みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。
 今年も最後の連載となりました。なんだか日本も世界も物騒な出来事ばかりが目につきますが、年末ぐらいぱぁーっと明るい作品をと思い、二つのコージー・ミステリを連れて参りました。こちらの連載に度々ご登場願ってるおなじみの作家さんお二人による作品ゆえ、「韓国のミステリ作家は彼らしかいないのか!」とツッコまれそうですが、決してそんなことはございませんので、どうか誤解なさいませんよう……。


 一つ目の作品は、長編小説『選択の日』(チョン・ヘヨン)。すでに邦訳されている『誘拐の日』(米津篤八訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、2021年)、先日ご紹介した『救援の日』に続き、今年8月に出版された誘拐三部作「‘日’シリーズ」の第三弾になります。誘拐事件を扱ったシリーズモノではありますが、前作、前々作の重たい空気はほぼなく、どちらかというとアクションコメディといった雰囲気。状況設定の中に隠された事件解決のカギの一つも、コメディタッチに描かれた、ある泌尿器科系疾患……。

 ある日、ジョンヒョンの妻、ヒョナが忽然と姿を消す。ひょっとして、自分の「アレ」が使いものにならなくなったから出ていったのだろうか? 口では「気にしないで」なんて言ってたけれど、新しい男でも作って駆け落ちでもしたのだろうか……そんな不安にかられながら何度もヒョナに電話をかけるが、受話器を取る気配はない。警察にかけあってみても、成人の行方不明はなかなか真剣に取り合ってもらえない。困り果てるジョンヒョンの前に現れたのは、荒くれモノの男、グナム。突然、ジョンヒョンの家の玄関のドアをブチ壊し、ずかずかと土足で侵入してきたと思ったら、ものすごい剣幕で「シルチャを出せ!」とがなり立てる。状況が飲み込めないまま、そんな女はいないと追い出そうとするが、壁に飾られた結婚写真に目をとめたグナムが騒ぎ出す。
「やっぱりシルチャの家じゃないか!」
 そう言ってソファに腰を下ろすと、シルチャが盗んだ大金を返せとゴロつき始めた。どうやら、ヒョナは偽名を使って金貸し業を営むグナムの前に現れ、「夫に金を持っていかなければ殺される」とすがりついたらしい。だが、ヒョナは行方不明、ジョンヒョンには返す金などない。それでもがんとして引き下がらないグナムを追い出しきれず、二人の奇妙な共同生活が始まる。
 一方、ある団地の公園では、6歳の少女、アヨンが誘拐される事件が発生。母子家庭のため一人で過ごすことも多かったアヨンに、母親はいつも、知らない人についていってはいけないと言い聞かせていたが、監視カメラに映し出されたアヨンと犯人の女は「知らない間柄」ではないように見えた。警察は公開捜査に乗り出すが作戦はことごとく失敗し、絶望したアヨンの母親は自殺を図る。

 この誘拐事件がヒョナ失踪とも深くかかわっているのですが、ネタバレにならない程度に(原書裏表紙に書かれている程度に)バラしてしまうと、公開された監視カメラの犯人映像が、ボケボケの不鮮明な画質ながらも、「知ってる人が見ればわかる」くらいのヒョナだったのです。警察よりも先にそれを知ったジョンヒョンたちは、自分たちが先にヒョナを見つけなくてはならないと、本格的なヒョナ捜索に着手します。
 愛する妻の帰りを待つ気弱な男と奪われた金を取り戻そうとする野獣のような男という、見るからに相容れなさそうな二人の運命共同体。ヒョナの足跡をたどればたどるほど発覚する、ヒョナの嘘。やがて、ジョンヒョンの頭には、グナムとヒョナの間柄がただの債権者と債務者の関係ではないのでは……という疑惑が浮上します。二人の間にプライベートの付き合いがなければわからないはずのあれやこれやをグナムが知っているという事実に、気づき始めてしまうのです。さて、グナムとヒョナの関係はいかに。
 自分の中の妻像が実際とは大きく異なり、敵だと思っていた男がのちに同志になるというキャラ間の関係性の変化。二人の男のコミカルな掛け合い、お涙ちょうだいなグナムの演技など笑いあり、ダイナミックな攻防戦、闇医者の存在、廃コンテナを改造したアジトなど怪しげな香りも漂い、読者に飽きるすきを与えない作品です。豪快なラストシーンなんぞ、ぜひ映画で見たい! ちなみに私の脳内映像ではジョンヒョン役はチャ・テヒョン、グナム役はコ・チャンソクでございます。『誘拐の日』は今年ドラマ化され、先日最終回を迎えたばかり。ユン・ゲサン、パク・ソンフンなど豪華出演陣の作品とあり、すでにご覧になった方もいらっしゃるのでは。原作小説未読の方は、そちらもぜひ。

