あけましておめでとうございます。今年も1冊でも多くの、より魅惑的な韓国エンタメ小説をご紹介できればと思っておりますので、お付き合いのほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。早速ですが、卯年到来ということで、ベタにウサギエンタメ小説を2冊お持ちしました。


 まずは、ちょいグロ作品で定評のある作家、チョン・ボラによる短編集『呪いのウサギ』。昨年、ブッカー国際賞の最終候補作品に選定され、邦訳出版されるとの話があったので知らせを待っていましたが、なかなか姿を現さないので先にご紹介。英語版はすでに出版されているので、お読みになった方もいらっしゃるのでは。収録されている10作品、なんとも重い、暗い(=ひょっとすると、あまり新年向きではないかもしれない……)。その中から、本日は5作品をご紹介したいと思います。

●〈呪いのウサギ〉
 表題作は、代々、呪いのアイテムを作ってきた家門のお話。先代である祖父が孫を相手に思い出話を語るスタイルで物語が始まりますが、聞き手である孫は、ずっと「それ、前にも聞いたけど……」「結末も見えてるんだけど……」と口から出そうになるのをぐっとこらえ、祖父の話に優しく耳を傾けています(が、実は最後に、あるカラクリが)。
 個人的な復讐のために呪いのアイテムを作ってはいけないという不文律を破り、「呪いのウサギ」を作ってしまった祖父。親友を自殺に追い込んだ企業の社長に復讐しようと制作したものでしたが、目的達成のためにはターゲット本人が、直接それに手を触れなくてはなりません。祖父はありとあらゆる人脈を駆使し、社長の知り合いの知り合いの知り合い……みたいな人物をたどってターゲットに接近。呪いのウサギをまんまと敵の社長室に送り込み、これで恨みを晴らせるわい……と、ほくそ笑んだのも束の間、呪いのウサギは社長に触れられることなく倉庫の中へ。ところがウサギは予想外の方向から社長を窮地に追い込み、呪いは想定外の人物を標的に。効き目バツグン、「呪いのウサギ」。めでたしめでたし、と気分軽やかに読み終われるはずでしたが、最後の最後に祖父に関する、ちょっとおどろおどろしい事実が明らかになり仰天させられます。

●〈アタマ〉
 いきなりネタバレになってしまって恐縮ですが、主人公のおばちゃんがトイレで用を済ませ、水を流し、トイレから出ようとしたそのとき、背後から「母さん」という声が。振り返ると便器の中からアタマが一つ飛び出して、「母さん」と呼びかけてくる……という、何が起こったのか理解不能な冒頭からの、ホラー。ここから出発してホラーに着地する天才っぷり(というか、この理不尽な設定がすでにある意味ホラー)。流しても流しても現れる「アタマ」に悩まされ続け、気が触れそうになるおばちゃんですが、「アタマ」の最終的な目的は、便器の中からひょっこりアタマを出すにとどまらない……という鳥肌もんの結末。

●〈月経〉
 こちらもまた「アタマ」に負けず劣らず、ちょいグロ奇想天外。異常に長引く月経に悩む主人公が婦人科を受診したところ、対症療法として経口避妊薬を処方されますが、副作用でなんと妊娠。ところが(当たり前っちゃあ当たり前ですが)胎児は正常な発育をしておらず(「正常じゃない」どころではない)、正常な発育のためには、父親になってくれる人が必要だと医師に告げられます。そこで女性とその両親が父親募集という行動にでるわけですが、両親がしでかした手違いで、彼女に寄ってくるのは身勝手なオトコどもばかり。妊娠にしろ父親募集にしろ、この一連の非現実的な出来事をさほど異常ととらえない世界の物語ですが、実は、妊娠は女性一人の問題じゃないということを世に訴えているかのような作品。

●〈さよなら、愛しき人〉
 こちらは少々作風が変わり、アンドロイドが人間の「人工パートナー」として暮らす時代の物語。主人公は、「人工パートナー」の開発を次々と手がけながらも、最も大切な存在だった「人工パートナー1号」の老(朽)化に直面し苦悩する男。彼女(1号)が完全に動かなくなる前に彼女の記憶を最新型のアンドロイドにバックアップする一方で、新たな人工パートナーの開発に取りかかりますが、いくら高機能で精巧に造られた最新型のアンドロイドが現れても、彼にとって「1号」に勝るものはありません。ついに「1号」の電源が入らなくなり悲しみに暮れていたある日、彼は「人工パートナー」カタログの中に「1号」とそっくりなモデルを発見。最新型の人工パートナーにバックアップした「1号」のデータを「新1号」に移せば、また1号との暮らしを楽しめるはずだ。そう考えた彼は、喜び勇んで「新1号」を注文しようとします。が、その瞬間、彼の胸にブスリと……(誰が何を?)!
 100年以上の寿命を望める人間とは違い、老(朽)化により数年で廃棄される運命のアンドロイドの悲哀、「パートナー」と呼ばれる非生命体の思いが胸に刺さります。

