みなさま、こんにちは。
 早いものでもう三月。何かと忙しい季節ですが、そろそろ読者賞を決めなければなりません。悩むわ〜。そして来月は翻訳ミステリー大賞の本投票。どちらさまも、もろもろ準備のほど、よろしくお願いいたします。コンベンションにご参加予定のみなさまも、候補作を読んでおいていただけるとうれしいです。当日は担当編集者さんと翻訳者さんがいらっしゃるので、直接お話もできますよ!
 さて、二月の読書日記です。ぜひともお勧めしたい読み応えのある作品ばかりで、至福の時間をすごさせていただきました。

 

■2月×日
 数々の賞を獲得しているアレン・エスケンスのデビュー作『償いの雪が降る』は、ハラハラドキドキの連続で、びっくりするくらい後味がいい。ああ、いいものを読んだなあという満足感があり、多くの人に薦めたくなる。愛すべき青年の成長物語であり、極上のタイムリミット・サスペンス。わたし的には文句なしに本年度の大賞候補です。

 舞台はアメリカのミネソタ州。大学の課題で身近な年長者の伝記を書くことになった二十一歳の大学生のジョーは、老人向け介護施設でひとりの犯罪者に出会う。末期ガンに冒され、余命いくばくもないため刑務所からその施設に移されてきた殺人犯カールだ。カールの体調が落ち着いているときにおっかなびっくり話を聞き、裁判記録を入手して事実と照らし合わせるうち、カールが逮捕されることになった事件の真相に疑問を持つジョー。なぜって、カールはひたすら無罪を主張しているのだ。臨終の供述でうそをつくはずはないではないか?

 ジョーは三十数年前に起きた事件の真相をさぐるため、あの手この手で関係者と接触し、話をきこうとするのだが、それが海底の泥を掻きまわすことに……。事件関係者にかぎらず、ジョーもガールフレンドのライラも、登場人物たちはみな、だれにも言えないつらい過去を抱えて生きている。その過去が明らかになるとき、つらくてもプラスの方向へと道が開けるのがこの物語の救いであり、暗い題材を扱いながら奇跡のような爽やかさを生んでいる理由かもしれない。

 そして何より、主人公のジョーがいい意味ですごく普通で、感情移入しやすいのが、この作品の最大の魅力だと思う。訳者の務台さんもあとがきでジョーへの愛を爆発させておられるが、わたしも、わたしも! と思った。なんかもう愛しくってたまらない。生まれや育ちや環境を淡々と受け入れて言い訳にしないし、かといって卑屈になることも自暴自棄になることもない。老成しているわけではなく、若者らしいところもあるのに、人としてひじょうにバランスが取れているのだ。「置かれた場所で咲きなさい」の精神が身についているのか、ひねくれ者が多いミステリではなかなかお目にかかれないキャラかもしれない。

 邦題は最初ちょっと地味に感じたが、読み終えてからしみじみいいタイトルだなあと思った。原題(The Life We Bury)も意味深だ。
 二作目は本作にも登場した刑事マックスの弟が主役で、なんとノワールだとか。その後も主役が変わる何作がつづくが、いずれも本作の登場人物らしい。なかなかユニークなシリーズ(と呼んでいいのかな?)です。ジョー主役作第二弾も出ているようなので、ぜひ読みたい!

 

■2月×日
 アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリの『熊と踊れ』は実際にあった事件を下敷きにしていたが、続編の『兄弟の血』は完全なフィクション。ステファン・トゥンベリはレオ、フェリックス、ヴィンセントのもうひとりの兄弟だが、実在の兄弟たちや両親はこの物語を読んでどう思うのだろうか。

 前作から六年、三兄弟の長兄レオが刑務所から出てくる。父と弟たちは少しまえに釈放されており、末弟以外は刑務所の門にレオを迎えにくるが、飲んだくれだった父はすっかり改心して禁酒中、ひと足早くムショから出ていた弟たちも、もう犯罪に手を出すつもりはないようだ。しかし、レオは刑務所で知り合ったサムとともにつぎの襲撃計画を進めていた。

 レオもサムも長男で兄。どちらも機能不全な家庭に育ち、父親のせいで弟を守るために苦労したクチ。刑務所のなかで意気投合したのもうなずけます。お兄ちゃんってたいへん。そして尊い。でも哀しい。だって、せっかくムショから出てきたのに、レオの弟たちはあからさまに兄を避けてるんだもん。もう巻きこまないでくれよオーラ全開で。でもいちばんつらいのはお母さんだと思うわ。改心してもしなくても、どちらもかわいい息子だもんね。お父さんの場合はまあちょっと自業自得なところがあると思うけど。