■誘拐の日■
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 お次は2019年12月に出版された長編小説、『サロン・ド・ホームズ』(チョン・ゴヌ)。退屈な日常から抜け出そうと、スリルを求めて探偵団を結成した主婦たちが活躍する、愉快痛快、コージー・ミステリです。

 反抗期の子どもにウザがられ、何かにつけて夫にコケにされながらも、家族のために日々の家事をこなす4人の主婦たち。「非日常」な状況に飢えるあまり、やってもいない犯罪を他人に告白してみたり、自分が夫殺しの殺人犯になった妄想をしてしまう彼女たちは、毎日、寄り集まっては、ぬいぐるみの目を縫いつける内職(前回紹介した作品にもそんなエピソードがあった気が……)をしながら井戸端会議に花を咲かせるのが日課です。
 そんなある日、団地内に露出狂が現れ、被害者が続出。公園やエレベーターで女性の前に立ちはだかり、おもむろにトレンチコートの前をはだけるという原始的な(?)やり口で女性を震え上がらせていた露出狂(ちなみに、「アレ」を目撃した被害者の証言で「とっても小さかった」ということから、「鼠の鈴〈小さな睾丸という意の俗語〉」という愛称を頂戴した)の犯行は、女性に触ったり抱きついたり撒き散らしたり(「何を」かは、ご想像にお任せします)と次第に大胆さを増し、ついにはその首に懸賞金がかけられる事態に。
 そんな中、ミリたちの友人、ジスクが夫のDVで重傷を負い入院してしまいます。このままでは命を落としかねないと離婚を勧めますが、経済的問題に阻まれて離婚に踏み切れずにいるジスク。懸賞金でジスクの離婚を後押ししようとしたミリたちは、「鼠の鈴」捜索のための主婦探偵団を結成します。そのメンバーはこちら。

・ミリ…うつ症状と不眠症で精神科に通う30代後半の主婦。夫がクズすぎて、イケメン精神科医にちょっぴり恋してる。若かりし日の夢は探偵で、推理小説マニア。
・ジヒョン…日々進行する老化にうんざりする60代の主婦。日がな一日テレビを見ていられる特技をいかし、監視カメラの映像チェックを得意とする。
・ギョンジャ…傍若無人な夫(警官)にたびたび殺意を抱かずにはいられない主婦。もうすぐ中学生になる反抗期の娘にも手をやいている。
・ソヒ…二歳の息子をもつシングルマザー。
 
 そして、団地で起きている事件とあって、被害者である住人を探してもらったり、監視カメラの映像を見せてもらったりと、警備員の協力が不可欠ということで、団地の警備員、キム・グァンギュもオマケのメンバーとして登場。気弱でお人好しで、どことなく頼りなく、さらに頭髪がちょっと寂しいところまで含めて、まさに韓国の名脇役キム・グァンギュそのもの。そんなグァンギュを巻き込みながら「鼠の鈴」探しをしているさなか、探偵団の元に「娘が帰ってこない」という相談の電話が入ります。犯行をエスカレートさせている露出狂の仕業かもしれないと、「鼠の鈴」の特定を急ぐ探偵団ですが、ソヒまで行方不明に。
 一方、団地のゴミ捨て場からは、連続殺人犯、「スマイルマン」の仕業と見られる死体(の一部)が入ったゴミ袋が発見されます。数年前から世間を騒がせているスマイルマンは犯行後、切り刻んだ被害者の死体を小分けにして遺棄し、頭部だけは自分で保管するという性癖の持ち主(どっかで聞いたような事件……)。スマイルマンは団地の住人だろうと睨んだミリは、探偵団を引き連れてスマイルマンと思われる人物に接触を試みます。
 ただの(?)露出狂をとっ捕まえるだけのはずが、殴り、噛みつき、首を絞め上げの思わぬ乱闘劇に発展し、最後の最後にすっとんきょうなトーンでグァンギュが乱入。パッとしない三枚目がオイシイところをかっさらっていくのは、まさに名脇役キム・グァンギュ!
 家庭に縛られ、上から目線の夫には愛想もつき、離婚したくても先立つものがない、自分の存在が無意味に思えて仕方ない。そんな日常からなんとか抜け出そうともがく主婦たちの命がけの闘いが、彼女たちの生活意識のみならず、主婦に向けられる周りの視線をも変えていく痛快ストーリー。こちらの作品も、現在ドラマ制作中との情報があるのですが、ぜひぜひ、グァンギュ役はキム・グァンギュさんでありますように。そして、「韓国のコージーは下ネタ絡みしかないのか!」とツッコまれそうですが、決してそんなことはございません(たぶん……)ので、どうか誤解なさいませんよう……。
 今年も一年、拙い文章にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。また来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。










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