みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。暑いです。さすがに「発熱ですか!?」という気温にはなりませんが、北海道的にはかなり暑い。そうかと思えばゲリラ豪雨と共にヒョウにまで見舞われた地域もあり、玉ねぎ農家さんなどに大きな被害が出ています。玉ねぎひと玉100円のシーズンが再来するのかと思うとソラ恐ろしい限りですが、各地で大雨の被害に遭われている方々に心よりお見舞い申し上げます。
さて、本日はまず、邦訳新刊『野獣の血』(キム・オンス作/加来順子訳/扶桑社)のご紹介から。日本でも今年1月に公開された同タイトルの映画の原作で、著者の出身地でもある釜山を舞台にしたヤクザモノ、泣く子も黙る韓国ノワールでございます。
ノワールといっても最初から最後までブッ通しで物騒なわけではなく、前半はむしろのどかなエッセイ風のノリ。冒頭からしばらくは、釜山の一角に位置するクアム地区を牛耳るヤクザのボス、ソンおやじと、彼の右腕として生きる中年男ヒスの日常が描かれますが、このソンおやじというのがなんとも大物らしからぬ大物で。モットーは安全第一、主だった事業といえばホテルの経営と唐辛子粉の製造くらい。それも、国産の唐辛子粉とバッタモンの唐辛子粉を混ぜて「純国産」と偽って売り飛ばすという、さほど利益の出ないケチな商売。麻薬や銃器の密輸なんかに手を出せばもっと儲かるのに……と煮え切らない思いを抱えたまま、ヒスは間借り生活を続ける中年独身男になってしまいました。重犯罪には手を出さない、他の派閥との争いなんぞもってのほか、ヤクザなんてものは生き残ってナンボじゃ! というボスのポリシーがまるで理解できないヒスの周りには、常にハイリスク・ハイリターンな儲け話を持ちかける悪いお友だちがうろつき、ボスからの独立をそそのかします。ヒスもまんざらでもないのですが、孤児院育ちの彼にとって父親同然のボスを裏切るわけにもいかず、フラストレーションはたまる一方。
そんなのどかな(?)ヤクザ生活を送っていたヒスですが、ある日ふと考えます。ボスの忠実な右腕として生きて20年。ヤバい仕事を任されても十分な報酬が転がり込むわけでもなく、立身出世したわけでもない。それどころか、家も家族もない。自分の人生は、このままウダツのあがらないチンピラ稼業で終わってしまうのか? そんな運命に逆らうように、ヒスは孤児院時代から想いを寄せているインスクとの結婚を決意。その幸せを手に入れるために必要なのは、金! そして、そんな時に限ってウマい(というかマズいというか……)話が舞い込み、物語は一気にしっかりグッサリとノワールの世界へ。オイ、そいつも殺るのか? あいつもか! そいつまで!? とツッコみたくなるほどあちらこちらで血しぶきが飛び散るサマに、前半のまったりムードで油断していた読者はドギモを抜かれるハメになるので、後半はご注意を。
映画作品には、ヤクザ役といえばこの人! というヤクザ役の代名詞のような魅力的な俳優も多く出演。ぜひ見てみたい! けど韓国ノワールを映像でみるのはちょっと……とグロが苦手なワタシみたいな方は、まず小説から入ってみるのはいかがでしょうか。原書のタイトルを直訳すると「熱い血」。この夏、「毒を以て毒を制す」のごとく、熱を以て熱を制してやりたい方はぜひ。
次にご紹介するのは、暑い夏にはやはり涼をとって過ごしたいという方へオススメのホラーアンソロジー『ひとりかくれんぼ』。2021年末に発表されたこちらには、懐かしの遊び(と心霊、鬼神など)を題材にした4作品が収録されています。本書の一作目に収録されている作品が、心温まる友情物語「氷おに」(チョン・ゴヌ作)。日本の氷おにとは少々ルールが違い(地域により違わないところもあるようですが)、おににタッチされそうになったときに「氷!」と宣言するとタッチを免れることができ、その代わり誰かに「解凍」タッチをしてもらうまで動けない、というのが韓国版「氷おに」となります。
こちらの物語の主人公は、借金取りに追われ、人生に終止符をうつ決心をしたサンウ。首をくくる縄を調達するため、ある日の夜、マンションの屋上へ行くと、真っ暗闇の屋上の隅から奇妙な声が。奇妙だけど、どこか聞き覚えがあるような気もする。誰だかわからないけど、逃げたほうがいい気がするけど……なんて思っていると、
「もしかして……サン……ウ?」
……と、その不気味な声に尋ねられ、大慌てで逃げ出すサンウ。自室に駆け戻り、思わず「あ~びっくりした、死ぬかと思った……」とつぶやきながら、着々と命を断つ準備を再開。そして、ついに首をくくろうとテーブルの上に立ち、縄に首をかけたそのとき、今度は玄関のドアを激しく叩く音が。あの不気味な声の持ち主が追いかけてきたのかと思いきや、それは幼なじみのガヒでした。初恋相手のガヒがドアの外で呼んでいる。どうしたんだろう? なぜ突然ガヒが? と思った瞬間、足が滑って意図せず(?)体が宙に浮き、絶命の危機に見舞われるサンウ。