 それにしてもレオの計画性はすごいです。必要に迫られていたこともあるだろうけど、子供のころから実によく考えられた犯罪計画を立てていて、危機管理もしっかりしている。きっと学校の通知表には「計画性があります」と書かれてたんだろうな。刑務所を出たその日から、というか刑務所のなかにいたときからつぎの計画のための準備をしてるんだから、好きというよりもう性分なんだと思う。「存在しないものを奪う」ってなんかロマンがあるし。

 レオの友だちのサムの家庭もすごい。サムと弟の関係はレオたち兄弟よりもさらに複雑で、しかも弟というのが、レオたち兄弟を追い詰めたあのヨン・ブロンクス警部なんだから。でも、このヨンの行動のおかげで物語はがぜんおもしろくなる。ヨン的にはかなり切羽詰っててお気の毒なんだけど。

 ストレスのせいで傍目にもけっこうやばいヨンに比べて、部下のエリサはかっこいい。目をさましなさい! とばかりに上司にビシッと言ってやる小気味良さと言ったら! エリサの捜査システムもいい。書類を山にしておくという一見片付けられない人みたいに見える逆説的な超整理法は、上司の目をくらますのにも役立つし、〝逃げられると思うなよ〟のしてやったり感はくせになる。真面目にコツコツやるタイプのエリサは、レオとはまったく逆のベクトルで似た者同士かも。

 

■2月×日
 なんだかすごいものを読んでしまった。なんだろう、このぞわぞわする感じは。
『ピクニック・アット・ハンギングロック』は、ピーター・ウィアー監督の出世作と言われ、カルト的な人気を誇った1975年のオーストラリア映画《ピクニック at ハンギングロック》(日本公開は1986年)の原作小説。当時から気になっていたけど見る機会がなかった映画で、原作は意外にも今回が初の邦訳。カバーイラストが映画を忠実に再現していて細かい(ドレスのデザインとか)。

 1900年、オーストラリアのヴィクトリア州にあるアップルヤード学院の少女たちがハンギングロックにピクニックに行き、三人の生徒と引率の教師ひとりが行方不明になる。 不可解な状況で神隠しのように消えた少女たち。その後、学院は静かに崩壊しはじめる。

 あらすじを書くとたったこれだけなんだけど、なんといっても著者が七十歳のときに見た夢を思い出しながらひと月足らずで書いたというのがミステリアスだし、実は幻の最終章があって、これがまたいろいろと物議を醸しそうだし、実話なのか?という興味も尽きない。細かく読みこむとあとからあとから興味が湧いてきて、読んだあともしばらく考えずにはいられなくなります。オープンエンディングなのでよけいにそうなのかもしれないけど。

 そして、ぞわぞわが止まらない! 読みながら頭痛と軽い吐き気に悩まされ、もしかしたらわたしもハンギングロックにやられてしまっているのではないか、と思わずにはいられない不気味さだった(体調不良は気圧の変化によるもので、単なる思いこみです)。いくつかの点で『死に山』を読んだときの感覚にも似てたかな。行方不明者をさがすうちに不可解な事実が明らかになっていくところとか、読み終わったあとも得体の知れない怖さが残るところが。地の文にときどき出てくる神の視点が、読んだあとはとくにいろいろ気になってしまって、ものすごく不気味なのだ。

 少女たちが消える物語というと、《ヴァージン・スーサイズ》(ソフィア・コッポラ監督)のタイトルで映画化された『ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹』が思い出される。時代のちがいこそあれ、イメージ的にもすごく似たものを感じる。

 ミステリ、ホラー、ゴシック、そのどれにもあてはまりそうで、どれでもないような、透明なスカイツリーの展望台に立って下を見たときのような、どこまでもつづくぞわぞわと心もとなさ。でもこれ、はまる人はめちゃめちゃはまると思う。
 ちなみに、訳者あとがきには幻の最終章の「要約」が紹介されていて、これがなんと……(以下自粛)。
 これだけは言えます。絶対に読む価値あり。

 

■2月×日
 アッティカ・ロックのデビュー作『黒き水のうねり』を読んでいたので、『ブルーバード、ブルーバード』も気になっていた。しかもエドガー賞・英国推理作家協会賞・アンソニー賞の三冠を受賞、当サイトでもたびたびお勧めされている優良案件。これは読むしかないでしょ。

