みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。新年、いかがお過ごしでしょうか。北海道は大雪に見舞われた地方もありましたが、年末からは異様な暖かさが続き、どこか不気味な年明けとなりました。
 さて、今年も新年一発目は干支にちなみ、辰関連の作品をご紹介しようと思うのですが、その前に、韓国ジャンル文学の文学賞を一つ、ご紹介いたします。
 その名も「ゴールドドラゴン文学賞」。韓国のジャンル文学専門レーベル「ファングム・カジ(黄金の枝)」が主催する文学賞で、その始まりは、韓国ではまだジャンル小説の地位が確立されていなかった2000年のこと。応募作品は、ファングム・カジが運営する小説投稿プラットフォーム上で公開され、読者の声も反映される仕組みで開催されました。ちなみに、そこからさらに遡ること2年、1998年に『ドラゴンラージャ』(イ・ヨンド作、ホン・カズミ訳、岩崎書店、2005年)がお目見えしたのも、この「ファングム・カジ」からでした。その後、協賛企業の度重なるトラブルなどで長らく中断されていましたが、2022年、約二十年ぶりに再開。昨年末には第5回の受賞作品も発表されました。
 

 そんな、ジャンル文学(ドラゴンものに限定されているわけではない)を対象にした文学賞、第1回の大賞を受賞したのが、『霊魂の魚』(キム・ユジョン)という長編ファンタジー小説。空飛ぶ妖精、魔導士、魔獣、ドラゴンという、これでもか! というくらいのハイファンタジー。
 この世はかつて、光の至高神アムピアによって支配されていた。アムピアは大地の神、火の神、風の神、水の神と共に万物を創造した。だが、水の神アマニクサはアムピアに対する反逆を企み、神々の宮殿から追放された。
 大地の神は土からゴーレムを作り、火の神がそれを焼成し、風の神が乾燥させた後、最後にアムピアが命を吹き込んでミュテイ族という人類を創造した。人類創造の場から排斥された水の神アマニクサは神々に恨みを抱き、ゴーレムの中にこっそり邪悪の種を埋め込んだ。ミュテイ族の姿は神に似せて成型され、永遠の命が授けられたが、土から作られた彼らは魂をもたず、生殖能力もなかった。
 森にはアマニクサが悪の魔力でけがした水が溜まった沼があり、その沼の水は、それまでの人間にはなかった「死」をもたらした。死に至った人間は、文字通りパラパラと形を失い土に戻った。
 
 ……という独特な世界観の中で、少年と妖精、吟遊詩人やトロールたちが、水の国、砂の国、風の国、死者の国、そして「ドラゴン人」が暮らす火の国を巡る冒険ファンタジー。失われた地の奪還を目指し、魔獣を操る魔獣師や黒魔導士、死神らと戦闘を繰り広げます。ドラゴンの国「ハイレンダル」では、二人(2頭)のドラゴン人が王位争いの真っ只中。通常はほぼ人間型の彼ら、戦闘時にはドラゴンに変身して空から炎をばんばか吹きまくるというド派手な演出を見せてくれます。騙し騙され騙し返し、主要人物が容赦なく表舞台から消され、人間(だけとも限りませんが)不信、疑心暗鬼に陥る出来事も多発しますが、つまるところ、地球について、生きる意味について問いかける5巻組の大作となっております。


 そんな正統派ハイファンタジーでゴールドドラゴン文学賞を受賞した作家、キム・ユジョンが二十数年の年月を経て、昨年6月、またもやドラゴン入りの短編集を引き連れて登場。その名も『龍の万華鏡』。タイトルも表紙のイラストも、どこか幻想的な雰囲気を匂わせていますが、ところがどっこい。
 タイトル作「龍の万華鏡」、その舞台は現代の大学。大学院生のウンジンが籍を置く「未来創造人工知能融合科学研究室」に現われたのは、巨大な獅子面をかぶった怪しげな容貌の「キム・ヨン(漢字で記すとおそらく金・龍)」氏。この龍氏、初代学長が特別に入学を許可し、大学開校当時の百年前から在籍し続けているというナゾの人物(?)なのですが、定期的に復学と休学を繰り返してきた彼が、この度再び姿を現したのです。期せずして彼の世話役に抜擢されたウンジンは、人間なのか竜なのかも定かではない、何を知っていて何を知らないのか、何を指導すべきなのかも定かではない、一日中仮面をかぶったまま、どうやって食事を摂っているのかもナゾな存在との意思疎通を強いられることになります。
 龍氏が現れてからというもの、あったはずモノがなくなったり、そうかと思えば、数十年も前のモノが突然現れたりと不可解な現象が発生。百年あまりの月日をかけて、ありとあらゆる学部に出現しては知識をかき集めている龍氏は、実は、時空絡みのある特殊能力を持ち合わせていました。
 ある日、ウンジンがはめていた古い指輪に目をとめた龍氏。それは亡き祖母の遺品だったのですが、その指輪を探している人がいると遠い空の向こうを指さしながら、龍氏はこう続けます。
 
「80年前の、パラオに」
 
現代社会に人間のような姿をした竜が現れるという突飛な幕開けからは想像もできない、幻想的でロマンチックな幕引きを見せてくれるファンタジー×SFチックな竜物語が収録されているこちらの短編集、タイトル作以外にもなかなかナンセンスな(←ホメ言葉)ファンタジーやSFがそろっています。
 吸血鬼と、吸血鬼のパートナーとなった人間との間に生じた、切っても切り離せない愛情を描いた「薔薇の痕」
 遠く離れた故郷、地球に定住するため、長く孤独な宇宙の旅に出た恋人たちの切ないラブストーリー「宇宙時代は迷信を好む」
 話者の正体がぼんやりしたまま物語が展開する「私とミンたちの世界」は、現在よりさらに科学が発達した近未来が舞台。消えてしまいそうな命を見守る家族の悲嘆と葛藤、延命治療の是非を問う、シリアスな作品で、人間の残忍さと温もりの双方を味わえます。
 個人的なオススメは「万歳、エリザベス」。ある朝目覚めると性別が変わっていたとか、虫になってたとか、目が足の指先に移動していた、なんて作品はありましたが、こちらはある朝目を覚ますと、自分が家電製品になっていることに気がついた会社員、ウンジュのお話。なんで!? と当惑しながら家の中を見回してみると、洗面所から出てくる自分の姿が見えます。ひょっとして、あの「私」の中身が、あの家電製品、エリザベスなの? ちょっと! どこ行くの! と叫んだはずのウンジュの口(?)から出た言葉は……。
 
“ソウジヲ、ハジメマス”
 
 なんで!? なんてことは考えてはいけません。家電のくせに、どんどん人間の生態を身に着け、人間社会になじんでいく「エリザベス」を目にし、焦りを隠せないウンジュ。会社の先輩も、ニセモノのウンジュの違和感にはなぜか気づいていない様子ですが、そこにはウンジュも忘れかけていた、あるカラクリが隠されていました。荒唐無稽に見えながら、人間にコキ使われる家電の悲哀のみならず、家族にコキ使われる母親の悲哀も重ねて語られたりして、思わずホロリとしてしまうシーンもあり、ラストも爽快、なかなか味わい深いエンタメ作品となっております。
 
 今年もこんなエンタメ強めな傾向かと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。
 

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。













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