みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。この冬も、空からひらひらと舞い降りる白い時間泥棒たちに手を焼く日々。雪なんてものは、観光で「キレイね~」と見るくらいが丁度いい。
 さて、前回に引き続き、本日もコンテスト受賞作品を二つ、ご紹介いたします。今回ご紹介するのは、2022年に開催された「リ・ノベル~シーズン1」なるジャンル小説コンテストの受賞作品たち。オンライン小説、オンラインコミックのプラットフォーム運営会社、出版社、映画製作会社などの共同主催となるこちらのコンテストは、小説からオンラインコミックへ、映画へと生まれ変わるにふさわしい優れた原作コンテンツを発掘しようという目的で開催されました。
 その大賞に選定された作品が、長編小説『湿気』(マテ作)。「多湿」「湿気」の「湿」というよりは、「陰湿」の「湿」が存分に味わえるサスペンスホラーでございます。


 ソウル郊外に新築マンションを購入したジョンウ一家。気分屋の夫ジョンウも念願のマイホームを手に入れ、いつになく上機嫌である。転居により通勤時間が1時間伸びた妻ミヨンも、人気の新築マンションに居を構えられたことを誇りに思っている。だが、転校を余儀なくされた息子のジホ(小2)は、不満と不安を隠しきれない。
 出勤時刻が早いミヨンに代わって、ジホの登下校の付き添いはジョンウが引き受けることになった。転校で落ち込んでいたジホだったが、幸いにも初日から数人の友だちができた。特に仲良くなったヨンヒは同じマンションに住んでおり、ヨンヒの母親はすぐさまミヨンをママ友たちのグループチャットに招待してくれた。ジホに新しい友人ができたことを喜ぶ一方で、ヨンヒの母親が、どこから自分の携帯電話の番号を入手したのだろうといぶかるミヨン。
 ある朝、ジホと一緒に登校したミヨンは、初めてヨンヒの母親に会う。真っ赤なミニのタイトなワンピースに、カツカツと音をたてる深紅のピンヒール。ナフタレンの匂いを撒き散らしながら甲高い声で話しかけてきた彼女は、50代後半と思われる厚化粧の女で、学校という空間の中でひときわ異彩を放っていた。大胆な風貌に加え性格まで押しが強く、隙あらば自宅にあがり込もうとする。その厚かましさは気に入らないが、実の両親と絶縁状態にあるミヨンにとって、共働きでジホを育てていくには隣人の協力が欠かせなかった。
 奇怪な母親とは違い、ヨンヒは平凡な子どもに見えた。仕事で帰宅が遅くなっても、ヨンヒの家で食事をし、ヨンヒと宿題に取り組むジホを見て安心していたミヨンだが、やがて、ジホの奇行が目につき始める。「強くなる呪文」を唱え出し、食事のときに食べ物を素手でわしづかみしながら食べるようになった。徐々に奇行がエスカレートする様子を不審に思ったミヨンが尋ねてみると、ジホが嬉しそうに答えた。
「上帝様の教えを守ってこうしていれば、幸運が訪れるって、ヨンヒが教えてくれたんだ」
 ヨンヒは一体、ジホに何を吹き込んでいるのだろう。ヨンヒ親子の言動を不審に思ったミヨンはジョンウに相談するが、気に留めてもくれない。それどころか、ミヨンに黙ってジホをヨンヒの家に預けたり、ミヨンの気分を逆なでしてばかりのジョンウの態度に、ミヨンの不満がどんどん募っていく。

 この「ミヨンママ」なる胡散臭い人物が物語の鍵を握っていることは言うまでもありませんが、こちらの作品、本編の幕間にもう一つの物語が断片的に登場します。教区長、祈祷会、そして生贄なんていう物騒な単語、残忍な場面が登場する第二の物語は、とある(エセ)宗教団体の儀式である模様。
「母さんが私の夫とあんなことさえしなければ、娘は死なずにすんだのに!」
「お前の信心が足りないんだ!」
 ……なんていう殺気だった会話が交わされますが、この「母さん」と「娘」は何者で、「母さん」は娘の夫と何をしでかしたのか、この儀式の目的はなんなのか。その謎が解けるのは、かなり終盤に近づいてから。
 そして、このミヨンたちが暮らす町では、過去に謎の幼児誘拐事件が多発したことがあり、それに関わったとされるのが、とある宗教団体(ああ、大いなるネタバレ……)。事件の背景にはおぞましくも悲しい出来事が隠されていました。クライマックスは命がけの「スプラッタ風」乱闘劇が、そして最後の最後にはイヤ~などんでん返しも待ち構えている、芯のあるエンタメ(←強め)ホラーサスペンスでございます。
 作品の本筋とは関係ありませんが、このジョンウというのが、結婚相手にしたくない男の要素をすべて兼ね備えたような男。妻は家事・育児に専念すべきと考えている。それゆえ家事・育児には悪意を感じるほどに非協力的で、妻が仕事を辞めてくれることを待ち望んでいる。予告なしに自分の母親を自宅に招く。妻の心配事に無関心。家では家事・育児に非協力的なクセに外ではイクメンぶって、「素敵なパパね」「素敵なご主人ね」と言われることに至福の喜びを感じてる。自分の母親と結託して嫁に専業主婦であることを迫るだなんて、時代錯誤も甚だしいと思うけど、まだまだいるんだろうなあ、こういうオトコ(とその母親)……と思うと、読んでるだけで心の底から殺意がわくわぁ……なんて思われてるかもしれない既婚男性のみなさま、背後にお気を付けくださいますよう。

