みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。北海道にも遅い春が訪れました。近年、春になるとソウル市内の公園や広場など数か所に登場する「ソウルトッケビ夜市」が観光名所の一つとなっているようです。アクセサリーや食品の屋台はもちろん、音楽やマジックなど各種イベントも盛りだくさん。夜に現れることが多い「トッケビ」のように夜間のみ開かれるため、「ソウルトッケビ夜市」と名づけられたそうです。というわけで、本日は春という季節にふさわしく妖怪召喚ミステリーをご紹介いたします。
 韓国の妖怪といえば、やはりトッケビと鬼神。サックリご説明すると、トッケビはどちらかというと鬼のイメージですが、必ずしもヒールに徹する役ドコロでもなく、貧しい人を助けたり、まぬけでグズな面もあったりで、童話、児童書などにも登場するちょっとした愛されキャラ。鬼神はどちらかというと現世に恨みゴトや心残りなことがあって成仏できない怨霊……といったイメージでしょうか。


【写真上:『9本のソリナムが訊いた』】

 本日の1冊目は、そんな韓国でおなじみの妖怪とはちょっと異なるモノが登場する『9本のソリナムが訊いた』(チョ・ソンヒ著)。ソリナムってナニ?と私もあちこち検索してみましたが、どうやら想像上の物体のよう。直訳すると「音の(鳴る)木」なのですが、私の語彙力では名訳がひらめかないので、ここでは原文ままで。
 玩具製造会社で働く主人公のテイは、これといって特に目立った人材ではないものの、まじめな仕事ぶりで人望を集め、堅実な社会人生活を送っていました。そんなテイを襲った突然の不条理なリストラ。失意のどん底にいる彼のもとへ、田舎の友人からある知らせが入り、彼は15年ぶりに田舎の実家へ向かいます。彼はかつてその村で、友人たちを道連れに、とんでもないゲームをスタートさせてしまいました。 
 親友を死に追いやった輩に恨みを抱きながら日々を過ごしていたテイ少年は、盗み見た祖父の日記の中に、「ソリナム」召喚ゲームに関する記述を見つけます。9人のメンバーが集まりソリナムを召喚すれば、「それ」が望みを叶えてくれるという魅惑的なそのゲームで復讐を果たしてやろうと考えるテイですが、実は彼が読んだ祖父の日記はほんの一部。ゲームの全貌も知らぬまま、復讐に賛同する友人を召喚者として引き連れて、ソリナムのリーダーである謎の青年イアルのもとを訪れます。そこで目にしたのは、上半身を切り取られた人間……のような形をした九つの切株。足元につま先を思わせるものが3本のぞいたそれらがまさにソリナムです。九つの切株のうち二つはイアルと彼を慕う「女王」のもの、残りの七つがテイらのものとなりました。
 イアルがソリナムを叩くと独特の音が響き渡り、ほかのソリナムもそれに応えるように共鳴を始めます。何かに憑りつかれたようにソリナムを叩く9人。やがてソリナムの霊魂?ともいえる「それ」が現れ、親友の仇を討ってくれたまではヨカッタのですが。復讐が終われば心穏やかに過ごせるはずだったテイたちのもとに、彼らそっくりの顔を持つソリナムが現れては、「わたしはだーれだ?」と問うのです……。それは、召喚者の「生」の座を虎視眈々と狙うソリナムたちの呪いで、へたをすると(返答によっては)召喚者の存在が抹殺されるというウワサ……。15年の月日が流れてもなお「だーれだ?」に怯えて過ごすテイたちですが、ここにきて、召喚者の一人から、ゲームを円満に終わらせる方法を見つけたという知らせが入ります。が、その秘策がまるまるゴロリとテイのもとへ届くわけもなく。数少ないバラバラのヒントを頼りに、テイたちの「ハッピーエンドなゲームオーバー」を迎えるための秘策探しが続きます。
 なんとかしてこの終わりなきゲームに終止符を打ちたいテイ。真実に近づけば近づくほど危険が迫るやるせなさ。個人的には、もうちょっとつっこんでほしかったところや、尻切れトンボに見えかねないエピソードもあり、ストーリー的に1.4倍くらいの長さがあってもよかったのではないかなと思わなくもありませんが、2015年韓国ストーリーコンテスト優秀賞を受賞した本作品、一風変わった妖怪ネタで話題の一品となっております。
 

