアリア」、ソシオパス×サイコパスの最強タッグが見せるサスペンス淵謨えんぼ 、自分の信念を押し通すため、上司とぶつかり、会社を飛び出し、一流企業への転職の道を選んだ会社員の奮闘(≒悪足掻き)を描いた「人生最高のモットー」など、社会を生き抜くため、もがき続ける人々の心の闇を描いた5作品を収録。
 重厚、濃厚な韓国ミステリー『破果』の翻訳ミステリー大賞受賞により、今後、さまざまな韓国ミステリーが日本の読者にますます浸透していくことを願ってやみませんが、暑い夏にはサラっとヒヤっとクールな気分を味合わせてくれる韓国エンタメホラーもお忘れなきよう、よろしくお願い申し上げます。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。















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