気がつくとサンウは4人の小学生に囲まれていました。よくよく見ると、彼らは30年前の姿のままのクラスメートたち。どうやら、当時サンウたちが事件を起こした「あの日」が再現されているようです。あの日、「鬼神が出るから」と近づくことを禁じられていた丘に上った5人は、案の定、子どもの鬼神に出くわしてしまいました。子鬼神はサンウたちと遊びたいばかりに「氷おに」のおに役をかってでますが、目を赤く光らせ、真っ黒な影のように伸びながら追いかけてくる子鬼神の姿を見て、5人は必死に逃げまどいます。おにのタッチを免れようと「氷!」を叫んだ途端、足もとから這い上がる白い霜、凍てつく体。偶然通りかかった村長たちに助けられ、そのときは事なきを得ましたが、あの日の子鬼神が30年の時を経て、再びガヒたちの前に出現。ムーダンだった母親のあとを継いだガヒは、子鬼神の出現で再び凍り付いてしまった仲間たちを救うため、サンウを迎えに来たのです。恐怖に屈することなく困難に立ち向かう勇気と友情。忘れてかけていた少年時代の思いを呼び起こす、これぞチョン・ゴヌ節。がむしゃらで無謀な子どもだった30年前の気持ちが、仲間だけではなく今のサンウをも救う、背筋も凍るハートウォーミング・ホラー。
最後にご紹介する納涼小説は、長編SF小説『しくじったこの人生に哀悼を表して』(チョン・ジヘ作)。登場人物が多い上に人間関係が複雑に絡み合っていて(そこがまた魅力的)、久しぶりに人物相関図を書きながら楽しませていただきました。
物語は、冷凍人間ギハンが「解凍」されるところから始まります。人間の冷凍・解凍技術が確立してからというもの、人々はさまざまな理由で冷凍されること、することを望んできました。「不治の病の治療法が見つかる日まで」、「不老不死になる方法が見つかるまで」冷凍されたいと願う人が多い中、ギハンの冷凍希望の理由は「愛しの彼女に出会うため」。この男、予知夢を見ることができるという特技(?)をもっていて、夢の中で出会った彼女に会うために、数十年間、若さを保ったまま待たなくてはなりませんでした。
数十年もの眠りから覚めたギハンは、彼女に出会うための準備を始めます。必要不可欠なものは、彼が夢の中で着ていたスーツ。一風変わったそのスーツを着て、夢の中と同じ日、同じ時刻、その場所に行けば彼女に出会い、夢の中と同じように見つめ合った二人は恋に落ちると、ギハンは信じて疑いません。自分をじっと見つめていた彼女の情熱的な視線。あの視線は自分に一目惚れしたに違いない、と。
ギハンの解凍を担当したギュソンは、恋人ガウンとの結婚が目前に迫りながらも、煮え切らない彼女の態度にどこか釈然としないものを感じています。妙によそよそしく、必要以上の気遣いと遠慮ばかりの彼女の真意がつかめないのです。
実はガウンには、誰にも言えない秘密がありました。ある意味、彼女は被害者にすぎないのに、彼女の人生をすっかり狂わせてしまった、ある秘密が。いつかは自分の口からギュソンに伝えなくてはならないと思いながら言い出せず、結婚を機にばれるのではないかと恐れています。
ガウンはその昔(何年前かはさておき……)、恋人にハンドメイドのスーツを贈ったことがありました。二度と顔も見たくないその男と縁が切れたのは、はるかかなた昔のこと。それなのにある日、ガウンが作ったそのスーツに身を包んだ若い男が突然、目の前に。かつての恋人ではないとはいえ、結婚を目前にした今、こんなことが起こるとは。将来に暗雲がたれこめたような出来事に、思わず凍り付いて(比喩的表現)しまうガウン。
一方、同じくギハンの解凍に携わったナギョンの家庭にも、ある秘密が。彼女の母親のジュウォンは長年にわたる不妊治療の末、やっとの思いでナギョンとナフン、男女の双子を授かりました。ところが母親になった喜びもつかのま、ある感情に悩まされ始めます。周りの母親たちより年老いた母親の子として生まれ来るわが子が、とてつもなく不憫に思えてきたのです。それに子どもたちが幼いうちに自分たちが死んでしまい、わが子が孤児になってしまうかもしれない。そんなことを思い悩んだジュウォンは一大決心をしますが、子どもの幸せを願って下したその決断が、ジュウォンと子どもたちの間に修復不可能な歪みを生じさせてしまいます。
まだまだたくさんの伏線、ゴテゴテに絡み合う糸、少々の殺人なんかもあったり、誰かと誰かの関係を遠回しに小出しにほのめかされたりして、人物相関図に書き込んだ誰かと誰かの間の「?」が読み進めていくうちに「!」になり、脳ミソを心地よくくすぐられてしまう作品。
ヤバい恋人から守るために娘を冷凍した母親。少しでも養父母が見つかりやすいようにと、幼い子どもの姿のまま冷凍された孤児。契約切れで解凍される人、臓器売買のために解凍される人。もしも本当に人体の冷凍・解凍技術が確立されたら、そして人体冷凍の流行で人体冷凍会社が急増して、時代とともに会社が淘汰されちゃったりした場合、つぶれた会社の冷凍人間はどうなるのか……遠い将来、絶対に起きないとは言いきれないような憂鬱な問題に、色恋沙汰や刃傷沙汰をサラッと混ぜ込みながら描く小粋さ。暑い夏には、こんな作品で冷凍気分を味わってみるのはいかがでしょうか。
藤原 友代(ふじはら ともよ) |
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北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。 |