【写真上:『うずまき』】

 さて続いてご紹介するのは、個人的にこの上なくドツボの作家! のドツボの作品!『うずまき』。こちらの作者は、ホラーミステリーの語り部といえば彼の右にでるモノがいない!と絶賛大人気中のジャンル小説家チョン・ゴヌ。単行本こそ3冊しか出版されていませんが、ホラーミステリー系アンソロジーでは大御所中の大御所。一番好きな作家だから最後に読もう♪とウキウキしながら布団に入って本を開き、「夜中に読むんじゃなかった(泣)」と背筋も凍る思いに後悔したこと数知れず。そんな彼の2作目の長編小説である本作品には、日本でおなじみの「ガッチャマン」が登場します。(「ガッチャマン」は1980~1990年代に韓国で放映された。)
 ソウルでさえないカメラマン生活を送るミンホは、ある日、幼なじみのユミンの訃報を受け、少年時代を過ごした田舎町へ向かいます。葬儀場には、ともに少年時代を過ごした仲間、「ガッチャマン」たちの姿がありました。亡くなったユミンも含め、5人で「ガッチャマン」を名乗り、裏山のアジトに集まっては日が沈むまで戯れた少年時代、彼らはある重大な事件を起こしました。そのとき人知れず彼らを救ってくれた人物、ムーダン(韓国版シャーマン)のナム法師にも葬儀場で再会します。それぞれがどこかサエない、あのころ夢見た「かっこいいオトナ」とはちょっと違うオトナになった4人。久しぶりの再会に昔を懐かしむ間もなく、葬儀場ではさらなる事件が発生し、元ガッチャマンたちとナム法師は事件解決に乗り出します。
 25年前、継父からの暴力に苦しめられていたユミンを助けたい一心で、ガッチャマンたちは「水鬼神」を召喚しました。村の貯水池(韓国ミステリー頻出単語)に棲むとされる水鬼神の威力は絶大でした。が、それで万事OK、ハッピーエンド、とはならないのがミステリー。鬼神は貯水池(水中)でともに過ごしてくれる友を欲しはじめたのです。冒頭の説明のとおり、「鬼神」は主に現世に何らかの恨みや心残りを抱いている怨霊のような存在です。この鬼神はこの世に、ある恨みを抱えていたのです。
 ユミンの死もまた、まさに水鬼神の仕業であるように見えました。遺体発見現場は水のない室内であったにもかかわらず、彼の体内には大量の水が満たされていたのです(水入りのバケツに頭を突っ込んで水死させた、とかではなく)。25年前に召喚した水鬼神はナム法師が護符で封じたはずですが、それを誰かが解いたのかもしれない。元ガッチャマンたちとナム法師はさらなる被害をくい止めるべく、水鬼神探しに奔走します。
 鬼神に追われる、暗闇の中、目に見えない存在が迫ってくる、体内に大量の水が流れ込んでくる、肥溜めに落っこちる、落ちてる友を救う、肥溜めで溺れそうになるぅぅぅぅぅわわわわわぁぁぁぁぁ……というその緊迫感に、ほんとに息をするのを忘れる! しかも泣ける! 再読しても泣ける! 世界広しといえども、こんだけ泣ける肥溜めシーンを書けるのはこの世にチョン・ゴヌだけ! と確信できる作品となっております(いえ、肥溜めシーン以外にも泣けるシーンは多々あるんですが)。 
 個人的感想になりますが、彼の作品はグロと美のバランスが絶妙。美しいグロ。優しいホラー。美醜の混在。グロホラーと愛。一言でいうと、ヤバいグロホラーです。友情っていいなぁ、生きてるっていいなぁ、と思わずにはいられないこちらの作品は、『日本語で読みたい韓国の本-おすすめ50選』第7号でも詳しく紹介されていますので、ご興味のある方はぜひ。


【写真上:『韓国のファンタジー百科事典-不思議で面白い昔話120』】

 最後に番外編、『韓国のファンタジー百科事典-不思議で面白い昔話120』。ファンタジーといってもハリーポッターとかロード・オブ・ザ・リングなどのファンタジーではなく、韓国の古典、民話を扱った書籍です。美女を連れ去ったトッケビ、悪臭を放つ鬼神に会った人々、木にとりついた鬼神たちなど、120のトッケビや鬼神、(古典)ファンタジーアイテム(石や鏡、本など)、不思議な出来事、謎の人物が出典作品とともに紹介されています。その品種? 種目? の多さを見るに、古代から民衆の心にファンタジーが根付いていたんだろうなぁということは想像に難くありません。近年も心霊や妖怪たちを題材にした映画やドラマが数多く生まれている韓国。今後も妖怪ミステリーから目が離せません。
 あーーー! トッケビの隠れ蓑をネタにした面白い小説があった! ……と今思い出しましたが、紙面の都合上、そちらはまたの機会に。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。













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