●〈風と砂の支配者〉
 こちらはスチームパンク系の色合いの濃いファンタジー。
 砂漠が広がる空に浮かぶ黄金の飛行船。船体には、陽の光を反射させながらカチカチと音を立てて回る、たくさんの黄金の歯車。かつて、飛行船の主は砂漠の王と激しい戦闘を繰り広げた末、片腕を切り落とされてしまいました。切断面から血を滴らせながら、飛行船の主は砂漠の王に向かって言い放ちます。
「私の腕を奪ったお前の子孫を、代々、呪い続けてやろう」
 その呪いのせいで王の子は、生まれながらに視力を奪われていました。やがて王子は遠方の国の王女を妻として迎えることになりますが、呪いの話を聞いた王女は、呪いを断ち切るために、一人で黄金の飛行船に向かいます。右も左もわからない砂漠を放浪し、やっとの思いで飛行船の主と対面した王女ですが、予想外の事実を知らされます。再び砂漠を横切り、何度も気を失いかけながら息も絶え絶えに城へ戻ると、そこには人が変わったような王子の姿が……。殺風景な砂漠、そこにそびえ立つ城、きらびやかな黄金の飛行船、偉大な戦士の威厳と哀愁が漂う飛行船の主、と来れば、もはやセピア色の壮大なファンタジー映画のよう。続編を期待したくなるラストも魅力的です。
 実に突飛でちょいグロな物語がたくさん詰まった一冊で、ひょっとすると「卯年には、この一冊!」みたいに出てくるのかなと思ったりもしてますが、いかがでしょうか。


 さて、お次は2014年に出版されたキム・イファンの『デザート・ワールド』。厳密にいうと、登場するのはウサギではなくウサギの仮面をかぶった「ウサギ男」。こちらの世界とはまったく違う「天界」(というべきかなんというべきか、直訳すると「高い世界」)に住むウサギ男が年に一度、下界であるこちらの世界「デザート・ワールド」(とウサギ男は呼んでる)に下りてきて、ミスターLとスイーツ巡りをするファンタジー(?)です。ウサギとスイーツ、珍しく微笑ましいお話かいな、と思われるかもしれませんが、早とちりしませんよう。
天界では水と砂糖がとても貴重なため(ウサギ男「なんせ砂糖ってやつが気まぐれで落ち着きがないんだ。こっちの世界の砂糖はイカれたりしないのかい?」)、スイーツはとても珍しい物。モンブランやマカロンなど、見たこともないお菓子に舌鼓を打つウサギ男ですが、スイーツの後には、ミスターLに必ず「面白い話」を要求します。
 天界の暮らしは下界とはかなり異なり、例えば、天界ではオレンジジュースが空から降って来たり、「人参」が「トランプ」で、「トランプ」が「人参」だったり(その理由がそれなりにあることが後に判明)、「カップケーキ」と聞いてケーキにカップが入っていると思ったり。そのため、こちらの常識は通用せず、話がまるでまるで噛み合わないことも。
ミスターL「天界は最近どうですか?」
ウサギ男「天界には“最近”なんてない」
ミスターL「天界はどうですか?」
ウサギ男「常に予測不可能なことが起こるが、すべて予測可能だったことばかりだ」
 ……といった感じ。そして、ウサギ男が下界に下りてくるもう一つの大きな目的は、「鮮魚暗棘猫」を見つけること。それがどんなもの(?)かというと……
「形はなく、どこかにあるというわけでもなく、物ではないが、物であるときもあり、こちらから触れることはできないが、あちらがこちらに触れることはできる」
 ……というチンプンカンプンなもの(?)。そんなチンプンカンプンな話で相手を当惑させていることなど気に留めることもなく、ミスターLが用意した「面白い話」(というわりにイマイチつかみどころのない話)に耳を傾けては「実に面白い」と感嘆するウサギ男。
ここまでの流れでお気付きかもしれませんが、こちらの作品は『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』がモチーフ。ウサギはもちろん、チェシャ猫らしき生き物(?)やウミガメ(モドキ)、公爵夫人、白の女王なども登場し、菓子泥棒の裁判やチェスをするシーンも見られます。アリスのように主人公がワンダーランドに行くのではなく、ウサギ(男)がワンダーランドからこちらの世界に来るのですが、物語後半ではミスターLも天界やら未来の世界やらに迷い込み、無実の罪で責められたり、突然、妻と娘が登場したり、ウサギ男からしつこく「公爵夫人」と呼びかけられたりと、次々と不可解なことが起こります。全体的に突飛な設定、唐突な展開、荒唐無稽で支離滅裂、夢なのか現実なのか、ツジツマが合ってるとも合ってないとも言えるような言えないような……とアリス風の混乱と不条理が詰まった、それでいて心温まる余韻が残る物語でございます。

 本年も韓国(ちょいグロ)エンタメ小説ともども、どうぞよろしくお願いいたします。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。














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