みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。まだまだエアコンなしの家庭も多い北海道。それなのに、東京からの観光客が「東京よりも暑い……」とボヤくほどの暑い夏でした。都から遠く離れ、徒歩数分の公園にクマは出るわ(キツネやシカはフツー)、冬になれば「雪かき」というとんでもない時間泥棒が現れるわ、これでせめて「夏は涼しく過ごせます」というのならともかく、この暑さ。北海道のメリットってなんだ! と怒りたくなる夏でしたが、9月に入り暑さはやっと一段落……と思いたい。暦の上ではすっかり秋ですもの。というわけで今回は、食欲の秋におあつらえ向きの韓国ジャンル小説をご紹介。
最初にご紹介するのは、何やら食べる気マンマンの表紙が目をひく『破壊者たちの夜』(ソ・ミエ/ソン・シウ/チョン・ヘヨン/ホン・ソンジュ/イ・ウニョン)。韓国を代表する女性ミステリー作家たちが、より充実した執筆活動を目指して結成した「ミス・マープルクラブ」のメンバー5名によるアンソロジーでございます。どれもこれも繊細かつ大胆不敵、勇猛果敢な女性陣が登場する、背筋の凍るホラーやらサスペンスやらなのですが、その中から本日は二つの作品をご紹介いたします。
まずは、一つ目に収録されている作品「殺すつもりはなかった」(ソ・ミエ)。こちらは、ある出来事が引き金となったものの、「血がそうさせた」としか言いようのない突発的な殺人を描いたサスペンス・ホラーでございます。
幼い頃、田舎に暮らす祖母に預けられていたジュヒは、毒草を愛でる祖母の行動をいつも不思議に思っていた。
「こいつは使い方によって毒にもなるし、薬にもなるんだよ」
そう言って笑みを浮かべる祖母の知人が、ある日、不審な死を遂げる。数日前、祖母が彼女と口論を繰り広げたこと、そして昨日、祖母が手作りのおかずを彼女に渡したことを、ジュヒは知っていた。その帰り道に「まったく、まっとうに生きてりゃよかったものを。寿命なんてもんは、その人の言動で決まるのさ」と呟いていたことも。
成人したジュヒは、スポーツジムの講師として働き始めるが、同僚や利用者からたびたび受けるセクハラにうんざりし、女性専門ジムへ職場を移す。やっとセクハラから解放されたと安堵したのもつかの間、利用者の女性が元カレにつきまとわれ助けを求めてきたとき、過去の屈辱がよみがえる。その上、乗り込んだタクシー運転手にまでセクハラまがいの言葉を投げかけられ、卑劣な振る舞いで女を苦しめる「男」という存在そのものに対する怒りが爆発したジュヒは、平静を装ったまま甘い言葉を投げかけて、運転手の男を「墓場」に誘い込む。
ラストシーンは夜の山中。シャベルに斧、小石を積み上げて作った無数の搭、というムード満点の舞台。ジュヒが殺人に手を染めるようになった経緯もさらりと明かされますが、初めての獲物もやはり「男」。男性のみなさま、ストーキングなどという大それたことではなくても、何気ないちょっとした言動が、誰かの殺意をかきたてているかもしれません。くれぐれもご注意を。
次の作品、「アレクサンドリアの冬」(ソン・シウ)は、仮想空間と現実世界の区別がつかなくなってしまった現代っ子が生んだ奇妙かつ残忍な事件を描いたサスペンス。
山中に捨てられていたチェロのケースから、右手首が切り落とされた男児、ジョンウの死体が見つかった。監視カメラには、校庭で遊んでいたジョンウが、若い女性に連れられて下校する様子がとらえられていた。容疑者として18歳の女性、ユンジュが拘束されるが、二人の接点が見つからなかった。
母子家庭で育ったジョンウは、いつも祖母に連れられて下校し、母親の仕事が終わるまで祖母宅で過ごした。だが、事件当日は祖母が旅行で不在。そのため、伯父のミンスがジョンウを迎えに行くことになっていたが、ミンスが下校時刻を誤って記憶していた上、渋滞に巻き込まれ、到着時刻が予定より大幅に遅れた。そのせいでジョンウはユンジュに連れ去られることになったのだ。祖母の不在、ミンスの勘違い、渋滞など、複数の偶然が重なりあって引き起こされた事件だった。
捜査が進むにつれ、ユンジュが会員制オンラインコミュニティ「アレクサンドリアの冬」の会員であることが発覚する。そこでは、女帝セシリアが古代都市アレクサンドリアを治めていたが、彼女はあることをきっかけに人肉の旨味にとりつかれ、家臣たちに人肉の調達を強要するようになっていた。
本来、知らない人には近づかないはずのジョンウが、なぜ見ず知らずのユンジュについていったのか。手首のない死体、ミンスの婚約者であり、虚言癖のあるダヘ、人肉を嗜好する女帝セシリア、忠臣のオルガ近衛隊長。そしてユンジュの大腿に残る傷跡。様々な要素がうまくかみ合って作り上げられた犯罪に、読者の想像力、推理欲求が刺激され、終盤にそれぞれの鍵がカチッとはまっていく快感を味わえます。