『黒き水のうねり』の舞台は1980年代のテキサス州ヒューストンで、貧困のなか苦労して弁護士になった黒人男性ジェイが主人公。ひたひたと押し寄せるブラックパワーとバイユーの黒いうねりがリンクして、時代の雰囲気を見事に伝えている作品だった。はがゆくなるほどまっすぐな主人公は『ブルーバード、ブルーバード』の主人公ダレンを思わせるところもある。

 四作目にあたる『ブルーバード、ブルーバード』はだいぶ印象がちがう。硬さがないし、情報の出し方がうまくて、興味が途切れずに気持ちよく読み進められ、かなりこなれた感じがした。『黒き〜』は硬質で、液体で言うとどろっとした感じだけど、それはそれで1980年代という時代に合っていた。『ブルーバード〜』は現代なのでさらっとした感じ。ストーリー運びもエンタテインメントを意識した作りになっている気がする。

 主人公は弁護士を目指したこともあるテキサス・レンジャーの黒人男性ダレンで、知り合いの老人の殺人容疑を晴らそうとしたことが裏目に出て、現在停職中。ところが、FBIにいる友人にたのまれて、東テキサスのシェルビー郡で短期間に黒人男性と白人女性の死体が発見された事件を調べることになる。現地に向かったダレンが食事をするためにとあるカフェにはいったところ、そのカフェを切り盛りする六十代の黒人女性ジェニーヴァは、殺された被害者ふたりと関わりがあった。

 少しずつこま切れに明かされていく登場人物たちそれぞれの「物語」が、パズルのピースとなって、全体像がぼんやりと見えてくる。人種間のヘイトももちろんあるが、親子、夫婦、男女、人間同士の深い愛がこじれて悲劇が生まれるのが切ない。どんなときも揺るがないジェニーヴァの存在感が要所要所で効いている。

 スモールタウンの犯罪なので、じっくり読んでいけば犯人探しはそれほどむずかしくないけど、そこに至るさまざまな人たちの過去や長年抱えてきた思いが胸に迫ってきて、知りたいような知りたくないような、複雑な気持ちになる。ラストの不意打ちは「そりゃないぜ」と思いつつ、スポーツの実況で試合の流れ変わるときの定番「これはわからなくなってきました」が頭のなかで鳴り響いて、続編プリーズと思わずにいられない。

 

■上記以外では

 懐かしの赤いシリーズを思い出す(タイトルだけね)サンドラ・ブラウンの『赤い衝動』は、「ミステリ民よ、これがロマサスだ!」と言いたくなる王道ロマンティック・サスペンス。セクシーなイケメン探偵と聡明な美人女子アナが、二十五年まえに起きた事件の背後にある陰謀を暴こうと奮闘します。ホットなラブシーン、謎解き、アクション、どんでん返しの全部盛り。さすがサンドラ・ブラウン、抜群の安定感です。
 ♪Akiraさんが解説で宝塚花組公演「ポーの一族」に触れてくださっていて胸熱。

 

『幸せなひとりぼっち』『おばあちゃんのごめんねリスト』につづくフレドリック・バックマンのハートウォーミングシリーズ第三弾は『ブリット=マリーはここにいた』。リアルでシビアな世界で生きていく人びとをコミカルに描いた、クスッと笑えてうるっと泣けて、読み終えたあと抱きしめたくなる作品。スウェーデンで早くも映画化されています。
 六十三歳にしてたったひとり田舎町で再スタートを切る、強迫観念的にお掃除好きのおばさんブリット=マリー。切なさとコミカルさが同居するバックマンの世界はとても居心地がいい。地の文でユーモラスな描写を大まじめにしれっと入れているのがすごく好き。
 ちなみに、〈熊と踊れ〉シリーズの三兄弟のお母さんの名前もブリット=マリー。どちらも苦労人なのよね。負けるな、ブリット=マリー!

 

 美魔女ヒロイン・クレアのセクシー推理で、セクシー・コージー(勝手に命名)というジャンルを確立した感のあるクレオ・コイルの〈コクと深みの名推理〉シリーズ。十六作目の『沈没船のコーヒーダイヤモンド』では、六十年前に沈没したイタリアの豪華客船アンドレア・ドーリア号と、消えた高価な宝石をめぐる謎に挑みます。クレアのプライベートにも大きな変化が……。元夫で仕事のパートナーのマテオが、ガラスを突き破るのに他人の(ズボンの)パンツのポケットを引きちぎって手袋代わりにしたのは斬新だなあと思った(そこ?)。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ19巻『ウェディングケーキは待っている』

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