 続いては、同コンテストのミステリー・ホラー部門で最優秀賞を受賞した作品、『不特定多数』(ヨム・ユチャン作)。こちらは連続殺人事件を扱ったミステリー。


 キャリアアップのための転職を控え、つかの間の休暇をとったチェユン。建設会社を営む父親はチェユンの幼少時から不在がちで、顔もほとんど覚えていない。ワンオペ育児でチェユンを育ててくれた母親は、数年前に交通事故で他界。その後、父親まで蒸発してしまったが、父親の知人であるミンホ、ジュヒ夫妻に支えられ、身寄りがないながらもそれなりに満たされた暮らしを送っていた。
 ある日の夜、ジョギングに出かけたチェユンは何者かに襲われる。気づいた時には男の肩に担がれ、森の奥へと運ばれていた。地面に放り出されたが、目を覚ましたことを悟られれば更なる危害を加えられかねない。必死に失神したふりをしていると、男は何やら小声でつぶやきながら、チェユンの手の甲に何かを突き刺した。激痛に思わず体が反応してしまうが、遠くから小さな物音が聞こえ、男は音を追って藪の中へと入っていった。チェユンはその隙に素早く立ち上がり、暗闇をかき分け全力で走り出した。逃走を図ったチェユンに気づき猛追する男の呼吸音が、チェユンの耳元に届く。傷だらけの体で逃げるには、限界があった。もう逃げきれないと諦めたとき、ついに眼下に車道が見え始める。車道まで続く階段もあるが、階段を下りている時間はない。チェユンは急勾配の山肌に設置された排水溝を滑り下り、通りかかった車に助けを求めた。すぐさま病院に担ぎ込まれたチェユンのもとには、出張で不在だったミンホに代わってジュヒが駆けつけた。
 連続殺人事件を担当する刑事ジハンは、チェユンを襲った人物が連続殺人犯と同一人物だと睨んでいる。メディアには公開されていない、犯人と捜査関係者だけが知っている犯行手口がとられていたためだ。もしチェユンを襲った男が連続殺人犯と同一人物だとすれば、チェユンは被害者の中で唯一の生存者である。ジハンはチェユンに捜査協力を求めると同時に、チェユンを保護するためにも事件を機密扱いにするよう捜査班に命令を下した。だが、どういうわけか事件はあっという間にリークされ、チェユンが入院する病院に多数のメディアが詰めかける事態になってしまう。ジハンは、警察内部に内通者がいるのではないかと神経をとがらせる。
警察が用意した宿泊施設に身を潜めていたチェユンは、ある日、見知らぬ電話番号からメッセージを受け取る。
「お前を襲ったのは連続殺人犯ではない。模倣犯の仕業だ。私は無実だ」
 自分の無実を訴える連続殺人犯からのメッセージ。その人物は、自分の手口を知っている模倣犯は捜査関係者、あるいは被害者の家族だろうと踏んでいて、警察内部に知られないよう模倣犯を特定しろとチェユンに迫る。
 
 こうしてチェユンは、事件の被害者でありながら連続殺人事件の捜査に介入することになり、捜査チームより先に模倣犯の存在を知り、ジハンの目を盗んで連続殺人犯とコンタクトをとり続けることになります。もちろん、永遠にバレない秘密などこの世に存在しないわけですが。
 容疑者の捜査本部長より先に自分に捜査状況を知らせろとジハンに迫る警視庁第一部長チャンギュ。ジハンとチャンギュの接触に神経をとがらせる捜査本部長ギファン。ジハンに敵意を抱きジハンの周りを執拗に嗅ぎ回る捜査員ギドン。ここぞというときにいないミンホ。そして、そんな彼の別荘から見つかった、ある人物の衣類……などなど複数の不審人物と複数の事件が読者を振り回し、意外な人物が事件に絡んでいたり、アノ事件の加害者がコノ事件の被害者だったり、意外な場面から事件解決の糸口が顔を出したり、背後には狂気じみた愛憎劇も潜んでいたりして、読み応えのある一冊。序盤に何気なく読み過ごしていたシーンが実は事件に深く関係していて、再読してみて「これか!」と気づくこともしばしば。作中人物になったつもりで、常に耳を澄ませ、目を光らせながら読み進めることをお勧めします。
 冒頭でご紹介したように、こちらのコンテストは2022年に「シーズン1」が開催されましたが、2023年には「シーズン2」開催の便りは聞こえず。今年は「シーズン2」の開催をお待ち申し上げますとともに、韓国ジャンル小説界がますます盛り上がりますよう、心よりお祈りいたします。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。













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