仮想空間と現実世界の境界が薄れ、仮想空間の敵を現実世界で殺してしまったり、仮想空間の中で暴力犯罪が横行したりと、これまでにはなかったタイプの犯罪が社会問題になりつつある昨今、こちらの作品は社会派ミステリー作家ソン・シウならでは、と言えそうです。最後の最後にもうひとゲロ、オエッとくるシーズニングを振りかけてくださっているのもさすがです。
続いてご紹介するのは、おなじみチョ・イェウンによる長編エンタメホラーファンタジー『テディベアは死なない』。ふわりとしたタッチで描かれた手斧を握るクマちゃんに好奇心をそそられる表紙です。そして、さすがのチョ・イェウン。しっかりちょいグロ(というか、ちょいゲロというか……)が楽しめてしまいます。
事件の発端は、数年前に超高級マンションで発生した無差別殺人事件。各部屋の玄関前に置かれていた猛毒入りの餅を、新しく入居した住人が配った「引越し餅」(韓国には、引越しの挨拶として餅を配る風習がある)だと思い込み、それを口にした9名の住人が死亡した。そのマンションに暮らす国会議員の家庭で家政婦をしていたファヨンの母親も、その餅で命を落としたが、ファヨンはその死因を疑問視している。餅嫌いの母親が、自らそれを口にすることは絶対にない。そう信じて疑わないファヨンは、ある人物が母親を殺した犯人だとにらみ、復讐するための資金稼ぎに心血を注いでいる。一方、議員の息子ドヒョンと弟夫婦もその事件で命を落とし、議員は弟夫婦の一人息子ドハを養子として育てることにした。
母子家庭で母親を失ってしまったファヨンは、家出少年、少女たちが転がり込む「レインボーアパート」に身を寄せた。そこでは、家出少年らを管理するヨンジンが巨額の報酬をチラつかせては若者をある種の不法取引に利用し、莫大な利益を手にしていた。
ある日、ゴミ捨て場の近くを通りかかったファヨンは、懐かしい物を目にする。薄汚れたまま捨てられたテディベア。黒いプラスチックの目をもつそのテディベアは、かつて貧しいファヨン親子の貴重な収入源となっていた。一日中、膨大な数のクマたちに黒い瞳を縫い付けて、わずかな報酬を手に入れた。ファヨンはボロボロになったそのクマをアパートへ持ち帰り、身なりを整えてやることにした。
ヨンジンから不法取引への協力を迫られたファヨンは、「彼に加担すれば命を落とす」という友人の忠告を振り切り、取引現場に向かう。案の定、指定場所に現れたのは、見るからにアタマのイカれた男。持参した手斧、縄、刺身包丁、メスに注射、複数の毒薬をテーブルに並べると、毒薬の効果を試させろとファヨンに接近する。魔の手から逃れるべく、護身用の殺虫剤を男めがけて噴射するが、男は手にした包丁を振りかざし襲いかかってくる。もうダメだ。ぎゅっと目を閉じ、身をすくめたとき、男の悲鳴が響き渡った。恐る恐る目を開けると、そこには血まみれの男と、二本の足ですっくと立つテディベアの姿が。
……と序盤からいかにもエンタメ小説炸裂な展開ですが、たかがエンタメ小説と侮るなかれ。表紙からも見て取れる、物騒なアイテムを手にしたテディベアや、フランケンシュタイン博士の実験を彷彿とさせるシーンが登場するエンタメ小説であるには違いないのですが、実は、親の自己顕示欲を満たすためのアイテムとして利用され、人生に絶望した子どもたちの姿を描き、学歴社会を作った大人たち、富と権力を笠に着て、自分の都合に合わせてサラリと悪事を働く権力者たちがのさばる社会を批判する社会派小説でもあります。そして物語の結末では、たとえ道を踏み外してしまったとしても、遠回りになったとしても、強い意志さえ持てばやり直すチャンスがある、未来があるのだと若者たちに訴えているようにも見えます。
ちょっとネタバレをしてしまうと、ファヨンが拾ったクマには、ある人物の魂が宿っていまして(エンタメ小説なので……)。その人物は自分の正体を隠したまま、ファヨンの復讐のために一肌脱ぐことを誓います。その人物の魂がなぜクマの中に入り込んでしまったのか。そこにも、ある悲劇が秘められています。
斧でぶった切り、拳銃でブチ抜き、ゾンビ
暑さで衰えていた食欲も戻り、米も果物も野菜も、何もかも美味しい食欲の秋ではありますが、ハラも身のうち。固唾をのんで韓国エンタメホラーを読みながら、節制を心がけてみるのはいかがでしょうか。
藤原 友代(ふじはら ともよ) |
---|
北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。 |